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穢れた血族

 ───夜。一人の男が肩を抑えながら街中を歩いていた。白石真澄。連続殺人鬼である。

 あれから痛みを耐え抜いてあの場から抜け出し、ゴミ捨て場に身を潜めて、日が落ちたことを確認し学校を後にしたのだ。今も肩の痛みが響く。完全に関節は破壊されていてすぐに治ることはなさそうだった。


 「はぁ……はぁ……あの女……藤原心音……!運良く引き離したと思ったのに結局、相対することになるなんて……蒼月天理ぃ……!あいつは絶対殺してやる……。」


 彼の頭の中は天理への復讐心で一杯だった。そこにココネへの復讐心は皆無。生粋の卑怯者である彼は、ココネを相手にすることはどう足掻いても無理だと理解しているのだ。だからその恨みは全て天理にぶつけることになる。本人はそれを自覚していない。ただただ何かと理由をつけて、全部天理が悪いとすり替えているのだ。

 ぶつぶつと肩の痛みをこらえながら夜道を彷徨う。ふと前方に人影が見えた。道の真ん中で仁王立ちしている。一人の男が立っていた。屈強な男だった。


 「おぅ白石真澄、おどれ手間かけさせたのぉー若いもん走らせよってのぉ。」


 白石は目を見張る。あれは要注意人物、六道会若頭、流星極道ながれぼしきわみ。最悪の相手だ。暴力の化身、歓楽街の暴れ馬。警察も手を焼く典型的な武闘派ヤクザ。まともに相手して勝てるはずがない。殺されるのは明白。逃げなくてはならない、そう思い後ろを振り向いた。


 「──────。」


 背後には風はなく、闇が広がっていた。今まで歩いてきた道のはずなのに、どこか異世界のような感じがして、まるで深海のようだった。

 なぜだろうか。ただの夜道で街灯一つない。誰もいない。だというのに何か恐ろしい恐怖を感じた。ただの闇夜だというのに、何もいないのに、禍々しい何か、踏み込めば確実な死を感じさせる。それは何かの気配が……とかではない。本能的に白石に訴える危険信号。流星など比較にならない、何か恐ろしいことが起きると理由もなく感じた。まるで、まるで闇夜を無意味に恐れる童のように。


 「……どうしたぁ?ぼけっと突っ立って……大人しく捕まる気んなったんか?なんじゃあ、張り合いのないのぉ……それでも全国指名手配犯かいな……。」


 流星は白石のそんな様子を怪訝な表情で見ていた。白石は流星の方へと視線を向ける。そして駆け出した。今この世界で一番安全な逃げ道は、流星のいる方向だと、確信したのだ!


 「どけろや流星ぃぃ!!」


 ナイフを持って流星に向かう。流星は激怒した。憤怒の表情を浮かべ、拳を振りかぶる。


 「何でこっちに来るんじゃこのクソボケがぁぁッ!!!」


 そしてナイフなど無視して、白石を思い切りぶん殴った。メキメキと嫌な音を立てて、白石は数メートル吹き飛ばされる。歯が折れて地面に散らばる、血反吐が撒き散らされ、派手に転がった。ピクピクと痙攣し動かなくなる。拳一撃で、白石は完全にのびてしまったのだ。


 「あークソまた負けじゃあ。兄貴ぃ、加減してくれるんじゃなかったんか。ずるしたんじゃないよなぁ?」


 流星が闇夜に向けて話しかけると、闇夜の中から神宮寺が姿を現した。


 「いいや、完全に気配は断っていたさ。白石真澄。こいつはね、異様なまでに観察眼が鋭いんだ。気配こそは読めなくても、おそらくはただならぬ雰囲気のようなものを察して、極道きわみの方へ逃げ出したのだろう。」

 「なんじゃあそれ、つまり兄貴よりわしのが怖くないってことかいな、おい起きろや、おうわしのが怖いよなぁ、おい起きろボケが。」


 気絶した白石の髪の毛を掴み、頭を持ち上げ頬を叩くが反応はない。


 「俺は殺して良いと言ったんだが、手を抜いたのか?」

 「あーうっさいわ兄貴ぃ!全力で殴ったわ!このガキが運良いだけじゃ!ほら見ろや、歯ぁ全部折れとるじゃろーが!他の奴にこれできるかぁ?」

 「分かった分かった、まぁ生きてるならそれでいい。死体処理は面倒だし、このまま警察に引き渡そう。交換取引にも使えるからな。」

 「おぅええのぉ、うちの組にも勤めに出しとるもんが何人かおるし、丁度ええわ。このガキも少しは役に立つわ。」


 神宮寺が合図をすると黒塗りの車がやってきた。中から数人の男性が出てきて、白石を車に積み込む。手慣れた様子で白石をブルーシートにくるんで、あっという間に車に積まれた。そして神宮寺と流星に「お疲れ様でした。」と一礼して去っていった。


 「しかし藤原ん娘もよぅやるわ。血は争えんのぉ。わしが言うんもあれじゃけど、あいつの肩治らんぞ。複雑骨折に靭帯損傷。やりすぎじゃろ、わしらヤクザでもああはせんぞ。」

 「何だ極道きわみ、ひょっとして聞いてないのか?藤原はともかく奉条司を護ってくれたのは蒼月くんの働きのが大きいぞ。」

 「蒼月……?あぁ、藤原ん娘と仲良さそうにしてた奴か。あ?あいつは凡人じゃろ、白石相手じゃ話にならんよ、兄貴ぃからかってんのか?」

 「その様子だと本当に知らないのか。彼は藤原心音の婚約者らしい。まぁ……俺もあいつは凡人にしか見えんのだが……。」


 流星は一服しようと取り出したタバコを思わず地面に落とす。「マジか?」と神宮寺の顔を見て尋ねた。「マジだ。」と神宮寺は答えた。その表情からは冗談の類にはまるで見えない。


 「ほいじゃあ、藤原ん娘の婿探しも終わったってことか。わしゃあ兄貴みたいなバケモンが選ばれるとばかり思っとたんじゃが。なんじゃあ、それとも蒼月ちゅうんは兄貴と同類なんか。まぁ……兄貴のヤバさ分からんアホも結構おるけどなぁ……。」

 「それこそ冗談だ。俺はごめんだな、あんな穢れた一族の女を抱くなど。根絶やしになれば良いと今でも思っている。」


 神宮寺は心底、不快感を露わにする。失言だったと流星は後悔する。歯に衣着せぬ彼であったが、それでも最低限、超えてはならないラインはあると知っている。


 「し、しかし兄貴よ。そんな話、わしらは聞いとらんぞ?そりゃあ没落したとは言えあの藤原ん跡取り候補が産まれるんが決まったようなもんじゃろ。」

 「まだ表向きには動いていないようだがな。それでも学校や地元ではまるで自分のものかのようにアピールしてるみたいだぞ?顔知れて良かったな極道きわみ。お前、絶対あの手の奴と街で出会ってたら絡んでたろ。」


 先程の失言を気にしていないのか、少し微笑みながら神宮寺は茶化すように答えた。流星は神宮寺の怒りを買っていないことに安堵した。そして神宮寺の言葉は耳が痛かった。図星だからだ。


 「おー……否定はしきれんのぉ……ただわしよか若いもんが心配じゃあ、藤原ん娘に関わらんようには言うとるけど、最近婚約者ができたことは言うとらんけぇ……。こうしちゃおれんわ。兄貴悪いのぉ、急いでちょっと事務所に戻るわ。」


 慌てた様子で流星は立ち去っていく。神宮寺は流星が落としたタバコを拾った。そして携帯ごみ袋に入れる。

 そう、流星の言うとおりだ。蒼月天理はどう見ても凡人にしか見えない。故に最初は藤原心音の悪ふざけか、本命を隠すためのカモフラージュかと思っていた。だが、病院でのやりとり、懸命に無事を祈るあの態度、まるで嘘には見えない。傷だらけの天理を見た。何度見ても自分のような異常者ではない。凡人、凡人なのだ。そもそも本当に超常的な人間なら白石如きにあそこまでやられはしない。

 なのに藤原心音は蒼月天理を選んだ。分からない。まるで分からない。


 「やはり俺も年をとったのかもな……他人を見る目がここまでなくなるなど。」


 夜空を見上げる。漆黒の天幕が広がっていた。月灯り一つない闇夜。きっと自分が衰えたのだろう。そう思うしか、納得のいく理由がなかった───。

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