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バカンスに備えて

 学校から徒歩で向かうこと数十分。セントラルエリアと呼ばれるその地区はたくさんの人で満ち溢れている。商業ビルが多く立ち並び、買い物に来た主婦や、学校帰りの学生たち、スーツ姿のサラリーマン……多種多様な人々がここには集まる。

 俺は司と一緒にそんな場所にやってきて、いま一つの複合型商業施設に入っていた。要するにたくさんの店が入っているテナントビルである。

 夏の行楽シーズンも近いこともあってか、山遊び、海水浴、BBQグッズなど多種多様な商品が並んでいて賑わっていた。その中でも共通しているのは七反島ななたんしまの宣伝である。この夏は七反島ななたんしま!と福富グループの手引きなのだろう、多くの店舗で宣伝がされていて、ここに来るまでに見た街頭テレビでも七反島ななたんしまの話だらけだ。このビルの催事場でも芸能人がやたらと七反島ななたんしまについて色々と語っていて、もうやりたい放題だ。資本力の差はすごい。

 そんな中、一つ気になるものが見えた。電子広告だ。巨大な液晶に宣伝内容を映し出すものだが、そこには愛華渇音あいかくずねが映っていた。愛嬌のある笑顔で水着姿で七反島ななたんしまのPRと共にライブの宣伝を動画でしている。


 「うーん……アイカ……?なんだろう、引っかかるなぁ……つい最近会ったような……そんなことないのに。」


 まじまじと広告を見つめる。何度見ても覚えがない。なのに覚えがある矛盾した感覚。デジャヴという奴なのだろうが、原因は確か類似した記憶が脳内での整理で既視感を感じるエラーみたいなものだっけ……?ただそういうのとは何か違う、何というかこう……彼女とは直接、何度か話もしたような……。

 いや、やめよう。こんなアイドルにデジャヴを感じるなんて傍から見ると痛い奴にしか見えない。


 「それってアイドル?興味あるの?」


 司は不思議そうに俺が液晶をまじまじと見ていたことについて尋ねる。


 「まぁ俺も男だし、興味がないわけないよ。詳しくは知らないけどね。」


 デジャヴの話をしたら本格的にドン引きされそうなので、無難で適当な答えを司に答えた。司は「ふぅん」と特にそれ以上は聞こうとはしなかった。


 「それよりも、ほらついた!たくさんあるし悩むな~天理くんはどこから行きたい?」

 「こ、ここは……!」


 そのフロアは女性率が高かった。男性もいるが女性を連れているカップルばかりだ。そこは女性向けを主としている水着売り場だった。

 七反島ななたんしまの課外実習は自由時間に海水浴も可能だ。そのため担任から配られたしおりには水着を持っていくことが書かれていた。水着の無いものはホテルが水着を貸し出しているのでわざわざ買う必要もないということなのだが……そこは司もやはり女の子なわけであってレンタル品なんかよりも自分で選びたいというのが本音なのだろう。


 「お願いごとって水着の買い物に付き合うことだったのか?そんな簡単なことで……。」

 「簡単なことじゃないよ!やっぱり一人で選ぶとどうしても偏りがでるし、人に見てもらった方が良いの。」

 「う、うーむ。責任重大だな……。」


 そもそも女性の水着なんて選んだことがない。センスというのがいまいち分からないのだ。だからどれが良いか何て言われても正直ピンとこない。

 いくつかの水着を司は手に取り俺に見せながら「こんなのはどうかな?」と尋ねてくる。女性用の水着を真面目に選んだことは無いので、直感的にこれとか良いんじゃないかなと答える。参考になったかは分からないが、司はそれらを持って上機嫌に試着室へと向かっていった。


 「改めて見回すと色々なタイプがあるんだな……わ、これとか紐じゃないか……本当にあるんだ。」


 物珍しい目で周囲を見ていると男性用水着コーナーも一角にあるのが見えた。折角だし俺も帰りに買っておこう。別にデザインに拘りはないけど、レンタル品が所謂ブーメランパンツとかしかなかったら滅茶苦茶恥ずかしいしな……。

 そんなことを考えていると試着室のカーテンが開いた。


 「どうかな……?えへへ、何か新鮮な気分だね、プール以外でこんな格好するなんて。」


 まず司が試着したのはボーイレッグタイプのもの。ショートパンツのような水着で胸元はレースがあしらわれていて可愛らしいデザインだ。露出している腹部が彼女のスタイルの良さを際立たせていて、普段とは違い活発的な印象を受ける。


 「確かに新鮮だな。というか少し派手な私服みたいだ。こんなのもあるんだな……。」

 「水着らしいのが良いってこと?こ、こんなのとか!?」


 司は少し頬を染めながらハイレグデザインのワンピースタイプ……要するに競泳水着のようなものや、三角ビキニの水着を見せる。グラビアとかではよく見かけるので正直、俺としては馴染みの深いものなのだが、彼女にとっては恥ずかしいもののようだ。


 「ごめん、俺も女性の水着がどんなものか詳しくは知らないから……でもそうだよな、男性用水着だって海パンとか恥ずかしいし、似たようなものかな。」

 「う、ううん!べ、別に天理くんが好きなら良いんだよ!?た、ただ実は今日はそもそも天理くんを誘うつもりなかったからその……し、心配なの!う、うぅ……でも天理くんの言うとおりだよね……そうだ!女性店員さんを呼んでくれない!?」


 何とも歯切れの悪い言い回しで司は助けを求めるように店員を呼ぶように求めた。早速、俺が女性店員を捕まえると、司は女性店員の耳元でごにょごにょと話す。店員は納得いったように笑みを浮かべると手鏡を持って司と一緒に試着室へ入っていった。

 いまいち話の流れがつかめず唖然としていると、女性店員が出てきて俺に笑顔で「彼女さんとゆっくり選んでくださいね」と伝えて立ち去っていった。確かに言われてみると、この状況はカップルのデートにしか見えない。誰かに見られると誤解しか与えられないな……周囲を見回す。ここセントラルエリアは街の中心だ。知った顔がいてもおかしくない。

 そうこうしていると試着室のカーテンが開かれる。


 「ど、どう……?やっぱりこういうの派手だよね……?」


 恥ずかしそうに赤面しながら司は俺に尋ねる。三角ビキニは水着だが、その外観デザインは下着とそう変わらない。胸の谷間が見えて、腰回り、太腿も露出しているもの。視線が気になるのか司は腕で胸元を隠し、内股でモジモジとしている。


 「そうだな、やめよう。嫌な格好を無理にする必要ないよ。俺一人でこれなんだ、課外実習はクラスの皆に見られるんだし、そんなの耐えられないだろ。」

 「そ、そうだよねぇ、ごめんね変なこと聞いて。ふ、二人きりならまだ大丈夫だけど、そうだよね、皆にも見られると思ったら……あぁ良かった。友達と行ってたら勢いで買ってたかも……。」


 司は俺の答えに満足したのか安堵した様子を見せる。


 「うーん、それならやっぱり無難なショーパンで良いかなぁ……?でも折角天理くんと来たんだし、他のタイプの水着も見てみようかな。ねぇ良いでしょ?買わないかもしれないけど私も普段着ないのを見てもらいたいし!」

 「構わないよ。そもそも試着ってそういうものだろ。司が気になるものを全部着てみると良いさ。」


 妻との買い物もそうだったことを思い出す。何というか女性の服選びはとにかく長いのだ。そのくせ結局買わないことが多い。ただそれは普通のことなようで、一度俺は申し訳なさげに店員さんに謝ったことがあるが、笑われた思い出がある。思わず失笑した。こういう何気ない日々も今となってはいい思い出だった。


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