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英雄の精神

 同時刻、Prometheus(プロメテウス)中心部。動力機関を制御しているそのフロアは他と違い、機械的構造物が多く、入り組んでいる。その一つ一つが精密機械でもあるPrometheus(プロメテウス)の動作に必要不可欠である。

 フロアの壁部に巨大な亀裂が入っていた。中心に人が倒れている。血反吐を吐いて意識が朦朧としているのか焦点が定かではない。

 武颯猛ぶそうたけるであった。彼は今一人、この機関室にて怪物"たち"と立ち会い敗北した。


 「リスクマネジメントは常に考えるべきです。どうしてこんな大事な場所を、最も信頼できるものに警護させていないと思ったのでしょうか。」


 敵は倒れて座り込んでいる猛を見て嘲笑う。

 その数は無数。視界に入るだけでも四、五人は確認できる。Prometheus(プロメテウス)の尖兵とはまるで違う、練度が極めて高い集団。というよりも……


 「藤原理段……?でもどうして……。」


 猛を敗北せしめたのは藤原理段。ただし一対一ではない。今、目の前にいる連中……その全てが藤原理段だった───。



 ───時間は少し遡る。ココネを安全な場所に送り届けた後、天理と猛は共に理段のもとへ急いでいた。しかし、その道中、ある分かれ道に差し掛かったとき、天理は突然足を止めた。


 つい先程まで迷いなく進んでいた道。しかし、天理は突如として足を止めた。その突然の行動に、猛は眉をひそめ、心の中で疑念が渦巻く。彼は天理の様子をうかがいながら、声に出して問いかけた。


 「天理、どうしたんだ? なぜ立ち止まる?」

 「今、ここにいるのは理段の暴走を止めるため。そのためには理段だけでなく、Prometheus(プロメテウス)もどうにかしなくてはならない。」


 天理は、冷静な声音で現状を説明する。


 「理段がいる場所はPrometheus(プロメテウス)に搭乗するためのフロアであり、Prometheus(プロメテウス)の動力部は別の場所にある。」


 状況の複雑さを理解した猛は、覚悟を決めたように拳を握り締めた。


 「理段は俺が止める。だから猛は……。」


 「Prometheus(プロメテウス)を破壊しろということだな。分かった。」


 二人は、役割を分担することにした。天理は理段の居場所に向かい、猛はPrometheus(プロメテウス)の動力部を破壊に向かう。


 猛がここにいる理由は、師匠である伽羅の無念を晴らすためでもある。しかし、彼の最大の目的は純粋な正義感と、天理に対する恩義だった。


 伽羅が何故殺されたのか……自分の知らないところで何が起きているのか。

 猛は天理に問い詰めると、時間逆行の説明を受けた。荒唐無稽な話で最初は困惑を隠せなかったが微塵もその内容を疑わなかった。今更、天理が嘘をつくような人間ではないと、猛は信じていた。

 天理のこれまでの人生や、背負い続けている業。そして理段が此度企んでいること。その全てを聞かされた。彼だけではない。理段の私利私欲のために多くのものたちも巻き込まれていることを聞かされた。


 「もしかしたら"尖兵"のように俺が理段にマインドコントロールされて敵対することになるかもしれない。」


 最悪の未来を想像する猛の瞳には、強い意志が宿っていた。


 「そんなの……耐えられるわけがない。」


 ありえるはずのない未来を、時間逆行者はありえるものにしてしまう。

 吐き気がした。反吐が出た。理段がその気になれば"この手でみんなに手を下すことになる"未来さえもありうると思うと。


 そんなことを一人背負い、間接的とは言え自分の故郷の窮地に手を差し伸ばしてくれた天理に猛は感謝してもしきれなかった。


 「そんなこと聞かされてさ……何もしないで見送るなんてできるわけねぇだろ。」


 故に、猛はこの戦いに絶対に負けるわけにはいかない。これは彼自身の問題なのだ。安全なところで天理がここオケアノス・ヴェルデに向かうことを見送るだけなど、彼自身が許せない。

 自分には彼の助けになれる"力"がある。選択肢があるのだ。ならば、答えは一つ───。


 「ここか?」


 猛は、機関室の金属扉を力任せに蹴り飛ばし、一歩足を踏み入れた。視界に飛び込んできたのは、無数のパイプやケーブルが絡み合い、巨大な機械が唸りを上げる異様な光景だった。


 「とりあえず、これらを壊せば……」


 猛は、壁面に取り付けられた計器類に飛びつき、容赦なく拳を叩き込んだ。しかし、機械は警報を鳴らすだけで止まる気配はなかった。


 周囲を見渡しても、警備員の姿は見当たらず、静寂が支配していた。柳生が尖兵を足止めしているおかげで、時間は稼げているはずだったが、猛は次に何をすべきか判断に迷っていた。


 「あのでかいパイプを破壊するか……何か大切そうだし。」


 猛の視線の先にあるのは冷却パイプ。Prometheus(プロメテウス)は莫大な熱を放出するため冷却装置が取り付けられている。これが機能しなくなれば熱は籠もり続けやがて自身の熱で溶解……最悪爆発を引き起こす。奇しくも猛はこの動力部の弱点に目をつけることとなった。

 だが猛はふと背後から気配を感じた。瞬間的に体を反転させ、構えを取る。


 「重要な場所なら警備も当然……え?」


 現れたのは、ぞろぞろと歩み寄る藤原理段たちだった。全員が藤原理段の表情をしており、不気味な笑みを浮かべていた。


 「藤原理段……? 何故こんな所に……双子、三つ子……子沢山なのか!?」


 猛は、困惑を隠せなかった。双子、三つ子にしてはあまりにも数が多すぎる。


 「ハズレです。私たちは私自身の」

 「そっくりさんを集めたということか!!」


 世界には三人くらい瓜二つの人物がいると言われている。猛は最近読んだ本を思い出し、彼が自分のそっくりさんを集めていたと考えたのだ。


 「違います。私たちは私自身の」

 「コスプレイヤーというやつか!アストでたくさん見たぞ!!」

 「話を聞けッ!!」


 我慢の限界が来たのか理段は壁を叩く。強い衝撃音が周囲に響き渡り、猛も理段の真剣な表情に思わず黙り込んだ。


 「私たちは私自身のクローン体です。ご存知ですか?クローン技術。」


 しばらくの沈黙。猛はようやく一つの答えに辿り着く。もっともあまりにも突拍子もないことで、とても受け入れがたいことだった。


 「自分のコピーみたいなもの……?」


 人のクローン技術は、公に認められていない。

 だが、理段は実現した。自身のクローンを生み出し完全なる部下を作り上げたのだ。決して裏切ることなく、そして頼りになる存在。

 義父が研究していた藤原家の奇跡の再現。その研究を引き継いだ理段は人体の研究を深め、ついに形となった。


 「正解です。そして、貴方の置かれている状況は理解しているでしょう?」


 猛は、その声を聞き背後を振り返る。


 「……ッ!!」


 背後から現れたのは、また別の理段だった。その気配は、まるで影のように静寂に紛れていた。猛は、その驚きに声を漏らしてしまう。

 理段は、卓越した膂力を誇る拳撃を振り抜き、猛の背後に叩き込もうとする。しかし……


 「見切ったァ!」


 猛の持つ"超反射"は、常人の想像を遥かに超える速度で動く理段の攻撃も難なく捉えてしまう。猛は常人離れしたそのギフトで、一撃を軽々と受け流す。そしてそこから生まれる隙を逃さず、猛は拳を引き絞り、理段に向けて放つ。


 「正拳ッ!!」


 完璧なタイミングで繰り出された正拳は、理段の人中を捉える。普通の人間であれば、この一撃を避けられるはずがない。


 「な……に……?」


 しかし、信じられないことに、理段は猛の正拳を軽々と受け流してしまう。人中を狙った正確無比な攻撃が通用しない。その理由を考えられるとすれば、


 「同じ超反射の持ち主、か!」


 猛は、困惑を隠せない。自分と同じ"超反射"を持つ相手と相対するのは、これが初めてだった。


 「"あとづけ"ですけどね?」


 理段は神宮寺との戦いに備え自身の肉体を改造し、人工的に"超反射"を実現している。それは皮肉にもかつての未来で猛が神宮寺と激戦を繰り広げたところから着目を得たものだった。

 猛と違う点は、理段は藤原家の神秘を内包した卓越した膂力を持つこと。即ち、ただの受け流しでも、普通の人間は大きく姿勢を崩してしまう。


 此度の猛も同様だった。信じられない力で弾かれた正拳は、腕ごと弾かれ大きくのけぞる。


 「正拳突き……こんなものですかぁ?」


 ───叩き込まれる。正拳突き。


 とてつもない衝撃だった。80キロを優に超える猛が、拳一発で吹き飛ばされ、壁に激突する。激突した壁に亀裂が走る。その衝撃がとてつもないことは想像に容易いものだった。


 「貴方のギフトは確かに強力です。しかし、私の"超反射"には敵いません。」


 理段たちは、冷酷な笑みを浮かべながら告げる。


 「カハッ……!」


 血反吐を巻き散らかす。

 猛は察する。先ほどの言葉から察するに、藤原家の神秘を内包しつつ、超反射を有するのは、今目の前にいる全員ということだと。

 全員が格上、全員が前人未到の超人。全員が自分に対し殺意を持つ。


 「は、ハハ……。」 


 乾いた笑いを思わず零す。勝てる道理がまるでない。


 「我々はクローン体。ただのクローンではありません。理段の記憶、経験を完全に継いだもう一つの自分。Prometheus(プロメテウス)を使えばこういうことも可能ということです。」


 Prometheus(プロメテウス)は電脳化した情報を過去に飛ばすもの。だが必ずしも過去に飛ばす必要はない。理段はそこに着目した。

 自分のクローン体を作るのは良いが、脳に蓄えた知識経験は同一ではない。そこで理段は電脳化した自らの情報を複製し、己のクローン体にインストールした。

 結果生まれたのは、この世界で何よりも信頼できる私兵たちである。当然である。何せ自分自身なのだから、裏切りもないし、その働きを誰よりも理解している。


 「全部自分だって……?そんなの、頭がおかしくならないのか。」


 猛は理段の所業をそう評価した。

 その評価は正しい。自分自身が無数にいることなど、通常の精神状態の人間ならば耐えられない。

 このような所業が実現できたのは、既に理段は度重なる時間逆行で"自己を消失"しているからに他ならない。それだけではない。消失した部分に入り込んだ正体不明のナニカ。既に藤原理段という存在の自己同一性は曖昧なものとなっているのだ。


 「それは貴方が矮小で、考えの浅い人間だからですよ。自己同一性などに拘る必要などないのです。」


 猛の真っ当な感想を、理段は切り捨てる。もはや普通の人間の価値観など理段には存在しない。ただそこにあるのは、己が野望を満たすための装置でしかない。


 「武颯猛ぶそうたける……貴方が天理くんの味方をするのは想定外でした。ですが今の貴方は雛鳥。されど侮ることはしません。念押しです。"本体"には記録しておきましょう。」


 時間逆行を利用すれば、将来の脅威の芽を摘むことが出来る。理段のその言葉は、猛への事実上の死刑宣告だった。自分だけが犠牲になるのはいい。一番嫌なのは『みんなのいえ』の家族が犠牲になること。


 ───本当に、反吐が出る。


 猛は理段の言葉にひどく嫌悪感を持つ。こんな人生を天理が送っていたのかと思うと、酷く悲しくなる。

 やはり彼は報われなくてはならない。そして報いるためには、自分が今、限界を超えなくてはならない。

 そう猛は決意した。その目にほのおが宿る。それは強く煌く灯火。人が見せる決意の灯火。その先に見据えるのは深い闇ではなく、光り輝く未来である。


 「藤原……理段……。」


 猛の目は死んでいない。

 それが理段は理解できなかった。これだけの絶望的な戦力差を見せつけておいて、心折れないのはただの馬鹿でしかないと思っていた。


 「───勝つのは、俺だ。」


 強がりではない。猛は今、ここで超える。境地を超え、その先を踏み抜く。


 「……なに?」


 理段は慢心していた。未来の武颯猛ぶそうたけるならばともかく、今の武颯猛ぶそうたけるはただの喧嘩が多少強い一般人。恐れるに足らない雑魚としか思っていなかった。

 だから、気が付かなかった。猛が隠し持っていた"切り札"に。


 「認証武装コーデットアームズ開帳オープン……アベルッ!!」


 認証武装コーデットアームズ。六道衆に与えられていた専用兵装。

 猛の手により、その武装が解き放たれた。


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