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心蝕むアンノウン

 「あー……友情を分かち合うのはいいんだがの……ひとまずこれからのことを考えんかの。」


 先ほどからずっと空気を読んでいたのか柳生が咳払いをして呟く。


 「ひとまず今回のことは神道政策連合本部に報告をするつもりだ。あの理段ガキ、司ちゃんに手を出そうとしたのは万死に値する。埋葬は確定よ……ひとまず藤原邸は抑えとくが構わんな?」

 「え、あ……はい。」


 柳生の提案はもっともである。理段が向かう場所といえば藤原邸がまず頭に浮かぶだろう。ただ……俺は知っている。理段がいる場所を。

 "最後に誓った約束の場所"。覚えている。忘れるはずがない。理段は、そこにいる。


 「そうだ……アカネは……この時代のアカネはまだ生きているんだ!俺は、俺たちは……そのために戻ってきたんだから!!」


 一つ、理解のできない点があった。それはアカネに未来の記憶があること。

 "話が違う"のだ。そんなことを頼んだ覚えはないし、そもそも適性者でもないアカネがプロメテウスを使用した場合、その人間性は破壊される。


 「む?アカネってのは……理段が雇ったとかいう使用人か?まぁ一応確保はしといた方が良いかもしれんの……ただの一般人だろうが……。」


 柳生は俺の頼みを聞いてスマホを操作する。元々理段がアカネを狙うことも可能性は低いとはいえ考えられていた。とはいえ念の為ブラトヴォルノストに警備をさせていた。

 連絡を終えると、柳生は困惑した表情を浮かべる。驚きや焦燥はない。ただどうしたら良いものかと悩んでいるような曖昧な表情だった。


 「どうだったんですか……?」

 「ん……あぁ……儂もよく分からんのだがな……そのアカネとかいう使用人……突然発狂したように暴れまわったそうだ。周りのものが取り押さえ、今は鎮静剤を受けて病院で大人しくしとる。」


 ─────────。


 絶句した。

 "知っている"。アカネの身に何が起きたのか。同じだ。"あの時"と。

 背筋が凍る。終わってしまう。俺が戻った意味が。あの悪夢のような日が、また繰り返してしまう───。



 病院にやってきた俺たちは急いで病室に向かうと、そこにはベッドで静かに吐息を立てて、眠っているアカネがいた。まるで何もなかったかのように。


 「今は大人しくしている。ただ……本当にひどかったぞ。テンリの知人でなければ射殺していた。」


 見張りをしていたブラトヴォルノストの構成員がそう話す。屈強な肉体に二の腕にタトゥー。いかにもマフィアという風体だった。

 藤原邸は特に大きな変化はなかった。理段は結局戻ることはなく、行方不明のままである。ただ家具が無茶苦茶にされ、窓ガラスも複数割られてしまった。

 全てアカネがしたことだという。突如豹変し、意味のわからないことを叫びながら暴れまわったというのだ。


 「思い出してしまったんだな……。」


 横になっているアカネの手をそっと握る。小さくて温かい手だった。俺が知っているアカネよりも若い姿だが、この頃から何一つ変わりない。


 「ん?逆だ。一度、目を覚ましたんだが、今度は急に大人しくなっていたぞ。医者が言うには記憶障害を起こしているとか……夏休みちょっと前から今に至るまでの記憶がごっそり抜けていて、なんで自分がここにいるのか分からないらしい。」


 記憶障害。夏休みちょっと前からというと俺と七反島ななたんしまで再会する前。もしかすると、未来に関する記憶全てが抜け落ちてしまったのだろうか。


 「あぁそうだ。医者からの伝言なんだが『嫌な記憶が自己防衛により喪失しているだけ、きっかけ次第でまた思い出す』だそうだ。そっとしておいたほうが良いのかもしれんな。」


 ……そういうことか。

 脳の自己防衛。本能が理解していたのだろう。未来から放たれた死に至る病。なかったことにできるならそれに越したことはない。

 錯乱しただけで済んだのは不幸中の幸い。きっと俺と過ごしていくことがトリガーとして思い出してしまったのだろう。

 彼女の心までは壊れなかったということが救いだった。きっとこのまま悪い夢だと思い、忘却の彼方に押し込むことだろう。


 「急いで電童雷太さんっていう人を探してください。あの人なら何とかしてくれるかもしれない。」


 電童雷太とは未来世界で、理段とともにプロメテウスを研究していた第一人者。彼の頭脳は必ずアカネの"この"症状を救う手助けになるはずだ。

 彼は確か大手IT企業メサイヤの代表取締役なのだから、すぐに連絡はとれるはずだ。


 「電童雷太って……あの『メサイヤ』のか?それは無理だよテンリ。」


 ブラトヴォルノストの構成員である男が答える。


 「どうして!?事態は一刻を争うかも知れないのに!?」

 「ニュースを見ていないのか?電童雷太は……少し前に亡くなったよ。ハイウェイの事故で。」

 「……あ。」


 そうだ。

 電童雷太……この時代ではなぜかメサイヤの代表取締役を兼任しながらアイドル愛華のマネージャーをしていた。

 そうだ……それで愛華に関係する業務引継ぎが大変だったんじゃないか……!

 しかしどうして?電童が死ぬことなんて本来の未来ではなかった。

 これも……俺のせいなのか?俺が何かをしたから……電童の因果が狂って……高速道路で事故死をするようなことになったというのか?


 「なんで……どうして……?」


 因果関係は分からない。俺は何もしていない。だというのに本来死ぬはずのない人物が死亡した。

 バタフライ・エフェクト。蝶の羽ばたきが巡り巡って竜巻を引き起こすように、俺自身の行動が少しずつ未来を変えていき、不特定多数の人物の未来を狂わせている。

 もしかするとそれは電童だけじゃない。俺が認識できていないだけで、人知れず本当は幸せな未来を送る人が不幸になっているのかもしれない。


 「その使用人は理段に何かをされたのか?時間差で精神操作ができるような……。」


 柳生は不思議そうに尋ねる。その答えを俺は知っている。知っているのだが……


 「いや、違うと思います。これはその……。」


 アカネには未来の記憶がある。おそらくは理段がPrometheus(プロメテウス)を操作してアカネの記憶を部分的に転送したのだろう。ただその記憶は断片的なものだった。だから忘れていたのだろう。"あの"出来事を。

 上手い表現が見つからない。隠すつもりはないがどう説明すれば良いのか分からなかった。言い淀む俺に、ブラトヴォルノストの構成員が手をあげる。


 「その点についてはこちらから説明しても良いか?」


 意外な申し出だった。ブラトヴォルノストは時間逆行装置『Prometheus(プロメテウス)』の存在を知るはずがない。なのに何か事情を知っているような言い回しである。


 「イリヤからの指示で理段が運営するNPO法人を調査していたのだが、結果はクロだった。隠蔽しようとしていた外国人……アンナ・ハミルトンの遺体から多量の化学薬品が検出されたのだ。」


 明らかに不審だった理段の活動。弱みに繋がらないかとイリヤが調査にかけたものは意外な方向へと向かった。

 アンナ・ハミルトン。七反島ななたんしまで出会った二人の復讐鬼『愛夢』と『二郎』の母親であり、福富無限の元愛人。

 なぜ彼女の遺体を理段が隠そうとしていたのか、いまいち繋がりを感じなかった。


 「分析にかけたところその成分は向精神薬や脳疾患に使用する成分が多いが該当する既存の薬品はなかったんだ。そこで視点を変えて、どういった効果をもたらすものか解析をかけることにした。」


 ブラトヴォルノストはアンナの遺体が理段の弱みに繋がることを確信し、徹底的に分析をかけた。それは司法解剖を遥かに超える国家レベルの研究組織によるもの。

 ほんの僅かな違和感さえも逃さないものだった。そして検出されたのは、自然由来の成分に模造した化学薬品。ナノレベルでデザインされたもので、最初から"クロ"だと見て調査しなければ見逃していたほどのものだった。


 一度見つかればあとはひどいものだった。似たようなものが無数に見つかり、アンナの遺体はアンノウン……解析不能の人工物で満たされていたのだ。


 「違法薬物の類いということですか……?」

 「確かに脳内物質にも作用する成分が多々あったことからその可能性は否定できなかったが、そういうのは我々マフィアの"十八番"だ。すぐに分かる。」


 彼ら裏社会の人間が見慣れないもの。それがアンナの遺体から検出されたということだ。分からなかった。理段が何を隠そうとしていたのか。


 「脳疾患の薬は基本的に神経細胞の活性化や血液循環の活性化により症状を抑えることを目的としているのだが……此度アンナ氏から検出された薬品はその逆。大脳前頭葉に作用し、その理性を溶かし、また強い感情、妄想を引き起こすようにするもの。また新皮質にも影響を与え……。」


 構成員の男は薬物の作用について説明する。ただ専門家でもない俺には途中から何を言っているのか分からなかった。


 「失礼。つまるところ、結論としてはアンナ氏を蝕んでいたアンノウンの効果は意図的に病を引き起こす薬品ということだ。症状としては認知障害、性格の急変、躁うつ、妄想癖、統合失調……その辺りだろう。」

 「なん……だと……!?」


 気がつけば俺はブラトヴォルノストの男の首を締め上げていた。


 「それは、それは本当か。本当なのか!!」

 「ガッ……グッ……!」

 「おいやめろ天理くん!殺す気か!?」


 鬼気迫る俺に柳生が仲裁に入る。相当な気迫だったのだろう。


 「ゴホッゴホッ!あぁ……間違いない。嘘などつく意味などない。」


 咳払いをしながら男は言葉を続ける。


 「このアンノウンはナノレベルに微小で普通は気が付かない。飲料に混ぜれば自然と飲み干すだろう。例えば浄水場に混ぜれば無差別テロも可能だろうな。それも完全犯罪だ。」


 ─────頭の中で、一つの仮説が立つ。それはあまりにも悪辣で吐き気が湧く。想像するだけで腹の底の黒い太陽が燃え上がるようで、もしも、もしも事実であるならば。


 「なるほど……要するに間接的な毒殺みたいなものかね?ただ殺すのは都合が悪い故に、脳を滅茶苦茶に破壊する。アンナ氏とは理段にとってそういう相手だったか……あるいは実験台として使ったか、そんな辺りかの。」


 そうだ。未知の薬物により病気を引き起こすということは、他者からは悲劇が起きたようにしか見えない。仕方のないことだと諦めるしか無い天命だと。運がなかったと思うしか無かった。

 でも違う。それが意図的に引き起こされたというのならば、それは殺人にほかならない。

 理段は隠したかった。今回のように死体を解剖すればすぐに分かるようなものだから、その前に処分したかったのだ。


 "俺にこのことを知られたくなかったんだ"


 不思議なことに、その事実を知っても俺に怒りは湧かなかった。怒りを通り越して、自分の心の内に冷たい氷柱が突き刺さったかのようだった。あるいは深い深い暗闇に呑まれていく感覚。


 ───そうか、これが、これが本当の。


 滲む。広がる。憎悪が限界を超えると、怒りではなく、ただ純粋な殺意。激情的な感情はそこにはない。ただ、ただ、胸に抱くのは……黒き炎。

 本当の、復讐という名の慟哭。


 「しかし理段の奴はどこに行ったのだ。それにあれだけの手練れ……どこで集めてきた?」


 柳生は神道政策連合として理段を追い詰める必要があった。今も全国各地に調査をかけているがその足取りが全くつかめない。その背後には理段の藤原家として築いてきた人脈がある。あるものは弱みを握られ、あるものは利益を約束され、理段の動きを隠蔽していた。

 その繋がりは根深く簡単に覆せるものではない。

 ただ、理段は別れ際に言っていた。『最後に誓った約束の場所で待っている』と。


 「柳生さん。俺に心当たりがあります。理段が潜伏している場所に。」


 そこは理段にとって大切な場所。

 俺の記憶を蘇らせた奴が行く場所はそこしか考えられない。俺の胸の内は、既に決まっていた。その名を海上国際研究施設『オケアヌス・ヴェルデ』。インド洋に浮かぶ、全ての始まりの場所である。

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