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バタフライ・エフェクト

 朝。清々しい朝だった。久しぶりに着る学生服は新鮮で、少し緊張する。ようやく退院し傷はほぼ完治したので学校に行っても良いと許可を得た。

 俺は豊奉神社の件で改めて感じた。この国は法治国家だ。当然ながら法律が遵守されるのだが……それとは別に"暴力"の力は強い。豊奉神社だって神道政策連合経由で暴力団が動いたと言うし……この社会は正論だけでは成り立たないのだ。

 だから要するに……味方が欲しい。お互いWin-Winの関係になれる、純粋な武力をもった仲間が。

 思いついたのは武颯猛ぶそうたけるだった。彼は将来、オリンピック男子無差別級の空手金メダリストになる。つまるところ世界トップクラスに強い武道家ということだ。そして何と、彼は俺のクラスメイトでもある。そもそも福富のクラスメイトだったから、未来ではSPをしていたのだろうが……。

 確かインタビューでは小学生のころから拳法を学んでいてそれを活かした空手の戦い方を始めたとか言っていた。空手部はこの学校にもあるのだが、いまいちパッとしないのもそのためだろう。武颯が空手を始めたのはもう少しあと、今は求道者の如く拳法とやらで自分を磨いているに違いない。

 そんなわけで猛にチラリと視線を移すのだが……。


 猛の席では賑やかなグループが談笑している。その中心に猛が……いるわけではなく、遠くで絶望したような目で自分の席を見ていた。片手には紙ジュースが握られている。

 おそらくジュースを買いに行って戻ってきたら、大して親しくない人たちが自分の席に座っていて声をかけづらくなり、唖然としているのだろう。


 「猛ちゃーん、どうしたのこんなとこで……暇なら付き合ってくんない?」


 馴れ馴れしく、猛の肩に手を組んで他クラスの生徒がやってきて連れて行かれた。連れて行ったやつは名前は知らないがピアスに髪染め……校則違反のオンパレードでいかにも不良といった感じだ。

 だが馬鹿な奴だ。猛は将来の空手金メダリストだぞ?そんな態度をとって怒りを買った時……どうなるか考えただけでも恐ろしい。

 俺は不良がボコボコにされる姿を想像し、少し同情した。


 だが猛は授業に戻ってこなかった。

 ヘラヘラと笑いながら我が物顔で廊下を歩く不良とすれ違う。先程、猛を連れて行った男だ。傷ひとつない。無傷だ。


 「え、ちょ、ちょっとどういうこと!?」


 俺は思わず不良に声をかけると「あん?」と反応を見せる。こうなれば仕方ないので、俺が猛のことを尋ねると不良は上機嫌に答えた。


 「あーあいつ?いやーちょっとムシャクシャしててさぁ、良いサンドバックだわーなに?お前も仲間に入れてほしいの?」

 「い、いや……ごめん、ありがとう。」


 俺は意味が分からず、とりあえず不良にお礼を言って立ち去る。流石の不良も意味不明だったのか「なんだあいつ」と呟くだけで、また上機嫌に取り巻きと世間話を始めた。


 「お、おい……大丈夫か?」


 猛は人気のない校舎裏に一人地面に座り込んでいた。よく見ると学生服は砂埃で汚れていて蹴飛ばされたようなあとが見える。

 俺の問いかけを無視して猛は立ち上がり去ろうとする。理解ができなかった。確かに今は高校生とはいえ、彼は将来空手の金メダリストとなるはず。それは決して簡単になれるものではない。鍛錬の積み重ねで成り立つものだ。突然強くなるなど、ありえない。


 「どうして反撃しないんだ!?あんた、強いんだろう?」

 「強い……?僕が?頭がおかしいのかあんた。強い人間がどうして日常的にあんな連中に痛めつけられるんだ?」


 それは侮蔑、苛立ち、複雑な負の感情が入り混じった言葉だった。分からない。彼に一体何があったというのか。


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