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堕ちた一等星

 酒見さんと所属タレントのスケジュール調整を始める。といっても俺が指示するのは曖昧なもので、これから流行する出来事について事前に伝えてアピールすること。またSNSでこれからバズる出来事に便乗するように立ち回るようなスケジュールにしてもらった。


 「突然こんなこと頼んですいませんでした。でもいずれ結果は出ると思いますので。」


 車の中で俺は酒見さんと二人きりだった。所属タレントの顔合わせも兼ねて新しいスケジュールを伝えるためだ。ココネは事務所に残り、徹底的に膿を吐き出すために書類を審査するという。


 「いいえ、私たちはサラリーマンですから……。それに今の状況を何とかするには何もしないよりこうして動く方が気が楽です。」

 「ありがとうございます……そうだ、酒見さんって鈴木美咲ってアイドルは知ってますか?昔……えっと五、六年前に活動してたアイドルなんですけど。」


 それはふとした思いつきだった。確か美咲先生は昔アイドルをしていたと聞いた。どんなアイドルだったのか気になったのだ。


 「鈴木美咲……?はて……聞いたことがないですね。私も長い間、この業界にいますし、ある程度の有名人は知っているつもりです。地下アイドルですか?」

 「地下アイドル?」

 「あぁ、すいません。地下アイドルというのはつまるところ、マスメディアの露出がほとんどなくライブ活動中心のアイドルということです。その場合、ライブに行かないと認知できませんから。」


 いや、それは違う。ココネは確かテレビの前でサイリウムを振っていたと言っていた。テレビの前ということはマスメディアに露出していたのは明白だ。それに先生も偶然撮影した動画がバズって……と言っていたのだから間違いない。


 「違います。活動期間が二、三年しかなかったようですけどテレビにも出てたみたいですよ。」

 「テレビに……?そのレベルのアイドルなら私も知っているはずですけど……あ!ひょっとして鈴木美咲さんって本名ですか?」


 一瞬何のことか分からなかった。酒見さんは補足するように慌てて言葉を続ける。


 「あ、すいません!芸能界じゃ偽名なんて当たり前なんですよ。特にアイドルなんて本名から色々とバレてストーカーなんてのもありますし。枕美さんもそうですよ?ただ業界じゃ本名で呼ぶのはあまり好ましくないです。あの国民的トップアイドルの愛華さんもそうじゃないですか?ほら渇音くずねなんて名前は珍しいでしょ。」


 そうか、芸能活動をするなら本名でない可能性が高いのだ。これは俺も言い方が悪かった。


 「あーすいません……。そうです。当時は高校生でグループを組んでたアイドル、陸上競技でもインターハイ優勝と優れた成績を出してる人です。結構絞れるんじゃないです?」

 「あぁ!いましたね、確かに時期もそのくらいだ。確か名前は……そうだ、朱音美咲あかねみさきですね。当時話題にもなりましたよ、こんな子まで芸能界に来るようになったのかって。結局、すぐに引退しちゃいましたけどね。」


 朱音美咲……それが美咲先生のアイドルとしての芸名のようだ。ココネとの話も一致する。


 「でもまぁ仕方ないですよね。未成年とはいえ、あんな事件を起こしたら。」

 「あんな事件?」

 「あれ?知らなかったんですか?朱音美咲が引退した理由。彼女はね、クスリをやってたんですよ。」


 ───なに?

 そんなことは、何一つ聞いていなかった。


 「違法薬物が大量に見つかったみたいです。ドーピング検査で発覚したらしいですよ。当時はパッシング酷かったなぁ、他の芸能人にも飛び火して芸能界の闇だとか何とか。」


 当時を懐かしむように酒見さんは語る。事件の経緯はシンプルなものだった。インターハイ優勝を決めて、アイドル活動も順風満帆。そんな彼女はスポーツ推薦で大学に進むことがほぼ決まっていた。しかし事件は起きる。地方の小さな大会に出た時のことだった。ドーピング検査をした彼女から大量の違法薬物が見つかり、更に彼女の自宅の自室からも大量の薬物が見つかったのだ。本人は否定するが、違法薬物は所持している時点で重罪。問答無用で警察に連れて行かれたのだ。

 しかしながら未成年であるということ、薬物がどこから来たのか、結局分からずじまいで彼女は保護観察処分付きで釈放された。保護観察処分とは少年法で定められたもので、少年院には送らないが、監察官が付きその更生を指導されるものである。

 その結果、彼女の大学推薦は取り消しとなったのだ。考えてみると、彼女は短大卒と言っていたが、インターハイで優勝するような人材が、ただの短大に行くなどありえない。陸上部とのやりとりから、美咲さんは本気で陸上が好きな様子だった。だから陸上は高校までで、卒業後はきっぱり辞める……なんてのもない。高校卒業後も東京マラソンに出場し、結果を出してるのもそこから分かる。普段から走り込みをしていないと、そんな結果は出せない。


 「蒼月さん……?どうかしたんですか?」

 「い、いやその……ちょっと驚いて。彼女にそんな過去があったなんて。」

 「あぁ、それはそうですよね。実際当時から謎が多い事件なんですよ。薬の出処が分からないのもそうですけど……朱音美咲は普通にその後、平常に過ごしてるんです。事件後には引退ライブもしたんですよ?いやほらね、薬物中毒者って治療が大変だって言うじゃないですか。なのに何で平然と何事もなく更生できるのかなぁって……いや良いことなんですけどね?」


 薬物中毒……そういえば未来で妻を殺害したという濡れ衣を着せられた霧崎先輩もそうだった。これは偶然なのか?本当に偶然として片付けて良いのだろうか?俺の中で嫌な想像が膨れ上がる。

 車は止まる。どうやら目的地に到着したようだった。そこはレッスンスタジオで、大きなビルのフロアを貸し切っている。


 「着きました蒼月さん。えっと……中には高校生や中学生のタレントもいますけど……その……。」


 酒見さんは申し訳無さそうに口ごもる。この人はきっと心底真面目な人なんだろう。信用ができる。言いたいことは分かる。俺は高校生で、アイドルとして活動している同世代の女の子と会うわけだ。しかもココネ曰く容姿含め能力は十分一流としてやっていけるという。そんな相手に下心が無いなんて言っても誰も信用してくれないのは明白だし、普通はそう考える。


 「心配しないでください。社長だからって自分の事務所のタレントに手を出すようなことなんてしませんよ。というかしたらココネに殺されてしまう。」


 だからココネとの関係をきちんと伝える。婚約者がいるし、ココネの恐ろしさは酒見さんも知っているでしょう?と。酒見さんは俺の言葉を聞いて、ただ苦笑いをして「確かにそうですね」と答えた。

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