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黒き炎、心焼く情景

 ───福富が転校してから学内の勢力図は大きく変わった。今や頂点に君臨しているのは実質、ココネで福富と違い恐怖による支配ではなく、敬意、敬愛による支配……。いつの間にかココネが登校しているのを見ると周りの皆が自然と挨拶を交わし人が集まるようになっていた。


 「ココネちゃんおはよう、今日も彼氏と一緒なの?」「藤原さんおはよう~。」「ココちゃんおはー、この間借りたの返すね。」「ココネさんおはよ、ねぇ見ておかげでこれ上手くいったよサンキュー。」


 俺は横で適当に相槌を打ちながらココネの態度を見ているが、応対する彼女は生徒たちの名前を完全に覚えているどころか、それぞれの生徒たちに合わせた世間話まで軽くこなしていた。何十人という相手全てに対して、適当な相槌ではなく、一人の人間として真摯に話しているのだ。


 「何というか俺、飾り物みたいだな……。」


 ついでのような形で挨拶をされるわけだが当然俺はココネと違い柔軟な対応力もないし知らない生徒ばかりだ。同級生を多少知っている程度で、話しかけてくる連中はココネ目当てなのは明白だった。


 「おいおい拗ねているのかい?心配しなくても皆、天理のことは見えてるよ。気遣ってくれてるんだ。皆、挨拶と適当な言葉を一言かける程度で終わっているだろ?それはね、キミが私の隣にいるからだよ。散々私のキミへの熱愛ぶりを周知してきたからね。だからこうして、丁度いい距離感でいられるのさ。天理がいなけりゃ今頃、大名行列だよ?」


 そういう目的もあったのか。と感心する。ココネはこれまで学内、地元に対して人脈作りに励んでいた。だがそうなると今度は人間関係が煩わしくなる。だから最初から一線を引くように、俺の存在をこれでもかとアピールしていたということか。


 「でもそれだと俺はやはり飾り物というか……魔除けみたいな扱いじゃないか?」

 「ハハハ!やっぱり拗ねてるだろ天理。かわいらしいところがあるじゃないか。だったらそう思われないように、天理の方から私に対してアプローチをすれば良いだけじゃないか?」


 いつものように意地悪な笑みを浮かべながら俺を見る。そう言われると確かに俺にも非がある。まるで飾り物のように振る舞っていたのは他ならぬ俺自身なのだから。少なくとも俺自身が今までココネがしてきたことのように、俺からココネに対して何かすれば、周囲の目もまた変わるだろう。

 すぐ横にはココネがいる。先日のように露骨に腕を組んで身を寄せてはいない。そんな視線に気がついているのか挑発的な視線をココネは俺に送っていた。


 「あぁもう分かったよ!つまりこういうことなんだろ!」


 ココネの肩を抱いて身を寄せる。少し驚いたように小さく声を上げたが、抵抗はしなかった。そもそも偽装婚約の話を持ち出したのは俺の方だ。本来ならば俺から率先してこういう態度を示さなくてはならない。


 「やればできるじゃないか。これからもこんな調子で頼むよ?」


 クスクスとココネは笑う。そんな彼女を見ると結局良いように振り回されているだけな気がした。


 「天理くんおはよう!あのちょっと放課後付き合ってくれないかな?うちに来てほしいの。」


 教室の戸を開けると真っ先に司がやってきた。そして突然のお誘い。特に用事はないし、この間からの付き合いもあるので断る理由もなかった。


 「おはようございます奉条さん。ところでこれ見て何も思わないのかな。」

 「え?別にいつもどおりだし、もう今更かなって……。それよりも天理くん、実はね……。」


 放課後、俺たちは豊奉神社に向かうことになった。司の話だと神道政策連合の神宮寺が用事があるということでまた来ることになったようなのだが、どうにもその様子がおかしく心細いので一緒に同席してほしいと頼まれたのだ。


 「まったく人のフィアンセを堂々と公衆の面前で自宅に誘うだなんて良い度胸してるよね。」

 「そ、それは……悪いとは思ってるけど!もう、言い方が少し卑猥じゃない!」


 ココネは司を茶化しながらも少し楽しみにしているような態度を見せていた。神道政策連合は普通ならまず関わり合いのできない組織。彼女の目的は家の再興であり、この人脈を足がかりに何か新しい悪巧みはできないかと思っているのだろう。

 この間と同じように社務所の和室に通される。中には既に奉条夫妻も待っていた。


 「おお、これは天理くんじゃないか……そうか司が呼んでくれたのか。すまないね、娘がどうしてもと言って……いいや私も君が来てくれて安堵しているのだから同じか。」


 司の父親は穏やかな笑みを浮かべていた。何か神社で緊急事態が起きた……ようには見えなかった。ただ神道政策連合が理由もなしに来るはずがない。得体の知れない緊張感に満たされていたのは分かる。


 「神宮寺さんからはどんな連絡があったんです?」

 「それが……大事な話なので直接話をするとだけで。あぁただ可能な限り外出は控えて人気のないところは避けるようにとは……。」


 まるで何者かに狙われているかのような言い回しだった。これでは不安になるのも仕方のない話だ。

 しばらくして神宮寺がやってきた。見知らぬ男性と一緒だった。サングラスにマスクをつけていて不審者そのものだった。


 「突然の来訪申し訳ありません。緊急のことでしたので……流星、もう良いだろう。外して良いぞ。」


 流星と呼ばれた男はサングラスとマスクを外す。強面の男だった。ひと目で分かった。この男は暴力の世界に生きる男だと。


 「ふぅ……息苦しかったわ。奉条さんら、こん格好じゃけど、気ぃ悪くしないでくださいや。わしらみたいなのが神社に出入りしとったら、評判悪くなるけぇ……これはわしなりの気遣いじゃ。」

 「彼は指定暴力団『六道会』の若頭、流星極道ながれぼしきわみです。今回の問題解決のために必要であり、顔合わせも兼ねて連れてきました。」


 暴力団……その言葉に奉条夫妻はこわばる。司もまた少し厳しい表情を浮かべた。ココネは……心なしか嬉しそうだ。予想以上に大きな話になりそうで期待しているのだろう。


 「神宮寺さん。私は神に仕える身です。どのような方であれ、職業に貴賎はありません。ですが……。」

 「言いたいことは分かります。単刀直入に言いましょう。先日の福富グループの騒動ですが……事態は我々で抑えつけるレベルを超えてしまったのです。」

 「そ、それはどういう……?」


 昨日のことだった。福富無限から神道政策連合に連絡があったのだ。我々は豊奉神社には手を出さない。何なら賽銭として数億円支払っても良いと。その上で話を聞いてほしいということだった。

 福富グループは巨大な財閥として今も君臨している。そのため当然、表には出せない裏の道もある。指定暴力団との繋がりもそうだ。そんな裏の道の一つに、福富グループはある殺人鬼を囲っていた。それは福富グループに敵対する人物を始末してくれることを条件に、警察の目から隠し通してあげる契約。そんな殺人鬼が、脱走したというのだ。使用人のミスで、カギを奪われ閉じ込められている牢屋から脱走したという。

 そしてその殺人鬼には、豊奉神社の一件を伝えていて、強い関心を抱いていたという。もしかすると豊奉神社を狙うかもしれない。あの殺人鬼は制御のきかない怪物。そこには福富グループは一切関係ないという、そういう連絡だった。


 「さ、さ、殺人鬼!?どうしてそんな……私たちを狙うのですか?」


 司の父親は驚きを隠せない様子だった。無理もない。これまで恨みを買うこと無く、穏やかに暮らしていたはずの彼らが、突然殺意という、明らかな敵意を向けられることになったのだ。それは福富グループによる騒動とは次元が違う。殺意の奥には怨嗟の類がある。それが常識だった。

 神宮寺が説明を続けようとすると流星が手をあげる。


 「そこから先はわしが説明しますけ……血なまぐさい話はわしみたいなのがすんのがお似合いじゃけ。」


 流星は殺人鬼について話し始めた。殺人鬼の名前は白石真澄しらいしますみ。連続殺人鬼で今も全国指名手配中の凶悪犯だ。神出鬼没で全国どこにでも現れ、平凡な家庭が犠牲となっている。その手口として共通しているのが、被害者は皆、幸福の絶頂……新婚であったり子供を授かったばかりだという。警察の見立てでは犯人はそういった幸福な家庭に対して強いコンプレックスを抱いており、そこから凶行に及んでいるという見立てだ。


 「奉条さん、ヤクザのわしが言うのもなんじゃけど、おどれら一家は本当に良い家庭だと思うわ。じゃけぇ……白石のアホは今回の神社買収騒動をきっかけに、知ってしまったから、いてもたってもいられんのじゃろうな。」


 理不尽な話だった。幸せに過ごしていたから狙われる。頭のおかしい殺人鬼に。ただただ理不尽でしかなかった。奉条夫妻はまるで理解できないようだった。なぜ幸せな家庭を築いただけで、殺人鬼に狙われることになるのか。


 「安心せぇ。じゃけぇわしが来たんじゃ。既に六道会のもんには張り込ませとる。おどれらが外出る時も白石のアホに襲われんようにな。んで……肝心要のこの神社には……わし自ら警護にあたるけぇ大船に乗ったつもりでいろや。」

 「補足します。警護に当たるのは流星だけではなく、私もです。豊奉神社をこんな意味の分からない殺人鬼に潰されるなどあってはならないので。」


 流星と神宮寺はそう胸を張って答えた。白石がどういう人間か知っていてなお、堂々と守ると断言した二人の男は、同性の俺からしても凄く頼もしく感じた。

 神社は広く宿泊できるスペースは十分にある。神宮寺は義理堅く、宿泊費と言って司の父親に大金の入った封筒を渡している。

 俺は今の話を冷静に整理していた。まず第一に、福富グループは白石という殺人鬼を飼っている。それは自分の邪魔になる存在を消すため。そして次に白石が狙うのは家庭が多いということ。幸せの絶頂の日を狙う悪趣味な男。


 「うっ……ッ!!」


 記憶がフラッシュバックする。思い出す。あの日、妻はどんな思いで俺を待っていたのかを。ご馳走を用意して、自分の誕生日なのにわざわざケーキまで作って、俺を待っていた。妻の虚ろな瞳。胸に突き刺されたナイフ。そして何食わぬ顔でもう一度、俺の前に姿を表したあの男。青薔薇の男……。手口が一致する。あの時、俺は福富の運営する会社の機密情報を握っていた。口封じのために福富は白石に殺害を依頼したと考えれば……全ては繋がる。

 腹の底に、ずっと燻っていた黒い炎が一気に燃え上がる。一度たりとて忘れはしない。奴のことを、奴に全てを奪われたあの日のことを。


 「どうした天理?気分でも悪いのか?本件は私たち出る幕はなさそうだし退散するべきだと思うが。」


 ココネは俺のただならぬ表情を見て背中をさすりながら、そう答えた。違う。むしろ幕は上がったのだ。ココネには関係ないことだが来たんだ、それは突然に。俺がずっとずっと胸に抱えていた思いを晴らす時が。


 「司……部屋がまだ空いてるのなら俺も泊めてくれないか。俺も力になりたいから。」


 逃がすわけにはいかない。千載一遇のチャンス。復讐は俺自らが成し遂げる。気がついたら他人の手で終わっていたなんて、そんなのは絶対に嫌だった。

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