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癒し系幼なじみと過ごす日々

君たち、どう見てもつきあってませんよね?

作者:

 中庭のベンチで座っている俺と由布の前に、同じクラスの高木がいる。

 いや、「いる」なんて可愛いものではない。高木は仁王立ちで唇をへの字に曲げ、なにやら不満げな目つきで俺たちを見下ろしていた。


「温井、樫本さん!」

 鋭く言ってから、高木は俺たちにびしりと指を突きつけた。ちなみに温井は俺の名字、樫本は由布の名字だ。

「君たち、その態度はなんだよ!」

「なんだって言われても」

「なんだろう……」

 俺と由布が自信なげに答える。俺たちは普通にベンチで話しながら昼飯を食っていただけだ。いったい、この日常的な行動のどこが高木の気にさわったというのか。

 答えなどわかるはずもない問いに、俺と由布は顔を見合わせるばかりだった。



 高木が現れる数十分前。

 昼休み、俺は購買で買ったパンを手に、中庭に向かっていた。あまりにも気候が良かったので、屋外で飯を食うことにしたのだ。実際に外に出てみると、予想よりも日差しが強い。夏に向けて予行演習でもしているのか、太陽はやる気十分だった。

 外で食いたいけど直射日光は浴びたくない、ということで、俺はテラスと呼ばれている屋根付きのベンチに腰を落ち着けた。


 ぼーっと中庭の木々を眺めつつパンの袋を開けていると、こちらに見知った顔が近づいてきた。

 見知った、なんて生やさしいものじゃない。毎朝一緒に登校している。時間が合えば下校もしてる。昨日はふたりで久しぶりに自販機巡りをした。

 自販機巡りは楽しかった。近所に彗星のように現れたラーメンの自販機が三ヶ月もしないうちに姿を消したのを見て、人気がなかったんだろうかと惜しんだり、十年以上頑張っているスナック菓子の自販機には頑張ってほしいとお布施のように購入して、近所の公園で食べたりした。

 昨日、一緒にそういうことをしていた相手。あまりにもよく知りすぎている相手。俺の幼なじみ、由布の姿だった。


 当然のように由布は俺の隣に来た。俺も当然のように端に寄ってスペースを空けた。

「お、めずらしいな。由布、今日はおにぎりじゃなくてパンなのか」

 由布が手にしているのは俺と同じ種類のパンだった。俺たちが今日、中庭に来たのも偶然なら、同じパンを買ったのも偶然だった。こんなことあるんだな。

「一緒のパンだ! 然くん、もしかしてわたしにテレパシー送った? 今日はコロッケパンがうまいぞーって」

「いや、送ってないなあ。それに今日に限らず、コロッケパンは毎日うまい」

 言ってから手にしたパンにかぶりつく。うん、やっぱりうまい。

「たしかにそうだねえ」


 のほほんと答えて、由布もパンにかぶりついた。咀嚼しながら幸せそうに目を細めている。おにぎりを食べるときの由布は、いつもとろけ顔をしているなあと思っていたが、パンもなかなかのものだ。米だろうが小麦だろうが由布が幸せを感じることには変わりがないようだった。炭水化物・万歳だ。

 しばらくふたりで「うまいなー」「おいしいねー」を合いの手のように差し挟んだあと、ゆるゆると話題が移り変わっていった。


「パンかおにぎりか迷ったんだけど、おにぎりって海苔が歯についちゃうかなーって」

 パンが入っていた袋を結びながら由布が言った。

「今さら? 毎日のようにおにぎり食ってるのに。それに由布、学校に歯磨きセット持ってきてるんだろ?」

「そうなんだけど……。今日ね、朝ご飯に小松菜のおひたし食べたんだけど、奥歯に引っかかっちゃったのが取れなくて、歯磨きしてもなかなか取れなくて困ったんだよー」

「だから歯に引っかかりそうな海苔おにぎりは避けたわけか」

「そう。午後の授業中ずーっと歯に海苔が引っかかってたら、気になって仕方ないじゃない?」

「まあ、勉強どころじゃないな」

「ねー」


 なるほどな、とうなずいて、俺はコーヒーを飲んだ。由布もまったく同じタイミングでカップを口に運んだので、ふたりで口元を緩ませた。今日は無意識にテレパシーを送り合う日なんだろうか。

「あ」

 由布の話にふと思いついたことがあり、俺は声を上げた。

「由布、虫歯になってるんじゃないか? 虫歯だと食べ物が挟まりやすくなるぞ」

「ええっ、そうなのかな? 歯医者さんに検診行くのサボってたからなあ。ショックだー」

「それか、歯周病とか」

「わあー、それもやだー。わたし、あとで歯磨きするよ。いくつになってもおにぎりとパンをおいしく食べたいもん」

 俺はしょげる由布の肩をポンと叩いて励ました。そのときだった。肩を怒らせた高木がこちらに向かってきたのは。



 で、冒頭に戻る。

 俺たちの前に立ちはだかっていたのは高木だけではなかった。すぐうしろに女子がいる。俺のクラスの委員長、吉田さんだ。彼女は高木と俺たちを見比べて、なぜか今にも笑い出しそうな顔をしている。

 由布が「あ、吉田さんも来てたんだー」とのんびり話しかけ、吉田さんが「樫本さん、体育の時間ぶりだねー」と返す。高木は和やかな空気にも構うことなく、むっつりとした顔で俺と由布を見ている。

 高木の様子がおかしい。少なくとも昼休み前まではこうじゃなかった。普段は温厚な奴なのに、いったいどうした。


「あのさ、俺たち、高木に怒られるようなことした覚えないんだけど……」

「もしかして、わたしがコロッケパンの最後の一個を買っちゃったから、とか……?」

 俺と由布は高木を見上げて、そうっとお伺いを立てる。

「いいや、こっちには覚えがある! あ、コロッケパンのことじゃなくて」

 謝ろうとした由布を制したあと、高木は握りこぶしを震わせながら声を高くした。

「なんで、仲良くランチタイムを過ごしてる彼氏彼女が、歯に海苔がひっかかる、なんて話題で盛り上がってるんだよ! しかも虫歯だの歯周病だのと! おかしいだろ、甘い雰囲気どころか、健康相談コミュニティですかここは!」


 一気に言ってのけた高木は肩で息をしている。そのうしろでは吉田さんが口をおさえて笑っていた。

 盛り上がっている高木には悪いが、何に対して文句を言われてるのか、さっぱりわからなかった。由布も目を丸くしているばかりだ。

「……言いたいことは色々あるんだが、どうして俺と由布の話を盗み聞きしてたんだ?」

 とりあえず反論らしきものをしてみる。盗み聞き、と言われて多少の罪悪感が湧いたのか、高木は途端に慌てだした。


「だってさ! 温井と樫本さんが、彼氏彼女っぽくしてくれないのが悪いんじゃん! たしかに君たちは老夫婦ってよく言われてるけど、あそこまで若さのない会話してると思わないじゃん……」

「いや……、だっても何も、俺と由布はつきあってないぞ」

 あきれながらツッコミを入れると、由布も続いて「はい、然くんとわたしは幼なじみです」と小さく挙手をした。

 高木が「ええ……」という情けない声を出す。と同時に、「なーんだ、そっかー」と、さして残念でもなさそうな吉田さんの声がした。

 吉田さんは俺たちに両手を合わせて謝るポーズをした。


「お邪魔しちゃってごめんね。お昼食べてるふたりがいい雰囲気だったから、『温井くんって樫本さんとつきあってるのかな?』って話したら、高木くんが『絶対つきあってるよ! 俺、確かめにいってくる』って言って飛んでっちゃって……」

 ……なんだそれ。なにが高木をそれほどまでに落胆させたんだろうか。奴はまだ肩を落とし、靴の先で地面を蹴っている。

「あなたたちって、夫婦って呼ばれてるでしょ? 高木くん、そういうのに夢見ちゃってるんじゃないかなあ。かわいいよね」


 高木はぴくりと顔を上げた。その頬から両耳まで、みるみるうちに赤くなる。恥ずかしがっているのか嬉しがっているのかわからないが、そのへにょへにょとした表情を隠すようにそっぽを向いた。

 なんだ、高木って、吉田さんが好きなのか?

 そういうのには疎い俺だけど、こうあからさまに赤い顔を見せられたらさすがに伝わってくる。高木の奴、「かわいい」って言われて溶けそうになってるし。


 もしかして、吉田さんが俺たちを見てつきあってるのか、と高木に聞いたとき、高木は誤解したんだろうか。吉田さんは俺のことが気になっていると。

 だから奴は不安になった。吉田さんの目を俺からそらすためには、俺と由布には是非ともつきあっていてほしい。むしろつきあってなきゃ困るくらいの勢いだったんだろうか。

 実際には、吉田さんは「夫婦」にちょっとした好奇心があっただけで、俺を意識しちゃいないと思うが。どっちかっていうと由布に意識が向いている。今だって吉田さんと由布は体育きつかったねーなどと、きゃいきゃいと話をしている。


 由布は、高木の恋心を勘ぐるような態度は見せていなかった。俺も表だって高木をからかったりしない。小学生のころ、俺と由布はしょっちゅう仲の良さをからかわれた。そのせいで、ふたりとも恋愛関係の話は無意識にスルーを決め込むクセがついている気がする。


 表面的には。

 俺の内心は違う。人の恋愛事情に触れることはなくとも、自分のは難しい。

 この間由布が俺の部屋に遊びに来たとき、気づいてしまった。俺の由布に対する気持ちはもうスルーできる段階じゃない。焼き上がったふわふわのパンが、もう生地に戻らないのと同じで、昔とは別物になってしまった。本物のパンみたいにその感情をおいしく味わえるといいんだが、いまだその域には達してない。誰にも見られないようにぎゅっと丸めて手の中に隠していたい。そんな気持ちだ。


 丸めてつぶしてしまうくらいなら、今は自分の気持ち触れないほうがいいのかも、と思ってしまう。せっかく焼き上がったパンを台無しにしてしまわないように。

 ……何を考えてるのか自分でもわからなくなってきた。何で例えがパンなんだよ。いくらさっき食べたコロッケパンがうまかったからって。


 ふと、由布と目が合った。

 もしかしてまたテレパシーが通じたのかと、どきりとする。

 由布はちょっと眉を寄せ、うん、と俺にうなずいてみせた。なんだ? 由布は俺の表情から何を読み取った? まさか今考えてたことがバレたってことはないよな?


「あのね高木くん……」

 由布は神妙な顔つきで高木に声をかける。俺は冷や汗が噴き出そうになった。が、由布の次の言葉を聞いて、汗は一瞬で引っ込んだ。

「実はね、虫歯の話だけじゃないの。わたしと然くん、今朝は腰痛の話もしてたの」

「は?」

 目を白黒させる高木に続いて、俺まで「は?」と言いそうになった。そのあと安堵の息をこっそり吐いた。一瞬、本当にテレパシーが由布に通じたのかと思ってめちゃ焦った。

 俺は何とか体制を立て直し、由布にならって高木に重々しくうなずいてみせた。


「ああ、朝のあれか。妙な姿勢で寝てたからか腰が痛くて、って玄関先で由布と話してたら、うちのばあちゃんがいい腰痛体操があるって教えてくれたんだ。それを朝から三人でちょっとやってた」

「めっちゃご老体の十五歳じゃん! なんだそれ……。君たち、つきあってないにもほどがあるだろ!」

 高木が腕を振り回して文句を言う。

「どんなクレームだよ。別に健康に気を遣ったっていいだろ……」

 俺はため息交じりに答える。由布と吉田さんは声を上げて笑った。

 良かった。俺の考えは由布にバレていなかったようだ。当たり前だが。


 唇を尖らせて「もういい」とふてくされる高木を、吉田さんはまあまあ、ジュースでも買いに行こうとなだめた。高木はそれだけで機嫌を直したらしく、俺と由布におざなりに声をかけると、吉田さんとふたりで購買に向かって歩き出した。

 ……何だろう。もしかして俺と由布がどうこうするより、このふたりがつきあい出すほうが早いんじゃないか? いやむしろ、すでにつきあってて、見せつけに来ただけなんじゃないか? とさえ思ってしまった。


「はあー……」

 吉田さんと高木の姿が見えなくなると、俺と由布は揃ってため息をついた。

「ひとりで忙しい奴だな、高木……」

「高木くん、なんだか盛り上がってたねえ……」

 感想もほぼ同時につぶやいた。由布は何かに気づいたのか「あっ」と小さな声を上げる。

「然くん、さっきはごめんね」

「ん? なんで謝るんだ?」

「さっきの然くんのテレパシー、解読できなかったのに、わかったふりしちゃったから」

「ああ、腰痛体操って言ったことか」


 あのときの由布は妙に真剣な顔をしてた分、大いに焦ったぞ。由布はうなずいて、静かな声で続けた。

「幼なじみだからって、気持ちが全部わかるはずないもんね。だけど、なんだろう。さっきはね、然くんのことがちょっと心配になって、寂しい気持ちにもなったんだ」

「え、なんで」

「さっきの然くん、顔を真っ赤にしてる高木くんを見てたでしょ? それなのに、どこか遠いところを見てたような気がしたんだ。わたし、然くんのそういう顔、初めて見たから、心配で、寂しかった、というか……」


 俺は思わず自分の頬に触れた。もちろんどんな顔をしてたかなんて自分に見えるはずもないんだけど。

 それから由布の顔をまじまじと見た。やっぱりテレパシーなのかと思うくらい驚いた。パンに例えてあれこれ考えたときのこと、バレてなくても気づかれてる。

 由布にどう答えたものかしばらく考えて、俺は重たい口を開いた。


「高木がさ、彼氏彼女とかつきあうとか連呼してただろ? そういうの、俺には全然わからんなーって、考えてた」

 自分の中身を全てさらけ出すことはできなかった。だけど全くの嘘ではない。恋愛のことがわからんのは本当だし。

 由布が反応せず黙っているので、あれ、やっちまったかな、と思った。これまでお互いにスルーしていた恋愛関係の単語を口にしてしまったから。


「そっかあ」

 しばらくしてから、由布が顔を仰向けて言った。さっぱりした口調だった。

「わたしも然くんと一緒。わたしも『わからんなー』だから」

「由布もか。やっぱりテレパシーか」

「ふふ、そうかも。みんな、恋愛の話するとき、急いでる感じするでしょ? さっきの高木くんみたいに、今すぐ答えを言わなきゃダメっていう空気。あれがね、『わからんなー』ってなっちゃうの」

「ああー……」


 クラスで噂話をしている女子のことを思い浮かべる。誰それは誰が好きで、でも誰それは他の子が好きで……次々交わされる会話のスピードの、早いこと早いこと。

「生き急いでる感じするよなあ」

 まだ、たった十五年しか生きてないのに。

「うん。わたしはみんなには追いつけないなあって思う。だから今は『わからんなー』でいくよ」

「なるほどなあ」


 もし、いつか。

 のろのろ運転の俺たちが、恋愛感情の流れに乗れる日がくるのなら。

 俺は、テレパシーなんてわかった風にごまかさず、きちんと自分の口で、由布に伝えなきゃいけないんだろうな、と思う。

 だけど、今はまだ。

「俺も、無理にみんなに追いつこうとしないで、今できることするよ。腰痛体操とか」

 俺がそう言うと、口元をほころばせて由布がうなずいた。

「わたしも歯磨きする! お互い健康に気をつけて暮らそうね」

「おう。うまいおにぎりとパンを食うためにもな」


 昼休みの残りの時間、俺たちは恋の話なんて脇へ追いやり、今度の休日はパン屋めぐりをするのはどうだろう、などと話して過ごしたのだった。

 なにせ高木曰く、「つきあってないにもほどがある」俺と由布だからな。

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