自分という存在証明
奇妙な感覚だった。
未来の記憶があり、その記憶どおりに世界が動き出す。まるで映画を観ているかのようだった。何もかもが作り物のように見えて、自分だけが取り残されている感覚。
例えるならば異世界に来たようだった。よく似ているが違う世界。
ただそれは当然だった。今の理段は未来からやってきた理段。その時点で因果律を考えると並行世界が誕生したことになる。即ち自分は異世界からの来訪者であり、この世界の人間ではなくなる。
色々と試してみた。本来の未来で起きない出来事を意図的に引き起こす。
例えば、藤原家の使用人……仮にAとする人物がいる。彼は特に何も問題を起こさず、ごくごく平凡に職務を全うする。
理段はAに対して罠を仕掛けた。藤原邸には焼却炉がある。重要機密文書を処分するためである。シュレッダーにかけるよりも遥かに確実で、その焼却性能はごみ焼却施設と遜色ない。
その焼却炉に、理段はAを閉じ込めた。
人の命、人生は世界に大きな影響を与える。それが例え世界的な偉人でなくとも、人である限り様々な繋がりがある。
電童は時間逆行にて様々な仮説を立てていた。その中で特に懸念していたのが因果律の崩壊である。
時間逆行したことにより未来を変えることが可能となるが、果たしてそれはどこまで有効なのか、という点だ。こればかりは試してみないとわからないし、世界の修正力、なんてもので何も変えられないのかもしれない。
理段にとってそれは一番大事なことだった。未来を変えられないのであれば、時間逆行に意味はないからだ。
だがそれは杞憂だった。
後日、焼却炉でAの焼死体が見つかる。完全に焼却されていて、肉すら残っていなかった。
不人はAの両親に対して深々と謝罪し、多額の賠償金も支払った。誰もが不幸な事故として疑わなかったし、不人の誠意ある対応にはAの両親も悲しみながらも、それ以上の追求はなかった。
Aの墓前で理段はほくそ笑む。時間逆行の力を確信したのだ。
ただ、できないこともある。
個人の生死は確認できたが時代の大きな流れそのものは変えられない。例えば戦争である。不特定多数の人々が様々な思惑が交差した末に起きる現象。
未来で必ず起きるそういった出来事は、理段がどれだけ働きかけてもできなかったし、逆に意図的に戦争を引き起こすこともできない。
個人の人生を変えることはできても、歴史そのものには干渉できない。それがいわゆる因果律というものなのか理段には分からなかったが……それは逆に言えば自分の知っている未来が"確実に起きる"ということでもある。
バタフライ・エフェクトのようなことは起きないという点は理段にとって収穫であった。
それからは簡単だった。
まずSystem・Prometheus事業の肝である電童雷太と合流する。そしてメサイアを立ち上げて、あのときのようにPrometheusの開発を始める。
もっともこの時点で、理段は未来の技術を知っているため、その開発速度は恐ろしく早いものだった。問題は、適性者の存在なのだ。
「適性者ですけど……100%の適性者というのは具体的にどのようにPrometheusを使いこなせるんですか?」
理段は"この世界"の電童に尋ねる。電童は少し思案した。当たり前だが全て仮説に基づいた話だからだ。
「"魂"の損失がないということは、過去に戻り別の未来を作って……また過去に戻り別の未来を作る……それを永遠と繰り返すことができます。その過程で得た知識を全て有しているわけですから……もはや普通の人間とは別次元の領域に立つ……まさしく"神"に近い存在となるでしょう。」
「素晴らしい……ですが別に100%でなくても良いのでは?例えば90%でも無事ならば……。」
「いや、それは危険ですね。何が損失するかわからない……というのもありますが10%の損失を起こす場合、二回目は元々の19%が損失することになります。こうして繰り返して行くと……どうなるか分かるでしょう。」
"魂"については未解明な部分である。
脳の電子信号の抽出時に起こる現象。脳細胞の発熱による壊死。これだけは理論的に説明できない哲学の世界。その魂が欠けていくとどうなるのかは、まるでわからないのだ。
理段自身、自分の魂が10%欠けている認識がまるでなかった。少なくとも日常生活で困ったことはないし、普段どおりに出来ている。
あるとすれば、時間逆行時から感じる、"違和感"だけだ。別の世界にいるような感覚。
どちらにしても、電童の言うことは正論。そもそもそんなリスクのあるものをやはり名家である藤原家の子孫とすることはできない。
完全なる適性者を探すために、自分の魂はいくらでも犠牲になっていい。その考えに偽りは微塵もなかった。
───だが、見つからない。
遺伝子解析を続けて数百万人。独自の遺伝子研究センターまで建造したがそれでも適性者は見つからなかった。
本当に見つかるのか、電童に問い詰めるがゼロではないの一点張り。
遺伝学を理段も学んだが、確かに電童の言うとおり可能性はゼロではない。紛れもなく人間の遺伝子構造の範疇で適性者は存在するのだ。
「だったらどうして……見つからないんですか……。」
しかし、見つからない。考えてみれば当然のことだ。都合よく完全一致する遺伝子パターンの人間が果たしてそんな簡単に見つかるだろうか。
もしかするとこの地球上で一人しかいないかもしれないというのに。いいや、最悪ゼロという可能性だってある。
───いいや、必ずいるはずだ。いなくてはならないんだ。
理段は根拠のない確信を持って探し続けた。Prometheusの適性者を。
彼にとって、Prometheusとは、自分の存在価値の証明なのだ。藤原家の長男である自分が成し遂げる偉業なのだ。
狂気にも近い執念だった。しかし見つからない。そうして時間は過ぎていく。
「もうココネもいい年だし……婚約が決まったんだ。」
そうしてタイムリミットはやってきた。
何も成し遂げることはできず、無駄にしてしまった。
理段はまた完成した"Prometheus"の前に立つ。"前回"よりもより精度が高まったものだ。不気味に佇むその機械は、まさしく機械仕掛けの神のようで……理段を試しているようだった。
試しているのは覚悟だ。世界を革新するには、英雄になるには覚悟が必要だ。時間を逆行する度に欠損していく"魂"。今は90%、次は81%、次は72%……何が起きるか分からない未知の領域で、確実に、少しずつ"元の自分"は失われていく。
『"父さん"はお前のことを今でも誇りに思っているよ。ココネのお兄ちゃんとして、これからも藤原家の"長男"として、支えてほしい。』
義父である不人からの言葉である。
そうだ、父の期待に答えなくてはならない。藤原家の長男として、藤原家の未来のために、何もかも捨てて、成し遂げなくてはならない。
これは天啓だ。これは自分にしかできないことだ。
理段はまたPrometheusに乗り込む。二度目の電童との別れと、三度目の再会を誓って。
───。
──────。
──────三度目の時間逆行。
相変わらず不気味な感覚。よく似ているだけの別世界。気味の悪い世界という感覚。この感覚は慣れないどころか、三度目はより酷く感じた。





