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スーパーエージェント

 ───シロクの言葉のとおりだ。何もしなくても理段は法により罰されるだろう。神道政策連合も動いている。検察もいずれは動き始める。

 だからこれは俺自身のためだ。社会的正義感なんてものは微塵もない。

 今動かなくては、時間の逆行を行い"抜け殻"になった理段の肉体が残るだけ。永遠に理段は罰することができない。


 理段は間違いなく俺が時間逆行できないよう妨害するだろう。それこそPrometheus(プロメテウス)を破壊すればそれで詰みだ。奴にとっては何も知らない俺をたぶらかすほうが遥かに都合が良いからだ。

 "今回"だけが特例なのだ。神宮寺鬼龍が行った行動が、俺の時間逆行の猶予を許した。それでも今まで理段がまたやり直そうとしなかったのは……自分の都合よく話が進んでいるからだ。


 俺とココネの偽装婚約はきっと奴にとっては一番の収穫。意図したものではない予想外の成果。故に続けたかったのだ。だがその前提も崩壊した。思い通りに動いていたと思っていた俺からは反旗を翻され、自分の社会的地位も失おうとしている。

 つまり、理段に残された手段は『Prometheus(プロメテウス)』の起動しかないのだ。

 懸念があるとすれば、そこにいることを示唆するような言葉を俺に残したこと。単純に少し考えれば分かることだからだろうか?いいや、普通に考えれば罠と考えるのが妥当だろう。それでも向かうことしか選択肢はない。


 「なら……俺は何も言えないな。」


 だから猛の決意には、反論できなかった。自分自身のためにここにいる。それは俺も同じことだから。

 それからは沈黙が続いた。飛行機は、インドへと向かう。


 インドの空港に着いたら次はヘリコプターを用意する必要がある。神道政策連合は日本国内で強い影響力を持つ組織ではあるが、海外ではそれほどでもない。

 オケアヌス・ヴェルデの見学について問題が二つある。

 まず第一にヘリの確保だ。金さえあればヘリはチャーターできる。だが問題はパイロットの確保だ。信頼できる熟練パイロットをすぐに用意するのは中々難しい。

 次にオケアヌス・ヴェルデの見学は当然のことながら毎日いつでも受け付けているわけではない。時期が決まっているのだ。次の一般見学希望の申し込み期日は……来月だ。


 ここでブラトヴォルノストの出番である。

 まずヘリのパイロットだがこれは軍用ヘリを持っている彼らはすぐにでも用意できる人材だ。


 「話は聞いています兄弟。今日はよろしくおねがいします。」


 空港で合流した男。彼がブラトヴォルノストが用意したパイロットである。当然身分は偽造していてマフィアであることは隠している。彼は自分のことを「トム」とでも呼んでくれと自己紹介をした。


 次にオケアヌス・ヴェルデの見学だが、その点についてはトムの隣に紳士服の男が解決をしてくれるそうだった。


 「初めまして。私はロシア外交官、大使を務めています。ユーリ・バルシコフと申します。」


 彼もまたブラトヴォルノストが用意した人材である。オケアヌス・ヴェルデは国際研究機関である。故にロシアの大使が見学を申し出た場合、拒否する理由が特に無い。受け入れなくてはならないのだ。

 そして大使特権の一つとして、大使が友人として連れてきた人物も同じ待遇として迎え入れなくてはならない。

 無論、これが国際的に重要な機関ならば話は別だ。だがオケアヌス・ヴェルデは対外的にはただの学術機関。政治的問題は皆無であり、ロシアという大国の大使が見学を申し出た際には断ることができない。


 「既に手続きは済ませています。ヘリに乗ってください。」


 俺たちはその手際の良さに唖然としながらもトムとユーリに案内される。

 ヘリポートには大型ヘリが既に用意されていた。報道ヘリとか島間で移動するような小型ヘリではない。大型トラックと同じくらい巨大な大型ヘリが目の前にある。


 「こりゃいいわい。レンタルするなら数千万はとるものだぞ?」


 柳生は上機嫌にヘリに乗り込む。レンタルに数千万円……想像もつかない世界だが、この規格外のサイズのヘリを見ると納得も行く。

 ヘリの内装も凝っていてまるで応接室のようだった。


 「外交官や政治家が使用するヘリです。接待も兼ねていますので居心地は保証します。もっともヘリなので揺れはやはり覚悟してください。」


 ふかふかの座席に座りシートベルトを締める。流石に普通の応接室のようにはいかず、こうして身体を固定しなくては危険らしい。

 トムの合図とともにヘリは離陸する。浮遊感と若干の揺れ。先ほど乗ったジェット機に比べるとユーリが言ったとおり揺れが激しい。


 「ユーリさんは、マフィアではなく本物の大使なんですか?」


 移動中、沈黙が嫌でふと気になったことを尋ねる。


 「はい。私はブラトヴォルノストと無関係……とは言い切れませんが、構成員ではありません。私の雇用主はロシア政府ですよ。」

 「俺たちに協力してくれるのは嬉しいのですが……オケアヌス・ヴェルデでもしかしたら騒ぎを起こすかもしれません。ユーリさんにご迷惑をおかけするかもしれないです。」


 一つ、懸念があった。

 シロクの話だと理段は軍用武器を自らの私兵のためにかき集めているという。即ち、ここから先、銃撃戦など大きな騒動が起きる可能性が高い。

 と、なるとそんな騒ぎを起こした者たちを招いたユーリに責任が問われるのではないかと心配だった。


 「存じています。ですがご安心を。私はこの仕事が終われば大使の任を解かれ現役から退くことになっています。」

 「それは……俺たちのせいで……?」

 「いいえ!天理さんは気にする必要はありません。本件につきましては大統領公認です。」


 大統領公認……?ブラトヴォルノストはそこまで口が利くのかと酷く感心した。だがブラトヴォルノストの構成員たちは首を横にふる。自分たちは関係ないというのだ。


 「おや?まさか自覚がないのですか?いやいや本国では大変でしたよ?我が祖国とエニアルク国との戦争!それがよもや極東の島国に情報を掴まれていたなんてね。」


 ───あ。

 そうだ、そういえばイリヤに拉致されたとき俺はそんな話をした。国家ぐるみの陰謀。本来なら決して漏れることのない機密情報。


 「当初大統領は本気で怒っていましたよ。次にあなたの背後関係を徹底的に洗うよう指示されました。日本政府のエージェントか、それとも日本に潜伏している米国あるいは英国のエージェントか……結果、特筆すべき点は藤原ココネの婚約者としか分かりませんでした。」


 機密情報の漏洩。それは大統領も激怒するに決まっている。その内容の是非はともかくとして、漏れたという事実はきっと許せないものだったのだろう。


 「あー……その節は大変申し訳なく……。」

 「そんな顔をしないでください。まぁそんなわけで結論として藤原ココネや理段が見出した男なんだから恐ろしく緻密な隠蔽工作により正体を隠して一般人として過ごしているのだろう……という結論になったわけです。ご安心を、それ以上の正体は探るつもりはありませんよ。英国特務機関かあるいはCIAの特級諜報員か……一筋縄にはいかない人物だと大統領も認めています。」


 ……俺は唖然としていた。そんな俺の思いとは裏腹に少し嬉々としながらユーリは話を続ける。


 「しかもその後に紅龍会フォンロンウェイを潰し、神道政策連合とブラトヴォルノストとの仲を取り持つという偉業!いやいや私ね?こう見えてスパイ映画とか大好きなんです。スーパー諜報員が国家間の陰謀を暴き、陰で世界の平定を保つ……みたいな。フィクションだと思っていましたが、いやいやこうして目の前にすると何とも言えない感情を抱きます……サインとかもらったら、ダメですよねやっぱり?諜報員がそんなの残したら意味ないものですもの。」


 つまるところ、俺の知らないところで話はどんどん膨れ上がっていき、ロシア政府は俺を『大国のリーサル・ウェポン』『スーパー諜報員』『触れざるもの』として扱うようになったのだ。

 何の背景もない一般人。そんな人間がマフィアの抗争に関係したり、"あの"藤原家に認められるはずがない。そんな情報が積み重なり、いつしか俺という虚像は肥大化してわけのわからないものとなった。


 「あー……その……。」


 誤解を解くべきか悩んだが、やはり真実は早めに伝えたほうが良い。そう思い言葉を慎重に選ぶ。


 「ですからご安心ください。我々は感謝しているんですよ天理さん。」


 感謝……?思いもよらなかったユーリの言葉に出かけた言葉が詰まる。


 「あなたの"本当"の目的は分かりませんが、事実として我が祖国はエニアルク国との戦争を回避できた。大統領も過激派と言われていますが、戦争なんてのは資源を失うだけで得なんてありません。それに国民の命を失うことは悲しいことです。」

 「あ……。」


 ようやくわかった。自分のしでかしたことの重大さが。

 ユーリは事の経緯を話している。きっと俺がスーパー諜報員?なのだから全てを知っていると思い込んで。

 俺はあの日、我が身かわいさにイリヤに対して未来で起きる戦争の話を伝えた。その情報は瞬く間に拡散していき、やがてロシアとエニアルク国双方の大統領の耳に入ったのだ。

 『近い将来戦争を始めます』なんて情報が事前に広まって、本当に戦争を始める者はこの現代社会にいない。何よりも漏洩元が不明なのが気味が悪い。

 戦争とは情報戦が重要である。作戦情報が漏れるというのは論外であり、国家の敗北にも繋がる。


 俺がイリヤにリークした情報は未来の知識だ。いくらロシアの諜報員が有能だとしても、漏洩元が未来からだなんて分かるはずがないのだ。

 結論から言って、不明な漏洩元がある状態で戦争などできるはずがないと、戦争そのものがなくなったのだ。

 "俺"という抑止力の存在のために。


 「拉致して拷問という線も考えられたのですが、イリヤに拷問を受けても吐かなかったでしょう?それに背後関係がまるで分からない。"どこの所属かすら分からない"そんな相手に何も出来ず、結果今に至るというわけです。いやぁ本当に天理さんは凄い方だ。」


 勘違いだと言わなくて良かった。

 もし本当は未来の知識があるだけで、戦争のことも未来のことを知ってたから。何か特別な情報源があるわけでもなく、特別な諜報機関に所属しているわけでもない。

 そんなことをもしここで話したら、きっと彼らは俺を後日暗殺するように動くだろう。それだけなら良い。自分の問題だからだ。最悪なのはそこから俺の友人周りにも被害が出るかもしれないということだ。


 「ですからこれが私の最後の仕事なんです。ロシア本国に来てくれとは言いません。大使館で一度、政府高官と顔を合わせてもらえないですか?いえ貴方のようなスーパー諜報員が政府高官に顔を覚えられるのはまずいことは承知なのですが……私としてもこれが最低限の譲歩なんです。」


 大使としての立場ともあろう人物が、祖国の立場や辞職をしてまで俺たちの助力をしてくれる理由。それは彼らの中で肥大しきった"俺"という意味不明なイレギュラーの正体を明確にするためである。

 未来からやってきた時間逆行者。俺の正体がまさかそれだとは思いもしない。だから彼らは未知の存在すぎて、慎重になっているのだ。


 「……わかりました。ですが食事をする程度ですよ?特に手土産なんて出せないですけど。」

 「本当ですか!?いえいえ全然構いません!是非是非、お待ちしています!この戦いが終わったら盛大なパーティーを開きましょう!」


 ユーリは無邪気な笑みを浮かべる。本当に何もできないのが罪悪感が軋む。

 ただ今は彼らの勘違いに胸を撫で下ろした───。

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