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全てを失った逆行転生者と没落令嬢のやりなおし!~復讐者と守銭奴の偽装婚約~  作者: ホワイトモカ二号
取り戻さなくてはならない日々
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運命の夜

 ───満月の夜だった。都心から少し外れた閑静な場所に建てられた料亭。日本庭園から鈴虫の鳴き声だけが聞こえる。俺たちは今、そこにいる。

 理段はココネ以上に藤原家という血筋に執着していた。没落した藤原家復興のために、日々財界、政界、経済界の有力者たちと人脈を広げていた。だからなのか、神道政策連合が俺を介して理段と会いたいという話をすると、疑う素振りすら見せず、快諾してくれた。

 神道政策連合側に立つのは柳生丿貫やぎゅうへちかん。話をすると自ら動いてくれた。特級神職者自らが対応してくれることもあってか、理段はより乗り気になる。


 話の趣旨は神道政策連合と藤原家の連携。お互い強い影響力を持つもの同士、持ちつ持たれつでいこう……という内容だ。無論、それは理段をおびき寄せるための罠である。


 「本日は実りのある話ができて何よりです。しかし特級の柳生さん自らが出てくるとは驚きました。」

 「うむ、そこの天理くんとは縁があってな。彼の紹介ということで直接話をしたいと思っていたのだ。」

 「ほう……?それは初耳でした。蒼月くんも中々どうして隅に置けませんね。」

 「しかし一つ大きな問題があってだな……神道政策連合も裏社会の事情は分かる。故に後ろめたいことでも多少は許容できるのだが……どうしても許されないものがあるのだ。」

 「……と、言いますと?」

 「親殺しだ。それは最も罪深い背徳的行為。そのようなことをする者を、我々は信頼しない。」


 一瞬、沈黙が空間を支配する。理段とて自覚している。不人の死に不審な点がいくつかあることに。だが……その裏工作は十分に済んでいるはずだった。しかし、そんな考えは霧散に散る。

 柳生は無言で書類の束を理段の前に投げ捨てた。それは神宮寺が集めた証拠の数々である。


 「うちの神宮寺が集めていたものだ。何か申し開きはあるか?」


 それは不人の死体解剖結果や現場の鑑識結果をまとめたものである。間接的に考えて理段しか殺害は行えない状況証拠であった。

 そう、状況証拠に過ぎないのだ。直接手を下したという証明は一つもない。故に理段はその書類を見ても表情一つ変えることはなかった。

 ある……一枚のコピーを見つけるまでは。


 「なん……だ……これは?」


 それは日記帳のコピーだった。藤原不人の残したもの。


 「そこの天理くんが提供してくれたものだ。」


 柳生が俺に視線を送る。同時に理段は俺の方へと振り向いた。歯を食いしばり、そして酷く狼狽えていた。


 「どこで……これを……?全て消したはずなのに……。」

 「隠し部屋があったんだ。不人のプライベートに用意されたもの。そこに個人的な日記を隠していたらしい。」


 理段は項垂れる。その事実はあまりにも、理段にとっては衝撃的なものだったから。

 日記に書かれていたのは、理段のことだった。藤原家に養子として迎えられたことが書いてあった。ただそれだけなら、別に変な話ではない。しかし、日記にはこう書かれていたのだ。


 『ついに人工的に藤原家の力を再現することに成功した!彼の名を理段としよう。今から成長が楽しみである。』


 藤原家の特異性を人工的に再現する計画。不人が夢見たものであった。その方法は最終的に人間の夫婦を使用し、遺伝子組換えを行うもの。事前に同意を得た夫婦に報酬を支払い、その赤子を遺伝子的に強化する。

 これにより伝承に伝わる藤原家の天禀を再現しようと不人は考えたのだ。

 藤原家の力は女性にしか継承されない。長いこと藤原家には女性に恵まれないことから、不人は焦っていたのだ。世代を重ねるごとに弱体化していく力。

 否、そもそもそんなことが事実としてあるのかも疑わしかった。古代に残されただけのまやかし。事実として多くのものは半信半疑で、本気で信じているものはいなかった。


 ならば……自分たちで再現してしまえば良いのだ。科学で、奇跡を作り出す。それが、不人の夢だったのだ。


 だがしかし、そんな夢はすぐに崩れ去る。

 藤原心音ふじわらここねの誕生である。ココネは伝承のとおり、類まれ無い力を発揮した。それからの不人の日記は喜びに満ちたものだった。日々のココネの成長を、細かく記していて、その溺愛ぶりが読み取れた。


 一方で、理段に関する研究の内容は完全に途切れていた。

 不人からしてみれば当然だった。いくら力を再現したとはいえ所詮は偽物。もとより伝承が真実なのかも疑わしかった。故に焦りだした。

 だが、今は違う。この情報化社会で、確実に記録として残る現代に、伝承のとおりの女の子が産まれたのだ。もはや藤原家の神秘性はまやかしではなく、真実として残り続ける。それは今世代だけでなく、永遠に。


 ならば……不人からすればわざわざ人類の遺伝子組換えなどという非倫理的行為をするまでもない。それどころかそのような真似は藤原家の血筋を貶めることに繋がる。


 こうして夢の残照として残された理段は、ただそこにいるだけの男となった。産まれた意味を、殺されたのだ。他ならぬココネの手によって。


 「その事実を知り逆上して殺害……といったところか?無理もあるまい、今まで誇りにしていた血の繋がりが偽りだと知ったのだからな。」


 理段は沈黙する。ただ項垂れて、無言で日記帳を眺めていた。

 その時、ふすまが開かれる。何事かと思い振り返ると、そこにはココネが立っていた。


 「"お兄ちゃん"、話は全て天理から聞いた。正直言って同情する余地もあるけど……それでも大罪は大罪だ。父を殺した罪は、許されないことだ。」


 今回のことについてココネには既に話を済ませている。彼女は知らなくてはならないからだ。話を聞いたココネは少し目を伏せて「一人にさせてくれないか」と言い残して、自室へと戻っていった。

 ココネが父に懐いていたのは明白だが、決して兄である理段との関係性も悪いものではなかった。そんな兄が父を殺害したという事実は受け入れがたいものだろう。

 それでも彼女はこうしてやってきた。兄の最後を見届けるためだろうか。


 「見てのとおり、これらは全て状況証拠だ。故に貴様が犯人であると決定付けるものはない。だが……。」


 最後に柳生が理段に見せた証拠は使用人殺害の記録。言い逃れられない事実。先ほどの動機と合わせて刑務所に送られるのは間違いのないものだった。


 「NPO法人の活動記録ですか……遺体から私のDNAが検出?当たり前じゃないですか、彼らは藤原家の使用人ですよ。」


 ただ理段は認めようとしない。日記帳を見たときこそは表情を少し変えていたが、今はもう能面のように平静さを取り戻していた。


 「事件当日、行方不明になった使用人たちが、お前の運営するNPO法人が"処理"していたのが偶然だと言い張るのか?」

 「悲しいことです。部下がこのようなことをするなど……それで、私が直接下した証拠はあるのですか?」


 そう、やはり全てが状況証拠なのだ。九割がた理段で間違いない。だが、最後の最後でつなぎとめるものがない。故に神宮寺は踏み切れなかったのだろう。最後の一割が見つからない以上、裁判は長期化しうやむやになることだってありうる。

 だが、それもノートに記された"動機"が解決してくれる。


 「これだけ揃えば明白。例え法が貴様を許そうとも、周りはどう思う?貴様の"義妹"のココネはどう思う?自首をしろ理段。外には既に警察が待機しておるわい。」


 神道政策連合は警察に口が利く。この日に向けて、既に外では警察が受け入れの準備をしていた。


 「自首……?私が……?ココネ……ココネはそんな者たちの言葉を信じるのですか。兄である私の言葉よりも、他人の彼らの言葉を?」

 「他人じゃない。天理の言うことだから信じるんだ。天理がこうして、父の死の真相を突き詰めたんだ。なら私は信じるよ。この証拠だって捏造だとは思わない。」


 真っ直ぐな目でココネはそう理段に答えた。一番の問題点は状況証拠しかないということ。故に最終的には理段の自白が必要だった。しかし決してそれはありえない話だろう。ただ一点を除いて。

 それはココネという家族からの追求。ココネが集めた状況証拠から、犯人は理段だと確信し、自白を促すこと。それが最後に残された手段だった。

 本当はこんなことはしたくなかった。だからココネはここに呼ばず、柳生がハッタリでココネを引き合いに出して自白をさせようとしたのだが……ココネの目には迷い一つなかった。誰でもない"天理が"言うことだから信頼すると、そう明言したのだ。

 ヒュウと口笛が吹く。柳生によるものだった。


 「人柄か?天理くん、随分信頼されているではないか。呵呵、観念せよ理段。貴様とて家族に詰め寄られては最早終わりであろう。貴様、何のため今まで生きてきた?他ならぬ、藤原家の繁栄のためであろう。不人を殺し、乗っ取りを画策したようであるが……純血は藤原心音ふじわらここねのみ。藤原家の今後の威光は結局、ココネありき、だ。その張本人に嫌われては、最早社交界に立場はなかろうが。」

 「乗っ取り……?乗っ取りだと……?クク……ハハ……アハハ!!」


 理段は高笑いをした。口を大きく開けて、心底愉快そうに高笑いをした。静寂な夜、虫の鳴き声は止み、不気味に男の笑い声が木霊する。


 「ココネ……信頼する?天理くんをですか?ハハハ!何を言っているのか、あまりにも愉快で、哀れこの上ない。我が義妹ながら……滑稽だ!彼を信頼するとは……なぜですか!?」

 「お兄ちゃん……今更何を言っているんだ?天理は私の婚約者だ。愛し合っている男のことを信頼しない者がどこにいる。」

 「そうそう、こん……え?こんや……え?」


 ココネの言葉に柳生が間抜けな声をあげる。


 「ふぅ……ココネ……私に隠し事が通用するとでも?婚約?偽装婚約でしょう?」

 「なんじゃい、ビビらせんなよ。」


 理段はココネ同様にその鑑識眼は天禀に等しいものであった。俺たちの"嘘"など最初から見抜いていた。その上で嘘に付き合っていたのだ。

 それを聞いて柳生も胸をなでおろす。柳生からすれば俺は司と結婚することになっているからだ。


 「そうか、そうだよね。お兄ちゃんに隠し事は不可能だ。"でも"、"だったら"……分かるだろ?私が天理を信じる理由は、やはり変わりはないのだと。」

 「いいえ、分かりませんね。恋は盲目と言いますか?ココネ、いいですか?この男は!蒼月天理には!既に心に誓った女性がいるのです!ココネ?貴方なんかではとても太刀打ちではないほどに……強く……強く……結ばれた絆でね?」

 「そーだ、そーだ!天理くんには心に誓った女性がおるわい!」


 なぜだか柳生は理段に合いの手をうち始める。俺の味方なんだよなぁ……この人?


 「ですが……聞かされていないのでしょう?一度も?天理くんの口から一言も……『自分たちの婚約は偽りだし、他に好きな人がいる』と……真実を隠し続け、ココネの気持ちに向き合おうとしない……そんな男のどこを信用するのですか?ねぇ……天理くん?七反島ななたんしまでの出会いは……愉快でしたよ?」


 ──────ッ!


 理段は口を歪め俺の方に視線を向ける。ゾッとした。

 この男は、最初から全て知っていた。茜のことも、俺のことも。俺にとって妻は将来を共に誓った茜だけであり、他の選択などありえないという心の内を。完全に知っていた。知っていた上で、今まで茶番を続けていたのだ。

 使用人として茜を連れてきたのも、俺が茜との関係に、"未来の記憶"があることを悟られないように必死に対応していたのを、見世物のように眺めていたのだ!

 今の発言は、つまるところそういうことだ。俺が真実を隠していることを……茜との記憶があることを隠し続けていることを確信している発言!

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