認証武装、その正体
───認証武装の開放にはいくつか段階がある。
開帳、全展開と段階に分けて開放率を変動させる。装置の稼働には動力源が必要であり、開放率が高いほど必然的に消費動力は大きくなる。
此度の愛華渇音が行った過剰開放は本来の使い方ではない。故に伽羅は困惑を隠しきれなかった。
身体が、まるで動かない。音さえも聞こえない。
まるで本当に世界が停止し、時間が停止し、その中で愛華だけが自由に動けているようだった。
いいや、ありえないことだ。時間停止などファンタジーにもほどがある。今、起きている現象にはからくりがある。そう、頭では理解しているのに、何一つこの状況の説明がつかない。
愛華は夜の神社を照らす照明ポール、その柱を掴み、引きちぎる。引きちぎられた柱はその断面が歪に、そして鋭利に尖っていて、まるで槍のようだった。
それを愛華は肩に背負い、構える。
「さようなら伽羅破軍。」
無慈悲に投擲された柱は轟音と共に空を切り裂き、やがて無抵抗の伽羅の胴体を貫いた。
愛華がパチンと指を鳴らすと、世界は動き出す。
「…………ガハッ!」
まったく動けなかった伽羅の身体は自由になり、時間差を置いて血反吐を吐く。貫いた柱は伽羅の心肺を完膚なきまでに傷つけていた。
───わからない。認識の拡張?機能改造?
死にゆく伽羅の脳裏には、先ほど起きた時間停止現象の正体を考察していた。
愛華の認証武装リュラケイン・アポロンは音波兵器であることに変わりはない。音波を増幅、あるいは減衰させて兵器として運用する。
そこから時間停止に類ずる機能が、伽羅にはどうしても繋がらなかった。
───いいや、そもそも認証武装とは何だ?
死にゆく伽羅に一つの疑問が湧く。認証武装は六道衆に与えられた専用兵装。それは分かる。疑問なのは、その技術があまりにもオーバーテクノロジーだからだ。
既存の技術体系の延長線、発展型、予測……机上の理論としては存在する技術だが、現実に形にはなっていない……そんな技術の結晶が、認証武装には詰まっている。六道会はこの国大手の暴力団とはいえ"ただ"の暴力団が、なぜこのようなものを保有しているのか。
第六位『地獄道』の『ナーガ・ラ・トリシューラ』はドラッグを霧状化し散布するもの……なのは副次的なもの。その本質は脳に埋め込まれたナノデバイスだ。このナノデバイスが脳内物質を制御し擬似的な仮死状態や、一部薬物の症状を完全に無力化する。ロボトミー手術というものが昔あったがその延長線だ。
第五位『修羅道』の『マキアストライク』は内蔵された爆薬により爆裂拳を発動するもの……だが、その機構を実現するのに凄まじい材料科学が前提としてある。爆薬に耐える上で使用者へのフィードバックを可能な限り減衰させ指向性をもたせる。そんなものを可能とするマテリアルは宇宙工学で研究されている机上でしか存在しない。
第四位『餓鬼道』の『アベル』は高精度のセンサーと十三の浮遊した球体である。浮遊原理は地球の磁場と電磁波を利用し反磁性体で構成された球体を浮遊させる。その電子制御技術は現代技術を遥かに超えている。
第三位『人道』の『ネビュラス・ケラウノス』は量子電池である。無限のエネルギーさえも生み出す莫大な電力を確保し、制御する叡智。理論上は存在する技術だが実用には程遠い。
第二位『畜生道』の『カイン』はエネルギーを蓄積・放出するナノマシン集合体。エネルギーの蓄積・放出するデバイスは現代にも存在するが、ナノマシンとしてそれぞれが独立し制御できるものは存在しない。
第一位『天道』の『アマノハヅチ・オノカミ』は使用者の脳波を読み取り第二の手足のように操ることができる糸の束。その材質はCNSSと呼ばれる超物質。脳波を読み取り機械制御を行う技術はBMIと呼ばれ、今も存在自体はするが、このような正確かつ大規模なものはない。
初代六道衆に与えられた認証武装はまるで"未来"からやってきたかのようなものだった。
なぜ、そんなものを俺たちは与えられたのか。なぜ、疑問に感じず使っていたのか。
そういえば認証武装の使用データは『人道』の電童雷太に送信するようになっていた。認証武装から得られたデータを……あいつは何かに利用していた?
───湯水のように湧き出る疑問。もしも認証武装が未来からもたらされた技術ならば、この時間停止のような状況にもからくりがあるはずだ。
はったりは自分の得意とするところ。だがしかし……それは自分の理解のできる範疇である。
「大学くらい……行くべきだったなぁ……まるで……わかんねぇ……。」
伽羅は呟く。最後の力を振り絞り、『アベルカイン』を操作する。
虫の息となっている伽羅に、愛華は無言で近づく。トドメを刺そうとしているのだ。
この時、伽羅は一つの確信を得た。時間停止(仮)は万能ではないということ。もしも永遠に世界を止めることができるのならば、また同じように止めてからトドメを刺せば良い。それができないということは、何らかの"縛り"があるのだ。
「これで六道衆は全滅。お疲れ様。」
「……ハッ、そいつは……早計じゃねぇかなぁ?」
「それは、あなたの懐に隠している爆弾でどうにかなると思っているから?」
ばれていた。切り札として用意していたダイナマイト。もっとも愛華に通用するか疑問ではあるが。
しかし、本筋はそこではない。
「ハァ……ハァ……六道会は……まだ生きている……。志村の伯父貴に、兵吾、次郎長だっている……。」
「雑魚じゃない。この国にはもうマフィアが入り込んでいる。六道衆抜きでどう対抗するの?」
今、挙げたのはあくまで六道会の幹部たち。彼らのカリスマや組織運営能力は未だに健在ではあるが、それもマフィアの圧倒的暴力には対抗することができず、緩やかに消えていく。その見立ては正しいものだった。
「ちげぇよ……ハァ……ハァ……六道衆は……そもそも……一人の男のために……できた組織だ……あとは皆……おまけだろうがよ……。」
「一人の……男……?」
愛華は知らない。六道衆が生まれた経緯を。興味もなかった。
「『天道』の鬼龍は生きている。『無限の理』は健在だ。地獄で先に待ってるぜ♡」
「!?」
周囲を『アベルカイン』が取り囲んでいる。"十二"の球体が磁場を形成し、一つの閉鎖空間ができていた。
らしくないことだと、伽羅は思った。組織のために命を捨てることなんて。命あっての物種だ。
六道会のためだけだったのなら、ここまではしないだろう。なんとかして逃げ去ることだってできたはずだ。でもそれはしなかった。できなかった。
今、ここで自分が逃げ出せば、愛華は自分を追いかけることはせず、猛を追いかけることになるだろう。そして捕まれば、確実に殺される。
初めて猛を見た時、他人事のようには思えなかった。孤児のために金を集めているという境遇が今の自分と。
だからだろうか、金づるとしてこき使ってやろうと思っている反面、"大人"として、社会の仕組みを、裏稼業の醜さを、教えてやりたくなったのは。その上で、自分のように守銭奴として身を落とすのか、あるいは別の道を模索するのか、決めてほしかった。
一度、落ちてしまえば底なし沼のように沈み続ける。猛はまだ、引き返せるところにいるのだから。
───。
伽羅はニカッと笑み浮かべ奥歯を噛みしめる。それと同時に「ピーッ!」と音が鳴り出す。ダイナマイトの起爆合図であった。
───迷いなんてない。これで良かった。
「あとは頼んだぜ、鬼龍。」
『アベルカイン』はエネルギーを蓄積し放出する。閉鎖空間で起こされる爆発を吸収し増幅、放出。それを連鎖的に繰り返し、『アベルカイン』の限界まで無限大にエネルギーは増大される。
巨大な土砂柱が立ち上る。限界までに圧縮された爆発が、歪に指向性をもって立ち上るのだ。その威力はもはや、核爆弾にも相当するものであった。
伽羅が命を賭して行った最後の自爆攻撃である。
とてつもない爆発音に周辺の人たちは豊奉神社へと駆けつける。まるで隕石が落ちたかのような騒動だった。
騒ぎを聞いて、やってきた警官は見た。神社の境内すぐ手前に、物凄い砂埃と煙が舞っているのを。テロリストか何かの仕業かと思い、機動隊に応援を要請する必要があったかもしれないと、ゴクリと生唾を呑みこむ。
煙の先で、一人の女性が立っていた。呆然としたように、まるで幽鬼のように立っていた。見たところ傷はない。それどころか衣服に汚れこそはあれど破れている様子すらない。
だが頭を怪我しているのか、額に手を当てて苦い表情を浮かべている。
「鬼龍……?」
その名を聞くと、なぜだか頭痛が酷くなる。桐生、気流、騎龍……フレーズ自体は日本語としてはありきたりなもの。問題は『餓鬼道』の伽羅がその言葉を放ったことである。話で聞いたことのある『天道』の男。流星極道以外にもいたということ。その異名は『無限の理』。
『天』を司る、無限の理───。
自分の知らない存在。いいや……知っている。この頭痛は、この胸にふつふつと湧き上がる得体のしれない感情は、正体不明のどす黒い心は……ッ!
「あの……お嬢さん……?ヒッ!!」
警官は暗がりに一人立つ愛華に声をかけようと手を伸ばした瞬間、全身に鳥肌が立った。
何もされていない。だというのに、生物としての本能が警告しているのだ。
『殺される』
と。
腰が砕けたかのように警官は地面に膝をつく。その様子を愛華は見ることすらせず、この場を立ち去っていった。
そんな中、黒煙広がる爆心地の中、夜空を浮遊する一つの球体があった。伽羅が決死の覚悟で自動操作を設定したのだ。『アベルカイン』は夜の繁華街へと向かっていく。今宵の全てを、託すために───。





