暴の力
「あまりうちのタレントを刺激するようなことは言わないでください。これ以上、そういう態度を続けるのならボイスレコーダーにより録音をして名誉毀損の方面でも法的手続きを進めますが。」
「はぁ……うっざ……あぁこっちです、こっち!いやぁ遅いですよ!ちょっと芸能界について全然知らないバカがいまして……先生がたも教えてあげてください。」
三木村が俺たちの後ろに向かって手を振った。振り返ると屈強な男たちがいた。胸には金色に輝くバッジ。暴力団関係者だろうか。
「話は伺いました。私は彼らの顧問弁護士です。細かい話は事務所で話しませんか?」
そう言って俺に名刺を渡す。何だこれ?ニコニコ法律相談事務所の田中と鈴木?馬鹿にしてるのだろうか、それともバレないと思っているのか。胸につけているのは弁護士バッジじゃないし、名刺には所属弁護士会の表記がない。別に名刺に所属弁護士会を記載する義務はないが、普通は記載するものだ。最近は偽弁護士なんてのもよくいて、トラブルにならないように名刺に記述しておくのだ。
「失礼ですが所属弁護士会と登録番号を教えてもらえますか?」
だがしかし、必須ではない。口頭での説明で十分と考えている弁護士も少なくはないのでお決まりの質問を俺は彼らに投げかけた。
「え……すいません。ちょっと忘れてしまいました。事務所にいけば分かるので、その時で良いですか。」
「資格証を携行していないのですか?弁護士を名乗る場合、記章あるいは身分証の携行義務があります。あなたはそのどちらも提示していませんが。」
俺の質問に田中という男はたじろいだ。どうやらそこまで頭が回っていなかったようだ。恐らくは弁護士を騙り事務所に連れ込んで脅迫の類をするつもりだったのだろう。手口もザルすぎる。彼らは指定暴力団ですらない。恐らくは半グレ……指定暴力団に属さない反社会的勢力だ。もっとも指定暴力団が背後にいる可能性は高い。直接、指定暴力団が絡むと暴対法ですぐに検挙されるからだ。
「おいどうするよ……。」「知らねーよここまでしか聞いてねーし……。」「とりあえず相談すっぺ……。」
何やら田中と鈴木は顔を合わせてひそひそと相談を始めた。
「ちょっとお時間頂戴しますね。」
「どうぞどうぞ。」
スマホを取り出して連絡を始める。多分台本の話とかしてるのだろう。ただここまでガバガバなことするとリカバリーのしようがない気がする。
そんなことを思っていると、電話が終わったのか気を取り直して咳払いをした。
「上司が近くにいるみたいなので、そちらと替わりますね。」
「あ、はい。」
弁護士の上司ってなんだよ。好意的にみるなら所長とかか?ココネも「おい何だこのやりとり」と耳元で囁いてきて今の状況に少し困惑しているようだった。気まずい沈黙が流れるかと思ったが、本当に近くにいたのか、エレベーターの音がなり、上司とやらが現れた。
「たく、やっぱ素人は使えんのぉ。まぁ今回は多少小賢しい……うぉお!?おどれ蒼月やんけ!!?」
知ってる顔の男だった。以前、豊奉神社で出会った男。神道政策連合絡みで関わった、六道会の若頭、名前は流星極道。
正直、まずいことになった。暴力団と知り合いというのはあまり好ましくない。約款にも暴力団関係者は解約の理由として普通に成立するのだ。だが少し考える。そもそも流星を呼んだのは偽弁護士二人で……彼らを呼んだのは三木村たちだ。そこに活路を見出す。
「三木村さん、これはどういうことですか?これは立派な違法行為ですよ。」
「え?な、何を突然言ってるんですか?というか知り合い……?」
「彼は流星極道!あの六道会の若頭で現役の暴力団構成員じゃないですか!そんな方と付き合いがあったなんてドラマの製作どころかテレビ局の組織体制に波紋を呼ぶ一大スキャンダルですよ!!」
「な……!い、いや私たちは彼のことは知りませんよ。そうですよね田中さん!あーいやというか、流星さん!?こういう時にあなた方いるのでは!?」
実際のところ暴対法があろうとも暴力団との関係は切っても切れないところもある。要するに巧みに法律を抜けて関係を維持する。今回もおそらく流星は法に接触しない方法で"説得"する方法があったのだろう。だが……。
「わりぃ!わし蒼月天理には手を出せませんけぇ!今日はホテルでティータイムに来ただけじゃけぇのぉ!」
「は!!?ちょっ、何言って、いや待って!!」
そう言って流星は立ち去っていった。田中と呼ばれた偽弁護士も目を合わせて少し考え「じゃあ俺たちもそういうことなんで……」と立ち去っていった。
残された俺たちはポカンとしていた。流星が俺に手を出さない理由は分からない。だがこれは絶好のチャンスだった。
「我々としても、今後とも製作委員会の皆さまとは仲良く付き合ってもらいたいのですが……まさか暴力団とつながりがあるなんて……。」
「い、いやいやいやいや!貴様ァ!どの口が言うかァ!!思いっきり流星極道と顔見知りだったじゃないか!しかも手を出せないだと!?我々以上に深く関わっているのかお前は!!?」
三木村は俺に掴みかかるように答える。明らかな焦りが見えた。
「何のことです?いやぁ困ったな、根も葉もないことを言わないでくださいよ。何なら裁判でも起こしてお互いの背後関係を明らかにしてみますか……?」
その言葉に、三木村は何も言えなかった。「ぐぬぬ」と唸るだけで、この件に深く突っ込めば自身が火傷することが明白だった。何よりも俺に対してあまりにも未知なのもある。今、奴は俺と六道会の繋がりを疑っている。それは確信ではないが若頭である流星が「手を出せない」というレベルのもの。三木村の脳裏にそんな疑念がある以上、この件について深入りしようにもできないのだ。
「い、いやぁー蒼月社長も人が悪い。こちらこそ、末永くお付き合いさせて頂きます。」
「ちょ、ちょっと!あたしの言うことを聞かないっていうの!?」
「うるさい!蒼月社長に無礼なことを抜かすなこのアバズレがッ!!」
当然、枕美は食ってかかるが三木村にとってはどうでも良かった。手のひらを返し、俺に媚びを売るようにペコペコと頭を下げる。枕美よりも俺に逆らうことの方が遥かに危険だと判断したのだ。
俺は喜庭を取り押さえる力を緩める。ようやく解放された喜庭は身体についた埃を払いながら「やりすぎだバカ」と愚痴っていた。
「いやいや、お友達の方にも大変失礼しました。お怪我はないですか?えーっと……喜庭さんでしたっけ?もしよろしければエキストラ枠ですけどドラマの方に……。」
「蒼月。」
愛想笑いを浮かべながら喜庭に媚びへつらう三木村を無視して喜庭は俺の方を向いた。
「一発だけなら良いだろ。」
「……あぁ、全部俺の指示だってことにして良いよ。」
喜庭の問いかけに俺は笑みを浮かべて答える。
「へ?」と間抜けな顔をする三木村の頬に向けて、喜庭の拳がめり込んだ。体重のこもった右ストレート。突然の出来事によろめきソファに倒れる。目を白黒しながら頬に手を当てて喜庭を見ていた。彼の部下である日比野はそんな様子を見て「ひっ」と声をあげる。
「次、舐めた真似をしてみろ!こんなもんじゃ済まさねぇからな!!」
それは恐らく喜庭の本心。だが三木村たちには別の意味に聞こえたことだろう。喜庭の背後には俺がいて、俺の背後には六道会がいる。つまり、同じことをしたら六道会が出てくるという脅し。そう捉えたのだ。
「す、すいませんでしたぁ!もうしません!!」
情けなく頭を下げる三木村たちを見て、喜庭は時雨の方を見て笑みを浮かべる。時雨はそんな彼女を見て涙ぐんだ顔で「ありがとう喜庭ちゃん」と小さく呟いた。





