夜空の流星、天の極星
夜の人気のない港。神宮寺は一人、待ち合わせをしていた。
豊奉神社からの報告は早かった。政治家や企業からの圧力は既にかけていると、神道政策連合からの正式な嘆願書も送付したが効果はないようだった。豊奉神社の土地を得ることによって得られる利益と天秤にかけての結果だろう。
宗田と天理……彼らはそんな事態になることは想定の範囲内のようだった。その上で、我々に助けを求めた。その意味は一つ。
神道政策連合は反社会勢力とも非公式ながら繋がりがある。極道界の中には神道に心酔しているものも少なくはなく、神道政策連合のためならば看板を捨てる覚悟すらある極道もいる程だ。
今回のように一部の資産家の手によって神社が嫌がらせを受け続けるなど、泥を塗られたようなものなのだ。極道たちにとっては、逆鱗に触れるようなものであった。彼らは面子を重んじる。彼らが支持している団体に泥を塗るということは、彼らが嘗められていることに等しいのだ。
黒塗りの車が一台やってくる。車のヘッドライトが神宮寺を照らすと、停車して、中から人が一人降りてきた。
「すまんな兄貴、少し時間がかかった。」
「極道、話は聞いているな?」
神宮寺は目を合わそうともせず、港から見える海岸線を眺めていた。
極道と呼ばれた男は神宮寺の問いかけに「ああ」と答えた。
「しかし豊奉神社……えぇ場所にある。今回の一件で恩を売るのは悪くないのぉ。」
「極道、豊奉神社をシノギにかけることは許さんぞ。」
「あぁ?おどれ何様のつもりじゃ。わしらんシノギにカタギが口出してええと思ってんのか?」
緊迫した空気が流れる。二人の男の間に緊張が走る。張り詰めた空気は歪み始め、いつしか虫の鳴き声すら止み、ただ波の音だけが聞こえる。周囲が世界から隔絶されたようで、満ち溢れた殺気は今にも殺し合いが始まりそうな空気だった。
だが……それも束の間。極道は笑い出す。
「兄貴、本気にせんといてくれや。冗談じゃ冗談。んなことしたらわしは任侠界の恥じゃけぇ。今回はわし等ん為でもある。舐めた真似しくさった成金にはちぃーとお灸をすえてやらんとなぁ?安心せぇ。組長の許可はとっとる。連中には本当の暴力っちゅーもんを教えたるわ。まぁ兄貴の、かつて天の……。」
「極道。」
神宮寺は極道の言葉を遮るようにただ一言だけ告げた。その一言で極道は一瞬黙り込む。
「……兄貴、全然変わっとらんの。腑抜けたと思うたが、いらぬ心配じゃったわ。」
「受け取れ極道。お前の組長さんが欲しがっているものだ。」
神宮寺は用意していた書類を渡した。彼らにとっては必要なものだった。神道政策連合と極道界の繋がりは非公式。故にこうして手渡しで文書のやり取りをする。
極道はそれを受け取ると、車に戻り立ち去っていった。書類の中身はいわゆる見返り。どんな見返りかは一級神職である神宮寺も知らされていない。
夜の港で、しばらく神宮寺は遠い海岸線を眺め思い馳せていた。
これは最早聖戦となっていた。戦いの象徴の舞台として、由緒正しく地域に愛されている神社を守る。あらゆる系列団体が乗り気だったのだが、此度は極道たちに任すことが決まった。
そう、極道の所属する指定暴力団、六道会。ここ近辺を縄張りとする、いわゆるヤクザである。
──────。
「ふん、手間を煩わせる。大人しく借金を返せば手早く済んだものを。」
福富無限は自慢の豪邸で報告書を読んでいた。天理のクラスメイトである福富白禄の実の父であり、福富グループの総帥である。福富邸は都心の一等地に位置していながら広々とした豪邸であり、多くの経済界関係者も招いていた。無限はこの自宅が自分が積み上げてきた結晶だと思っており、何よりも大切にしていた。
「仕方ありません。そもそも奉条の当主が突然死んでしまったのが計算外。相続の話が絡むと、どうしても。他所の知識があれば個人の借金を返す必要はないと分かりますから。」
九条は不満を漏らす無限に対して、飄々とした態度で答える。本来ならば生きているうちに責任を追及し、奉条司の祖父が代表を務めている宗教法人……即ち豊奉神社の財産を売り払わせるという筋書きだったが大分計画が変わってしまった。
「ですが、債権回収のトラブル……こんなことはよくあることです。いやはや私もたくさんのヤクザやらを弁護してきました。彼らが経営するヤミ金融の手口はえげつない。もっとも、助言をしたのは私ですがね。」
武勇伝のように語る。ヤミ金融とは違法な金融業。今回のケースとは異なるが同じように返す必要のない借金である。だがそれでも返させる。そのノウハウを九条は知っている。
此度の標的はのほほんと平和ボケした神社経営の親子。赤子の手をひねるよりも容易い仕事……のはずだった。
「しかし九条、どうもよくない動きがある。豊奉神社から手を引けと示唆されたよ。政治家に。それから産業会議でも一部の経営者どもにまでな。皆、示し合わせたように話は聞いているでしょう?とな……まったく。」
「ほう示唆……ですか。神社に思い入れがあるのでしょうか?しかしそれならば、どうにでもなりますね。」
そう、示唆なのだ。明言はしていない。それはつまり強い言葉は使えないということ。あくまで神社寄りというだけで、完全に神社側について福富グループと敵対する意思がないことを示している。恐らくは圧力をかけたという事実が欲しい程度の話なのだろう。
「ああ、面倒だが言いくるめて黙らせた。連中が満足する程度にな。小賢しい話だ。」
神社がやれることなどたかが知れている。豊奉神社は古い神社だ。おそらくはそんな人脈を使って"お願い事"をしたのだろう。だが所詮は感傷的なもので繋がっている関係。政治家も企業も結局は金だ。金の結びつきがある福富グループとの繋がりの方が遥かに強固である。
無論それでも多少は効果があるのは否定しない。だが此度の話は都心一等地が手に入る家の話。そこから生まれる金は数十億、数百億にも繋がりかねない。桁が違うのだ。多少のことで引くなどありえない話だった。
所詮は浅知恵。少ない知恵を振り絞って、福富グループに対抗しようとしたのだろうが無意味だ。法が許そうとも私が許さない。法的に問題がなければ何もかも許されると思ったら、大間違いだ。
ティーカップに注がれた紅茶を口にする。いつもの日常だった。無限にとっては豊奉神社の抵抗など虫けらが何かをしているようにしか感じていない。煩わしさはあるが、さほど問題はないと認識していた。
しかし、それは改められる。突然の出来事だった。何かが爆発したかのような音が邸宅内に響き渡る。
「な、なにごとだ!?……あぁぁ!!!?」





