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買収された芸能事務所

 ───アリード内部は大混乱だった。

 経営状況は芳しくなかったが、突然の買収。それも聞いたこともない新興企業で調べてみると未成年が代表を務めるもの。そこまで落ちぶれたものかと、従業員たちは酷く落ち込んでいた。


 「所詮は子供だろ?金持ちの暇つぶしで買収したんだろ、大したことないって。」

 「でも大規模なリストラはあるんじゃないか?ほらうちは赤字続いてるし……所属タレントも皆、それを心配してる。」

 「それこそ子供相手だから良いように言いくるめるんだよ。ほら見ろ……リストラされるのはああいう窓際社員さ。」


 うだつの上がらない社員はどの会社にもいる。役員たちが新しくやってくるという学生新社長の噂をしている中、黙々とパソコンに向かって作業をしている中年がいた。噂話は当然、中年の耳にも届いている。

 独身で今は老いた親の世話の為に稼ぐので精一杯。会社のために貢献をしてきたつもりだが、華やかな芸能界とは程遠い内向的な性格からか、いつの間にか雑務ばかり押し付けられていた。それでも会社のために尽くしてきたが……おそらくは噂どおり自分は間違いなくリストラ候補だと確信していた。それでも彼は仕事を続ける。所属タレントのスケジュール管理に現場との打ち合わせ……リストラされるのなら引き継ぎの準備もしないといけない。やることは山程あるのだ。


 「へぇ、芸能事務所というから可愛らしい女の子がたくさん詰めていると思ったが、むさ苦しい中年ばかりじゃないか。」

 「事務所に顔出しすることはあるだろうけど、基本的には現場仕事だろうからね。直行直帰なんだろう。」


 見慣れぬ女性と男性の声がして従業員たちは一斉に注目する。前もって聞いていた新社長が来る時間が近いため皆が緊張していた。男性の方は至って平凡だが、女性の方は卓越した容姿をしていた。一瞬所属タレントかと思ったが、見覚えがない。答えは一つしかなかった。


 「えっと……うちの所属タレントのご友人さんですか?すいません、突然事務所に来られても困るんですよ。マネージャーさんもちゃんとそういう管理はしてもらえませんか?」


 タレント同士が現場で親交を深め友人関係になることは珍しくないし、こうして別事務所のタレントが遊びにくることはよくある。だが前もって言ってくれないと困るのだ。ただでさえ新社長が来ると聞いて緊張しているというのに……。隣の男性は若々しいが恐らくは彼女の専属マネージャーと見た。まだ若いからか仕事のことを知らないのだろうと思い、厳しく注意する。


 「ん?アポ取ってなかったのか天理?駄目だろう、社長になるからといって礼儀はある。」

 「いや……連絡はしたはずだけど。だってほら入館許可証もらえたじゃないか。」


 そう言って天理と呼ばれた男はヒラヒラと入館許可証をチラつかせた。新社長とその役員に向けて送付されたものだった。それに加えて今の言葉……社長になる……若々しい男女……。


 「ひょっとして……今日、いらっしゃる予定の蒼月社長ですか……?」

 「あ、はいそうです。入館許可証も届きましたし、事前に話は通っていたと思っていたのですが、不手際があったのでしょうか。申し訳ない。」

 「す、すいませんでしたぁぁぁ!!いえ!!聞いていたとおりでございます!!ささ、社長室へどうぞ!!」


 応対した男は深々と頭を下げて、天理とココネを案内した。「あいつ終わったな……」と誰かが呟いた。


 「いや、会議室が良い。社長室だと話せることも話せないだろう。」


 ココネは既に今後の活動について頭に入れているつもりらしく、会議室に役員たちを集めて話をしたいようだった。だが会議室は同ビルの共有スペースとしてあるらしく、今は貸出中で使えないということなので、事務所内で話をすることになった。


 「いやしかし社長も人が悪い。新しいタレントを用意してくださるなら事前に言ってくだされば良かったのに。勿論彼女は合格です。この世界、何より容姿が重要視されますからね。内面なんてのは後からどうにでもなるものです。」

 「新しいタレント……?あぁ霧崎先輩のことか。確かにブルーハートの社員だけど、アリードの所属タレントではないものな。」

 「違うよ天理、私のことに決まってるだろ。勘違いしてるんだよ。はぁ……そういうところは本当に鈍いんだな。キミはもう少し、私の容姿を意識するべきだと思うよ?」


 自己紹介が始まった。ココネは一人ひとりの従業員の顔と名前を確認している。


 「いやいや、しかしこんな麗しい婚約者様なんていらっしゃるなんて、お若くして成功された方は違いますね。ココネ様の美貌に比べれば我が所属タレントなんてカスみたいなものですよ。」


 役員たちは露骨にごまをすり始めた。こうして適当におだてれば自分の立場は保証されると高をくくっているのだ。所詮は学生、気持ちいい思いをさせてやれば良いのだと。


 「それなんだけどね……改めてここ……アリードの報告書を見直したけど酷いものだよ。いや頑張っているとは思うんだがね、結果が出てない。天理も私は芸能界については君たちと比べると若輩者なのは事実。何かこう、企画みたいなのはないのかな。この現状を打開するものは。例えばこの所属タレントの数だよ、事務所に対して多すぎないか?固定費が大変なことになってる。」

 「確かにそのとおりです!すぐにタレントの数を減らしましょう!成績の悪いものは確かに何人もいますから……いやぁ素晴らしい慧眼です!お美しいだけではなく仕事もできるとは、私は目からウロコですね!」

 「藤原様も芸能界に出てはいかがですか?そのプロポーションならいくらでも仕事はありますよ……テレビ局に打診しましょうか?」


 彼らは天理たちをマトモに相手をするつもりがなかった。所詮は学生のごっこ遊び。適当に持ち上げて、お飾りのままでいてもらおうというのが本音だった。


 「あ、あの……いいですか……。」


 そんな中、一人の男が手を上げた。窓際でリストラ候補だと噂されていた男だ。この会議は事務所の中でオープンに開かれている。役員でない彼の耳にも当然入っていたのだ。


 「馬鹿、お前は役員でもなんでもないんだから黙っとけ……!」


 役員の一人が小声で男を非難する。


 「構わないよ。そもそも役員限定にしたつもりはない。意見があるなら誰でもしてほしいんだ。」

 「まずですが……所属タレントを切るのは反対です。うちみたいな小さな事務所の割にと言いますが、我々の仕事は彼女たちありきです。所属タレントを切るということは、生命線をそれだけ減らすことになります。」

 「いいね、他には何かないのかな。」


 ココネの言葉に釣られるように男は話を続けた。


 「うちは小さな事務所であるにも関わらず交際費が極めて大きな支出となっています……。無論交際費を否定するつもりはありませんが……テレビ局への営業活動の割に成果が出ていないので控えるべきだと思います。最近はインターネットで活動する者も少なくありません。我々はそういったIT部門には手つかずなので、まずは地道に所属タレントの方々の魅力をSNSを通して発信するのも一つの手ではないでしょうか。あとはこちら、近々開催される予定のイベントリストです。我々のような弱小事務所は大手と違い大規模な広報活動はできません。地元密着型にシフトして、地道な仕事を繰り返し、まずは地域に愛されるイメージ作りを先行して……。」


 そこで男はハッとする。どうせ辞めるのだからと、まるで愚痴のように、不満を零すかのように新社長たちに当たってしまった。彼らには何の非もないのに。自分を恥じてしまう。


 「す、すいません話しすぎました!」

 「いや、構わないよ。もっと話して欲しい。現場の意見は大事だからね。言っただろ?私たちは若輩者。まずは知ることなんだ。誰の意見だろうと蔑ろにするつもりはないし、聞き入れるさ。なぁ酒見さん?」


 酒見は呆然としていた。今まで自分の言葉を真剣に聞いてくれる人などいなかったからだ。ましてや相手は新社長とともにやってきた新役員。しかしその立場を笠に着ることはせず、ただ真摯に自分の意見を聞いてくれようとする姿勢に酷く心打たれた。

 そのココネの言葉を皮切りに次々と意見が上がる。会議は定時まで続いた。その様子を役員たちは困惑した様子で見ていた。


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