愛を紡ぐもの
警察による事情聴取を受けた理段であったが、藤原家の長男であることから、すぐに解放されることになった。
もともと、理段と天理がビジネス関係の付き合いがあるのは事実としてあったことだし、今回の事件は妻である蒼月アカネが早とちりをしたものだということで話は終わる。
あくまで民民の問題であり、警察は関与しない……という方針でまとまったのだ。
警察の対応は理段の想定通り。そもそも悪いのは黒曜アカネという女なのだから当然だと理段は確信していた。
同時に改めて事態の深刻性に頭をかかえる。ようやくみつけたプロメテウスの完全適合者。それは自分と交友のある蒼月天理。ここまではあまりにも出来すぎた話だった。
だからだろうか、試練が与えられていたのだ。そう、"魔女"の存在である。
───蒼月天理は、黒曜アカネという魔女に囚われてしまっている。
あの女をどうにかして天理から引き剥がし、そして天理の心の傷を癒やす……というのが理段の命題となった。
しかし、悪いことばかりではない。ようやくココネの婿が見つかったのだ。藤原家として本件について全面的にバックアップすることで、解決の糸口を探る。
今までとはまるで違い、光明が見えているのだ。
警察署から屋敷へと帰ってきた理段は、すぐに父を探す。廊下を歩いているところを見つけ、急いで呼び止めた。
「父さん、良いニュースと悪いニュースがあるんだ。」
理段は父である不人にこれまでのことを話した。荒唐無稽な話であったが、不人は最後まで黙って理段の話を聞いた。
「なるほど……遺伝子的に優れたココネの夫候補が見つかったが、その彼は今、悪い女に騙されている……と。」
「はい、ですから彼を救わなくてはなりません。そしてココネとの子供を作らせましょう。藤原家の歴史は変わります。今から毎年出産させるとして、双子がゼロだとしても十数名は作れます。遺伝子多様性の観点からも数は多いほうが……」
「理段、ちょっと良いかな?」
興奮する理段の言葉を遮り、不人は自身の執務室へと案内する。
理段は自分の失敗を恥じた。そうだ、こんな大事な話を屋敷内とはいえ立ち話で済ませるなどありえない話だった。
同時に確信した。やはり自分は間違っていなかったことに。執務室で話をするということは、藤原家の事業の一つ、誰にも聞かせるものではない重要度の高い話だと不人が認識したということだ。
当然である。藤原家の奇跡である藤原心音にいかに優秀なオスをあてがうことができるかが、この時代に生まれた我々の使命だと、そう感じているのだから。
「先ほどの話は置いといて、実はだね理段。私も大切なことを君に隠して進めていたんだ。」
「大切……?ココネの婿よりもですか?」
「勿論。なにせ理段自身に関係することだ。理段からしてみればココネよりも大事なことだよ。」
───そんな馬鹿な話があるか。
理段は思わずそう内心毒づいた。
自分など所詮は外様。擬似的に藤原家の奇跡を体現した"選ばれし血脈"とはいえそれは人工品。遺伝するものでもなんでもない。
人工品の自分ができるのは、至高の天然品同士をかけあわせ、藤原家をより高みへといざなうこと以外、考えられない。
「それは理段、君の本当の両親のことだよ。」
「……え?」
突然のことにピンとしなかった。
以前、不人から自分の出生について聞かされた時は"人工的に藤原家の奇跡を再現した"としか聞かされていなかった。言うならばデザインベイビー。
とはいえそれは恐らくは藤原家のDNAを利用して培養したようなものかと思っていたのだ。あるいは藤原家の遠縁か……不人本人の精子を使ったものか……その辺りだと思っていた。
実際、今まで理段は不人以外の両親という存在を知らなかったし、それでも構わないと思っていた。理段にとっては父とは不人以外ありえない。誇り高き藤原家の一人として、自分は例え黒子になろうとも、その使命を成し遂げる覚悟だった。
それが突然、"本当の"両親と言われて、困惑を禁じえなかった。ただ同時に少し胸が高鳴る。不人の言い方からして両親は人として実在する。人工的に藤原家の血筋を再現したこの肉体のDNAを継ぐもの。きっと藤原家とは負けじと劣らず高貴な血族なのだろう。
やはり血の繋がりというのは否定できないもの。頭では今は藤原家の養子としてその責務を果たそうと生きてきたが、心の中で突っかかりはあった。
血の繋がりとは自分のルーツ。自分が何者かを表すもの。
「理段の実の両親は忙しい人たちでね……中々、休みがとれないらしいのだが、この度ようやく時間がとれたんだ。急な話で悪いんだが、理段もこの日時、スケジュールを調整してほしい。」
「分かりました!ありがとうございます父さん。血の繋がりのない自分に、ここまでしてくれるなんて……。」
「何を言うか。私の愛しい息子よ。本当はもっとあとにしたかったんだがね。前々からココネの婿探しを凄く頑張っていただろ?気を楽にさせてあげたいと思ってな。」
不人は理段が狂気的なまでにココネの婿を探しているのを不憫に感じていた。そんな彼に、もっと余裕を持たせたいと思い、こうして両親との面会をセッティングしたという。
理段は父の愛を改めて受け止めた。偉大なる一族のために身を粉にして働いていた自分には、あまりにも勿体ない存在だった。
───当日。理段は緊張していた。
自分の両親はどんな人なのだろう?何をしている人なのだろう?父とはどういう経緯で知り合ったのだろう?色々と想像が働く。
待ち合わせの場所はホテルレストラン。超がつくほどの会員制一流ホテルで、不人は遠方からやってくる理段の実の両親に気を利かせて、部屋を用意してあげたらしい。
「理段、ご両親は少し遅れるそうだ。」
スマホから連絡を受けた不人は理段にそう伝える。
二人はホテル内レストランのテーブルに座っていた。四人卓で、向かいの席には食事のセッティングがされている。
───緊張する。一体、どんな人なのか。
周囲を見ると、一級品の装飾、衣装で身を包む紳士淑女ばかりだった。下品なブランドもので固めた娼婦や成金などはいない。"本物"だけが許された空間。ガラス張りの壁に映る美しい夜景を眺めながら、理段は胸の高鳴りを抑えきれなかった。
待っている間にピアノの生演奏が始まる。落ち着いた曲で、緊張感高まる理段の心をなだめてくれるようだった。弾き手の実力も見事で、かつてウィーンのゴールデナー・ザールで聞いた生演奏にも引けを取らない。
「久しぶりに来たが良い弾き手を使っている。支配人には後で挨拶をしないとな。」
不人もまたそれは同じで、その美しい調べに感嘆していた。ここはまさしく選ばれた存在しか許されない空間。今、ここにいることを理段は酷く感銘した。
「すんませーん!店員さんいますかぁ!?」
皆がその美しい調べに心を委ねている中、突然の大声が響き渡る。皆は何事かと視線が声のもとへと集まる。





