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醒めない悪夢、偽りの復讐

 「ぬぅ……!いつの間にここまで腕をあげていたか神宮寺……!」


 柳生は何食わぬ顔で下りてくる神宮寺を見てそう呟いた。

 一級と特級の違いは戦闘能力ではない。当然だが神職者に戦闘能力は求められない。柳生は今、確かに感じた。今の神宮寺は……自分よりも上に立っていると。強力な武器を持っていようが、その佇まいで分かる。おそらくは素手であろうとも、"尖兵"たちを殲滅できていただろう。


 「相棒!ここからは別行動だ!俺はこの施設のシステムをハッキングしてくる!」

 「いいや、まだだ、ミカ。いるんだろう。出てこい、その悍ましい殺気に気づかないほど、俺は鈍感ではない。」


 神宮寺はフロアの奥を見つめる。それは柳生も感じていた。通路の先から少しずつ少しずつ、何かおどろおどろしい殺気から近づいてきていることに。"尖兵"とは比べ物にならない"化け物"が這い寄ってきている。


 「神宮寺、儂も」

 「下がっていてください。柳生先生はミカの護衛に。"あいつ"は俺が相手しなくては駄目だ。」


 援護を申し出た柳生だったが却下される。反論することができなかった。自分は隻腕。既に十二分の活躍はできない。足手まといになるのが目に見えているからだ。

 足音は少しずつ大きくなっていき、やがて陰は姿を表す。


 「あいつは……神宮寺の言っていた……。」


 ミカはその姿を見て気が緩む。

 奥からやってきた陰は女性だった。テレビでよく見かける女性である。愛華渇音あいかくずね。国民的アイドルでその顔は広く知られている。

 だがそれよりもミカにとって朗報だったのは、愛華渇音あいかくずねと神宮寺は知り合いだということである。ここにくる途中、神宮寺の口から聞かされた。Prometheus(プロメテウス)という奇想天外な装置にまつわる自分のもう一つの未来話。


 本来の未来では神宮寺鬼龍、ミカ、愛華の三人でチームをよく組んでいた。だがその未来は理段の手により歪められ、愛華が神宮寺たちと出会うきっかけは消されている。


 ここに来るまでのことだった。ミカが神宮寺を匿っていた隠れ家での出来事だった。


 「アイカ……そうか、夢を叶えたんだな。」


 意識を取り戻した神宮寺は、最初にそう呟いた。別の未来の記憶と今までの記憶……その二つが神宮寺の頭の中で融合して、現状を把握する。

 愛華渇音あいかくずねの名前を彼は知っている。アイドルなど興味のない彼だったが、奇しくも奉条司しんじょうつかさが水着コンテストに参加したときに、その名を知ったのだ。

 ミカは笑っていた愛華の夢。だが神宮寺だけはその夢を素晴らしいものだと答えた。誰にも愛されなかったことを悲観した少女の夢であった。


 「鬼龍…………ッ!」


 そこに立っていたのは神宮寺のよく知る姿と変わりない愛華渇音あいかくずねであった。

 二人の再会にミカは少し頬を緩める。自分にはまったく記憶がないが、神宮寺の話だとアイカにも未来の記憶があるという。その理由までは深く語らなかったが、ともあれ未来世界でともに戦ってきた三人がこうして揃ったことに言葉にはできない奇妙な一体感を感じたのだ。


 だが───


 愛華は機械を支える柱を握る。

 不協和音。金属が軋む音。同時に甲高い金属音が一瞬響き渡る。柱が彼女により素手で引きちぎられていた。


 「殺す……ッ!!殺す殺す殺す殺すッ!!急がないと急がないと急がないと、今度は絶対に負けない負けない負けない、終われないのだから……ッ!!」


 世界が暗転したかのようだった。

 否、引きちぎった機械部品を武器にして乱暴に振り回したのだ。その長さは数メートルある。同時に爆発音と振動。愛華が地面を蹴飛ばし、その勢いで加速。一瞬にして神宮寺へと距離を詰める。

 とてつもない薙ぎ払い。それはさながら死神の鎌か。

 接近するのは『死』という概念そのもの。殺意以外感じ取れない一撃。


 「ッ……!」 


 神宮寺が回避するには時間がなく、歪な形をした武器は周囲を巻き込み引き裂く。それは削岩機のようだった。あらゆる遮蔽物を無視して、圧倒的な力で目標に向かう。叩き壊し、歪に変形する。地面を擦り付け悲鳴の如き不協和音を鳴らしながら神宮寺へと襲いかかる。


 火花が一瞬走った。地面削る金属音とは別の甲高い音が鳴り響く。

 神宮寺の手には『メタトロン』と『サンダルフォン』が握りしめられていた。その銃身を迫りくる金属柱にタイミングを見て叩き込んだ。


 「はぁ……ッ!」


 薙ぎ払われた一撃は僅かに上に振れ、隙間が生まれる。その一瞬の間を神宮寺は見切り、隙間へと潜り込み攻撃を躱す。


 横一線に薙ぎ払われた歪な機械部品はバラバラに砕け散る。その軌跡は周囲を巻き込み、まるで暴風が駆け巡ったかのようであった。

 一瞬の出来事。突然起きた災害のような出来事に周囲は言葉を失っていた。

 崩れ落ちる機械群。一瞬にして瓦礫の山ができあがる。

 これが人の所業か?そう思わせるほどに凄惨な光景だった。まるで怪獣が暴れまわったような後。比喩表現としてそれは決して大げさではない。


 「急がないと、急がないと、急がないと……。」


 愛華は上の空を見てそう呟く。何かに取り憑かれているようだった。

 ガラガラと音がする。その音に愛華は振り返る。瓦礫の山に神宮寺が立っていた。『メタトロン』と『サンダルフォン』は先程の衝撃で吹き飛ばされた。今の彼は徒手空拳。そして彼個人の認証武装コーデットアームズであるアマノハヅチ・オノカミのみ。


 「──────超音波か。」


 神宮寺は冷静に、現況を分析する。愛華がやってきてから感じる"違和感"。空気の振動がおかしいことを感じている。

 その正体は超音波。愛華の持つ認証武装コーデットアームズリュラケイン・アポロン

の力である。その先にあるのは三半規管の破壊。


 「タネがバレた手品ほど惨めなものはないな。」


 その言葉と同時に、周囲一帯に音の波が響き渡る。愛華の攻撃ではない。神宮寺の手によるものだった。

 神宮寺の認証武装コーデットアームズであるアマノハヅチ・オノカミは微小な糸の束である。糸の材質はCNSSと呼ばれる特殊繊維で、しなやかでありながら強靭。そんな極小の糸を、神宮寺はこのフロアへと展開した。

 糸一本一本は大したことがない。だが、それらが無数に並び空間を織りなせば話は変わる。音は『繊維』により吸収される。アマノハヅチ・オノカミで作られた防音布が、愛華が繰り出した超音波攻撃を無力化した。


 「負けない、負けない、負けれない、お前だけは、お前だけは絶対に……!」


 しかし、愛華はまるで気にもとめない。大型構造物の鉄柱を引きちぎり、それを軽々しく持ち上げ、再び神宮寺へと振りかぶった。単調な軌跡を描く一撃。フロアに響き渡る轟音。一撃で床面が大きく変形するその一撃を、神宮寺はギリギリのところで躱していた。

 慣性の法則というものがある。振りかぶった得物は本来ならばその反動で、僅かな隙ができるもの。

 だが、それを愛華は腕力だけで無視をする。薙ぎ払ったかと思いきや、いつの間にか軌道を変えての追撃。

 叩き落される轟音鳴り響くその様子は、人間を相手しているようにはまるで思えなかった。


 「マジかよ……。」


 柳生は唖然としていた。目の前の光景に。愛華の一撃は全てが致命傷。あれを受けれるか?そう問われると即答できる。「無理だ」と。

 圧倒的な力の前に技は無意味。自分は無論、神宮寺もあの女に捕まり組み伏せられれば、全身の骨を砕かれ確実に死亡するだろうと思わせた。


 「どういうことだよおい!愛華渇音あいかくずねは味方じゃなかったのか!?」


 ミカはその様子を見て思わず叫んだ。まるで映画のように、異次元の力で暴れる愛華に為すすべもない神宮寺を見て、叫ばざるをえなかった。


 「Prometheus(プロメテウス)の機能の一つ。偽りの記憶の埋め込み。それに伴う認識の齟齬といったところか。」


 愛華の記憶は整合性がとれていない状態だった。

 彼女は理段の手により、Prometheus(プロメテウス)により、自身の未来の記憶を"追加"された。

 記憶というのは事実だけを頭の中に入れるのではない。その時感じた想い、感情……そうしたものも記憶となって人格に影響を与える。


 かつて記憶にあった朱音鬼龍即ち目の前にいる神宮寺鬼龍という人物。それは愛華にとって大切な人であることにかわりはない。

 だというのに、その姿がまるで思い出せないのだ。思い出そうとすればするほど、頭の中にかかった白いモヤは濃くなりわからなくなる。理段がそうさせたのだ。肝心の記憶は決して思い出させないように、厳重にロックをかけた。


 だが、記憶の中でハッキリしていることがある。それは未来で自分が両断され死亡し、その"彼"に看取られたこと。最後に本当の想いを口にできたこと。

 そして、死にたくない、ここで終わりたくないという強い後悔の念が強く疼く。

 毎晩夢にもまるで悪夢のように"あの日"のことを思い出し、二度と繰り返したくない別れを決意したのだ。


 なぜ、自分が両断され死亡したのか分からない。だが、これだけは言える。もっと自分が強ければ、もっと自分が"あの人"と肩を並べられるほどの実力者だったのならば、こんなことにはなりえなかったに違いないと。


 理段と接触し、"あの人"の手がかりを探し続けたのもそのためだった。再会し、次こそは同じ失敗を繰り返さないためにも。


 「お前はお前がお前をわたしは殺さないと殺さないと急いで殺さないと……ッ!!」


 愛華がここに来て、初めて神宮寺を見たとき、まるで電流が流れたかのようだった。あの顔、あの声、あの佇まい。知っている。そうだ、あの男は───


 「"あの人"のところへは絶対に……行かせない……ッ!!」


 自分を両断し、殺害した男。

 未だ顔も名前も分からない"あの人"を狙う"悪い男"。

 愛華は、神宮寺を見た瞬間、それだけは確かなことであると確信したのだ。


 Prometheus(プロメテウス)はニューロンネットワークの解析により電脳化されたデータをいじることである程度の認識操作を可能とする。

 ただしその調整は大きすぎると本来の記憶とかけ離れてしまい、自己矛盾を引き起こし精神崩壊を引き起こす。故に記憶の改変は僅かなものに留める必要がある。


 理段が愛華に施したものは僅かである。

 神宮寺への感情は全てそのままだが、神宮寺が何者なのか、その記憶は全て抹消した。これにより愛華は"誰か"に対して強い想いこそは抱いていたはずだが、その輪郭までしか分からず何者かまではたどり着かない。

 次に自身を殺害した人物は何者か。本来それは藤原理段なのだが、その記憶を神宮寺鬼龍へと変えたのだ。


 結果、彼女の原動力である神宮寺への"想い"と、自分の都合の良いように動いてくれる"シナリオ"が同居するようになった。

 今の愛華は偽りの記憶を頼りに、本物を相手していることになる。


 「認識障害。俺を俺と認識できていないのだろう。考えたものだな理段。下手に操り人形にするより余程たちが悪い。」


 Prometheus(プロメテウス)の尖兵たちのように強制的に知識を植え込み、自らの手足となるよう施した場合、従順な兵隊ができあがるがその動きは機械的なものとなる。

 かつてイリヤが尖兵と化したアレクセイを圧倒した際に、イリヤは「殺人技術において素人」と評していたが、本来のアレクセイは百戦錬磨の軍人に等しい戦闘能力を有している。故に殺人技術も極めて高度なものだった。

 しかし事実としてイリヤはヘルメットを剥ぐまでアレクセイだったと認識できないほどに大幅な弱体化を受けていた。

 知識と経験が伴わない。故にいかに達人の技を身に着けようとも尖兵たちは決して無敵の兵隊ではない。


 しかし此度の愛華の状態は異なる。

 部分的な記憶がすり替わっているだけで、その行動意思、動機、感情全てが本人の意思そのものなのだ。理段の都合の良いように動くように誘導されているだけで、そのパフォーマンスは十全に発揮可能。


 「かつての仲間が……憎悪を露わにして襲いかかる……畜生!そんなことがアリなのかよ!!」


 ミカは神宮寺と愛華の争いを遠巻きに見ながら嘆く。

 ここに来る間、大体の話は聞かされている。ファンタジーのようなにわかには信じがたい話だが、ミカは神宮寺がこういうとき、嘘をつかないと知っている。

 本来ならば自分たちの隣にはもうひとり彼女がいた。冗句を言い合いながらも、共に信じ合い戦ってきた。それが、今はこうして敵対関係にある。そんな事実が、ミカにとってはあまりにも悲しいことだった。

 そして、ミカはこうも思う。記憶のない自分ですらこう思うのなら、当事者である神宮寺の心中はいかなるものなのかと。


 ───殺される。


 ミカの心中に嫌な想像が湧いた。神宮寺は何も出来ず、かつての仲間に手を出すこともできず、やがてあの暴風のような攻撃に捕まり、無惨に殺されるのではないか、と。

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