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二人きりの図書館

 ───放課後。帰宅部の俺は家に帰る前に旧図書館で授業の復習をしていた。

 この学校には図書室が二つある。一つは校舎に隣接した新図書室。もう一つは校舎から離れたところに建っている旧図書館。その名前のとおり、新図書室は最近、増設されたもので施設が綺麗で、ガラス張りの壁からは陽射しが入り込み、図書室というよりお洒落なカフェを彷彿させる。校舎に近いこともあってか、利用者が多く、テスト期間になるとほぼ満員になるのだ。その性質は図書室というより自習室という役割に近い。実際、陽射しが入る関係で蔵書も少ない。本が傷みやすいからだ。

 そして旧図書館は従来あった図書館。独立した建物となっているので室ではなく館と呼ばれている。本校舎から離れているため不便ではあるが学校の書庫も兼ねており建物としても規模は大きい。しかし建物としては古く、アクセスの悪さから利用者はほとんどいない。


 だがそんな閑散とした空気が逆に俺としては集中できるし、古臭い建物も風情があって好ましかった。未来の知識があるとはいえ流石に日本の高校教育全てを完璧にこなせるかというと正直無理だ。せいぜい普段仕事で使っていたのは英語くらいで理系科目なんてまるで使ってない。したがってこうして学生らしく学業に励むというわけだ。

 本校は進学校のはずなのだがそれでもこの図書館で勉強をしている学生は僅かだった。受験生である三年生は塾で勉強をするし、おかげで半ば独占したような気分で集中できる。


 「しかし真面目だね、毎日ここで勉強してるじゃないか。わざわざこんなところまで来なくても新図書室の方が利便性が良くないか?」

 「そうかな?私はこっちの方が好きだよ。新図書室って勉強する場っていうより交流する場って印象だし。確かに設備は古いけれども、歴史の積み重ねを感じさせて感傷的にならない?」


 閑散とした空気……だったはずなのだが今は違う。いつもは一人で勉強していたのだが、俺がここに来ることが日課になっていたのがバレてからはココネと司も一緒に勉強をすることになってしまった。勉強自体は確かに複数人でやる方がお互い集中力が持続するし分からないところを教え合うというメリットはあるのだが……。

 視線に俺はずっと気がついている。図書委員が俺たちを睨み続けているのだ。

 俺は図書委員の彼女を知っている。名前は覚えていないが、とにかく自分の世界に没頭するのが好きなようで、雑音を嫌う。最早その態度は図書委員の仕事をしにきているのか、本を読みに来ているのか分からない。そんな彼女が今、無言で俺たちに抗議しているのだ。旧図書館をこれからも使いたい俺としては彼女との関係が悪くなるのは避けたい。


 「ココネ、司……その少し静かに……ここ図書館なんだから。」

 「天理、私を誰だと思ってるんだ。そんな礼節は百も承知、幼い頃から厳しく教えられた教養の一つさ。だがね、礼節というのは相手がいて初めて成り立つんだ。周りを見なよ、誰もいない。いやぁ良い場所を見つけたんだね、さすがは天理だ。後は誰かが空気を読んでくれれば完璧なのだが。」

 「テスト期間でもないし、皆は新図書室を使うものね。私も誰もいないなら良いと思うよ?でも目的は忘れちゃ駄目だよ。空気を読まずに勉強以外の話をするなんて迷惑だもんね?」


 二人は気がついていないのか、奥でずっとわなわなと震えている図書委員が怖い。謝るべきなのかもしれないが、火に油を注ぎそうで怖い。何よりココネと司の理屈はもっともなのだ。図書館では他の利用者に迷惑をかけないよう静かにすると張り紙もある。だが図書委員の彼女は利用者ではない。そして他に利用者はいない。だから、あまりにも正論で、むしろ図書委員の職務専念を放棄して読書をしている彼女の方に非があるのだ。……別にそれが悪いとは言わないが、多分ココネの性格からして仮に図書委員が俺たちを咎めに来ても、そう言って堂々と論破してくるだろう。


 「あー!いたいた、なんでこんなところにいるの?探したよー!」


 更に静かな図書館に似つかわしくない大声が響き渡る。美咲先生の声だった。こちらに向かってくる。


 「天理くんいつもここにいるの?駄目だよーちゃんと運動もしないと男の子なんだから。やっぱり陸上部に入ったほうが良いんじゃない?」


 運動を始める……言われてみると他力本願ではなく自分でも何かしらの護身術を身につけるのはアリな気がする。この間の白石との一件、ココネはまるで赤子の手をひねるかのように圧倒していた。今回は何とか命は助かったが、青薔薇の男と対峙したとき、俺はまた何もできずに一方的に殺されるだけかもしれない。


 「でもうち空手部と柔道部、剣道部しかないんだよなぁ……。」

 「違うよ!?今、陸上部の話をしてたのに何で全然関係のない部活が出てくるの!?あー……ただ空手部はやめたほうが良いかも。職員会議でも度々話題になるんだけど、ろくに活動していないから近々廃部になるみたい。」


 未来の金メダリストが生まれるこの学校で空手部がなくなる。それは俺の未来の知識どおりだった。だから武颯猛が花開くのは高校卒業後になる。

 そもそも学校の教育カリキュラムにおける体育の武道は柔道か剣道が主流で空手道はない。そういうこともあってか、高校における空手の立場は著しく低いのだ。教える教師もいないし、同好会に近いものがある。


 「あ、そうそう……天理くんの話はいいとして、藤原さん、このプリント、藤原さんだけ出ていないの。ちゃんと書いて出さないと駄目でしょ。」


 手に持ったプリントは授業で配布したものなのだろう。保健体育は男女別なので俺はまるで分からない。


 「え?こんなものが配られていたのか……?は、初めて見るんだか天理、どうして教えてくれなかったんだい。」

 「いや……美咲さんは保健体育担当だろ?男女別だから分からないよ……。」

 「これ、美咲先生が初めて授業した時に配ってたプリントじゃない?」


 司の言葉にピンと来た。あの時、ココネは放心状態だった。きっとプリントを配布されたのは良いものの、美咲さんのことで頭が一杯で完全に抜け落ちていたのだろう。

 ココネもようやく自分の失敗に気がついたのか「あ」と間抜けな声をあげた。


 「すいません、美咲先生……今すぐ書いて出してきます。家にあると思うので急いで帰ればギリギリ……!」

 「い、いやいやそこまでしなくても良いよ!それじゃあ職員室までついてきてくれない?新しいの印刷するから。」


 しゅんとした態度を見せてココネは机に広げた教科書や筆記用具を急いでカバンに突っ込んだ。


 「悪い天理、そういうことだから少し失礼するよ。終わったらスマホに連絡する。未読スルーは許されないから逐一スマホの確認はするんだぞ。」


 そう言い残し、慌てた様子で美咲先生と共に図書館を立ち去っていった。


 「ホント、美咲さんが絡むと普通の女の子になるなあいつ……。」


 残された俺たちはココネが戻ってくるまで勉強を続けることにした。辺りは静まり返り、教科書のページをめくる音とシャーペンがノートを綴る音だけが聞こえる。


 「ねぇねぇ、天理くん。ここの問題なんだけど、どうしたら良いと思う?答え見ても解法が詳しく書いてなくて……。」

 「うわっ!」


 突然、距離を詰めてきた司に思わず声があがる。顔が近い。思えばココネの存在もあってか普段は思いもしなかったが、司はクラスでも指折りの美人だ。そんな彼女と今、二人でいる状況を今更ながら、周囲の目が恐ろしく感じた。クラスの男子たちは知っているのだろうか。今のこの状況を。


 「むぅ、失礼な反応。そんなお化けに出会ったような反応しなくてもいいじゃない。」

 「わ、悪い。その問題はえっと……あぁそれなら俺は分かるよ。」

 「本当!?良かったぁ、どうしても分からなくて困ってたの。」


 そう言って司は更に距離を詰めて俺の隣でノートを広げる。俺は司のノートにペンを走らせながら、丁寧に教えてあげた。彼女は真剣にノートを見ながら俺の話を聞いている。柔らかく長い髪が揺れて、少し甘い香りがした。


 「ありがとう。」彼女は微笑みながら俺の目を見てそう答えた。思わず息を呑んだ。彼女の瞳は深い藍色で、まるで海に沈む夕日のように美しかった。俺は彼女に一瞬、見とれてしまったのだ。


 「どうしたの?顔が赤いけど、熱でもあるのかな。なんて、そんなことないよね。」


 彼女は俺の頬に手を当てて微笑んだ。その触れ方がとても優しくて、俺はますます動揺した。完全に彼女のペースに飲み込まれていた。

 図書館は静かに時を刻んでいた。外からは部活動に精を出す生徒たちの声が僅かに聞こえる。窓から差し込む夕日が本棚の影を廊下に落としている。学校が終わってからずっと勉強をしていて、周囲に誰もいないことに気がついた。


 「ね、ねぇ天理くん……。」


 少し緊張した様子で彼女は声を小さくして、誰にも聞こえないように、俺だけに聞こえるように彼女の息遣いが聞こえるくらい耳元で囁いた。


 「天理くんは、私のこと……好き?」


 「え───。」前にも似たようなことを聞かれた気がする。ココネのことが好きなのかどうか。あの時は即答した。それは異性としてではなく、単純に俺はココネの人柄を好いていた。ただそれが愛しているというかというと、違うと思う。俺とて馬鹿ではない、彼女が今、尋ねている好きという意味は、人柄とかそういうことではない。単純に異性としてどう見ているか、だ。


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