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終末の蒼き獣

 ───クラブ「D&M」の最奥VIPルーム。完全防音の部屋となっているそこは、外の騒がしい喧騒を眺めながら静かな一時を過ごすことができる。会員制で限られたものしか利用できない。そこに全裸の男が縄で縛られていた。身体にはいくつもの痣があり、爪は剥がされ歯は何本か折られている。


 「お、お前らこんなことしてタダで済むと思ってんのか!俺はヤクザだぞ!祭賀さいが組を知らねぇのか!」


 男は紛れもないヤクザだった。祭賀組はこの地域に古くから根ざしている指定暴力団である。そんな男の言葉を、まるで戯言のように嘲笑いながら眺める男がいた。「暁の明星」のリーダーである類崎惡斗るいざきあくと。膨れ上がった筋肉は日本人離れしており、タトゥーがいくつも刻まれている。手にはペンチを握っていた。祭賀組の男を拷問するのに使ったものだ。


 「知ってるさぁ。ヤクザってのはこの世界で一番弱い生き物。だってそうだろ?暴対法でろくに動けない。何をするにも制限がかかって人権の欠片もない。そんなものが脅しになると思ってるとか愉快すぎんぜ、お・っ・さ・ん?」


 ケラケラと惡斗の取り巻きたちが嘲笑う。見世物のようだった。


 「ねぇ惡斗くぅん、このおっさんまだ元気そうだし、もっと痛めつけようよ。ほら前の奴みたいに睾丸を潰してみよ?あのときの情けない声、滅茶苦茶笑ったしぃ。」


 取り巻きの女の一人が惡斗の身体をなぞるように触りながら煽り立てる。祭賀組の男は血の気が引いた。こいつらは正気じゃない。ヤクザにだって限度がある。その限度を軽々しく超える秩序のない集団が半グレなのだと。

 そんな男の胸中を察したのか、惡斗は少しニヤついて答える。


 「そう怖がるなよおっさん。俺たちはビジネスの話がしたいだけなんだ。祭賀組はチンケな組だけど一つだけ他所より優れているものがある。テキヤの出店権利だ。あれよこせや。」


 テキヤとは祭りなどが開かれる時に並ぶ出店のことである。出店するには権利書が必要なのだが、祭賀組は江戸時代から続く由緒ある老舗の極道。そのシノギ、資金源は祭りのテキヤであり多数の権利書を有している。

 指定暴力団の資金源にはいくつかタイプがある。暴力を背景にしたものから、知的犯罪……そしてテキヤもまたその一つだ。祭賀組は地元地域密着型で、指定暴力団の中では珍しく全うな資金源を持っている。


 「お前らクズども何て生きる資格ないんだからよぉ、爺はとっとと死んで若者のためになってくれや。なぁ?クソヤクザがよぉ?」

 「お、俺たちは昔から地域の皆に愛されてきた!地元の掃除会に参加したり、ボランティア活動を繰り返して……街を守る良いヤクザなんだ!俺たちがいなくなれば、他所からここのシノギ目当てに他のヤクザが来て……戦争になるぞ!」


 男は必死に訴えた。ヤクザにも仁義があることを。自分たちという防波堤がいなくなれば、地元の人たちを巻き込んでとんでもないことになると。


 「あぁそうかいそうかい、で街を守るヤクザさんはどうしてくれるのかな?お前……まだ分かってないのか、お前らのシノギ目当てに他のヤクザが来る?その体たらくでか!ばっっっかじゃねぇのぉ!?」


 笑い声が部屋中に響き渡る。中には腹を抱えて涙を流すものもいた。滑稽にも程がある話しなのだ。今、現在進行系で拉致られ縛られて何も出来ず哀れな姿を見せている男がヤクザの矜持を語っている。それがあまりにもおかしくて仕方がないのだ。


 「いやぁとても楽しそうですね。私も仲間に入れてくださいよ。」


 それは突然現れた。惡斗の隣で何食わぬ顔で立っていた。知らない顔だった。しかし服に付けているバッジは知っている。六道会の組バッジ。ヤクザだ。青木愛人。六道会所属、今しがた車から飛び降りて、このクラブに入り込んだのだ。


 「なんだてめぇ!どうやって入ってきた!」

 「どうって……普通に入れてもらいました。近頃の若者は礼儀正しくて大人しくて好感が持てますね。」


 ありえないことだ。ここ、クラブ「D&M」のVIPルームは会員制。知らない男など入れる筈がない。


 「なにぼけっとしてる。この馬鹿を入れたのはどいつだ。おい、そこのお前、外で見張ってる木偶の坊を連れてこい。10秒以内だ。早くしねぇとお前から殺すぞ。」


 指をさされた取り巻きの男は慌てた様子で出入り口の扉を開く。この部屋は完全防音。それが裏目に出た───。


 「早く出してくれ!押すなぁ!」「いやぁぁぁ何なの何なのこれ!」


 外は阿鼻叫喚だった。今の今まで気が付かなかった。何が起きたのか。一人の男がVIPルームに入ってきた。顔面蒼白で息を切らし、その慌てぶりが分かる。


 「あ、惡斗さん!やばいっス!訳のわからない殺人鬼が!イカれてやがる!見張りは殺された!それにあの野郎、スプリンクラーに毒ガスを仕込みやがった!!客はパニックだ!!」


 言っている意味が分からなかった。突如入ってきた男が種明かしのように洗剤を二種類持っている。酸性洗剤と塩素系洗剤。デカデカと混ぜるな危険と書いてある。


 「私、理科の授業って大好きなんですよ。橋本先生は元気にしてるかなぁ、おぉ!貴方の教え子は~♪こうして貴方の教えを~♪忘れずにしましたぁ。」

 「奴をぶっ殺せ!!今すぐにだ!!」


 ───青木愛人は人間じゃない。野に放たれた獣だと思え。

 六道会傘下・新刃田あらばだ組事務所。流星極道ながれぼしきわみが若頭を務めている指定暴力団だ。


 「しかし若頭に送迎させるなんて……マジで良かったんスよね?あとで殺されませんこれ?」


 若い組員は畏れながら新刃田あらばだ組長にお茶を淹れていた。流星の恐ろしさは知っている。そして送迎なんて小間使いは普通はやらせないことも。


 「あぁ、ええんよ。今回は特別だ。あの青木の送迎じゃけん、流星にしか務まらんよ。」

 「青木さんって長い間、刑務所でつとめていた方ですよね?すいません、俺が入る前なんでいまいちよく知らなくて……。」

 「青木はのぉ、六道衆の一人じゃ。」


 その言葉を聞いて若い組員の手が止まる。

 六道会はいくつもの系列組織を有する指定暴力団である。末端組織まで数えると、この日本トップに位置する暴力団体と言えるだろう。そのトップに君臨するのが六道会会長、そして彼を護衛する親衛隊こそが六道衆。系列団体の中でも特に優れた人材六名で構成される部隊である。彼らは六道に因んで「天」「人」「修羅」「畜生」「餓鬼」「地獄」それぞれの道を冠しているのだ。そしてその中でも序列があり、階位と呼ばれるもので順位付けがされている。

 その実力は最下位である階位第六位であろうとも個人で軍隊に匹敵すると言われ、事実としていくつもの敵対勢力を殲滅してきた。噂では海外マフィアとも縄張り争いで殺し合ったという。


 「奴の異名は終末の獣。畜生道を守護する六道衆階位第二位。通称、ブルーエンド。争いの終わりを告げる、六道会の終末装置。同じ人間だと思うな。凡人が奴の傍にいたら気まぐれで玩具のように殺されるけぇ。」


 神妙な顔で新刃田あらばだはお茶を淹れた湯呑を手に取る。アレが白石真澄との交換?この国の司法はつくづく無能であると実感した。人の皮を被った獣ほど、恐ろしいものはないというのに。


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