一つ屋根の下で
「天理くーん、そっちの掃除は終わったー?」
早朝、司の声が響き渡る。広い境内で俺は落ち葉を箒でかき集めていた。ただでさえ広い境内なのに、少ない人数でこなさないといけないので大変だ。しかも今は午前五時。普段は寝ている時間帯。
「あ、後少し!……終わったよ!つ、疲れた……。」
豊奉神社に寝泊まりするようになった俺は神社の手伝いもすることにした。流石に何もしないのは申し訳ない身体。だがまさか早朝起きて、作務衣を着せられて、こんな肉体労働をするなんて思わなかった。
「お父さんの昔の姿を思い出すわ、昔はこうして二人で神社の雑務をこなしてたわねぇ……。」
司の母親に昔、父親が使っていたという作務衣を貸してもらった。俺の姿を見て感慨深い様子を見せていた。司の父は今も掃除自体はしているのだが、やはり年というのもあり神職としての事務仕事に集中していることが多いという。学生服で良いと思ったのだが、確かに作務衣を着て正解だった。それなりに重労働で汗も出る。
「いやしかし私も天理と同じ格好が良かったな。この巫女服とかいうやつ……意外と動きやすくはあるが、着るのに手間じゃないか。」
巫女服を着たココネはそういってくるりと回る。巫女服と黒い長髪がふわりと舞い上がって、その立ち振舞はしっかりと様になっていた。
昨日、俺が豊奉神社に泊まり込むことを伝えると、ココネもまた泊まると言い出したのだ。神宮寺は危険を理解した上でならありがたい話だという。奉条夫妻を守るのは良いが、やはり司を警護するのは同世代の方が良いだろうし、特に女性なら学校でも自然と一緒にいられるからだ。
奉条夫妻は危険だからやめなさいと止めたが、俺の強く固い決意についに折れて、こうして今に至るわけだ。
「駄目だよ藤原さん。巫女服っていうのは清浄さと邪気を祓う力があるの。神事において女性は神聖な境内で何かをする際はこうしてきちんと神様に対して敬意を払わないといけないの。」
「なら天理だって巫女服着ないと不公平じゃないかー。私はぶっちゃけ無宗教だよ?そんなのがこんな格好してて罰当たりも良いところじゃないか。」
「天理くんの格好も巫女服に相当するものだよ?上下真っ白なのは神様に潔白を示すもの。私たちとデザインが違うのは緋色の袴には邪気を祓う意味もあって女性はとくに大事にしないと駄目だっていう思想から……。」
「あーもう分かったよ、この宗教オタクめ!掃除は終わったんだろう、早いところこんなの脱いで制服に着替えて食事を済ませて登校しようじゃないか。」
不満そうにココネは口を尖らせて社務所へと戻っていく。
「悪い……ココネはリアリストだから司の言う事の半分は耳に入ってないと思う。」
「まぁ宗教は信じない人だっているし……でも天理くんは信心深くて良かったな。だってほら、今も参道の脇を歩いて来たでしょう?ちゃんと神様への敬意を持ってて嬉しいな。」
信心深いわけではなく神社のマナーを自然と覚えていて実践しただけだ。だが確かに言われてみると、高校生で神社の境内のマナーを知っていて実践するなんて珍しいといえば珍しいかもしれない。
朝食は奉条夫妻が用意してくれた。出された食事は米に味噌汁に焼き魚、漬物……一般的な朝食風景だ。
「んん?神社っていうのは殺生ありなのかい?てっきり精進料理だと思ったのだが。」
想像以上に普通の食事にココネは不思議そうにしながら朝食を口に運ぶ。
「精進料理は仏教だよココネ……神道では魚肉とかは大丈夫らしいぞ。」
以前、司が得意げに話していたことを思い出す。俺はハッとして「司の受け売りだけどもね」とバツの悪そうに軽く司に頭を下げる。司はそんな俺を見て「覚えてくれてたんだ」と微笑んだ。
「へぇ~兄貴知ってたか?わしも野菜ばかり食わされると思っててプロテイン持参してきたんじゃが。」
「お前、俺が一級神職だということ忘れてないか?……いえ失礼、見事です奉条さん。神道の教えを守りつつ、豊かな朝食。謹んで頂きます。」
流星と神宮寺も同じ卓を囲んでいた。本来ならば警護対象者と食事をともにするのはありえないのだが、今回に限って言えば本人に通達もしているし、食事時間を変えることのほうが、隙を作ることになるということで、ともに食事をすることになったのだ。
「そうだ天理さんにココネさん。あなた方には専用の携帯電話を渡しておきます。ワンプッシュで連絡の行く緊急連絡用です。私と流星がいる限り、奉条ご夫妻は決して、殺人鬼などには手を出させません。ですが、司さんは学校に行くのですから別。無論、通学路及び学内に警護をつかせますが限界があります。もし学内で殺人鬼が現れたら即座に連絡してください。」
「おうそういうことじゃ坊主。それに嬢ちゃんも安心しとけや。わしらがいる限り、白石なんぞ返り討ちじゃけぇ、安心して学校行きんさいや。それに白石のアホはガキ狙うことは今までなかったけぇのぉ。」
神宮寺からスマホを渡される。タッチすると確かに緊急連絡と表示された真っ赤なボタンが画面に映っている。これなら非常事態でもすぐに彼らの助けを得ることができるだろう。
通学路、周囲を見回す。怪しい人物はどこにもいない。神宮寺の話だと警護に当たっている人がいるというがそんな人影すらなかった。曰く、司も神宮寺から聞かされるまで通学中も警護されていたことに気が付かなかったという。
「プロの仕事だな……。」
「神道政策連合の人たちは暴力団との繋がりだけじゃなくて民間の警備会社とも繋がりがあるんだって。政治家は勿論、天皇陛下の警護にもあたるような会社だとか……。」
「ふぅん、確かに言われてみると神道の親玉は天皇だ。ああいう連中からすると名誉ある仕事だし手持ちの武力でそこまで行けるものなのか……。」
「天皇陛下!だよ藤原さん。というか親玉って、もっと言い方ないかなぁ、ねぇ天理くん?」
司は不機嫌そうにココネの言葉を訂正し俺に視線を送る。まぁ親玉という表現は確かにしっくりと来るので俺も内心は納得したが、流石に口にするのは失礼が過ぎる気もする。
「ココネってひょっとして外国育ちだったりするのか?」
「ん?よくわかったね、幼少期は海外に住んでたこともあるよ。帝王学の一環とか言うやつさ。小さい内に世界を知れということだね。」
「そうなんだ……じゃあ天理くんと知り合ったのは割りと最近なの?婚約関係だって言ってたから、てっきり幼い頃から約束してたのかなって思ってた。」
まずい。割とどころか、ココネと出会ったのはつい最近だ。婚約も偽装のもの。どういう理由で婚約を結んだのか台本を用意してない。司の疑問はもっともで、ここで即答できないと関係が疑われるかもしれない……。
「ハハハ、すけべだなぁ奉条さんは。」
「な!?」
飄々と笑うココネの態度に司は思わず顔を真っ赤にする。
「な、なんで私がすけべなの!ちょっと今のは聞き捨てならないよ!」
「いやぁだってさ……私と天理の出会いを知りたいんだろ?察しなよ、こんな今もラブラブな私たちが一体、どんな情熱的な出会いをしたのか。事細かに話すのは構わないよ?でも本当に良いのかな、官能小説さながらなエロスに満ちた二人の爛れた逢瀬を……。」
「わ、わ、分かった!わかったから!聞かない!聞きません!」
耳まで真っ赤にした司は顔を俯ける。こういう話に全くと言っていいほど耐性がないようだった。司に見えない位置でココネは最高の笑みを浮かべてガッツポーズを見せる。いや、何に対してのガッツポーズなんだ……と思いながらも俺はとりあえずガッツポーズを返してあげた。





