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同じ地平を見たくて

 神道政策連合とは神社が集まって構成される政治団体だ。その方針は「国教である神道を文化を後世に正しく残し続ける」という概念のもと活動をしている。

 無論、神社はこの国に無数にあり、中には小さくて、吹けば吹き飛ぶような神社も少なくはない。現実として団体もその全てを把握しきれていないところはあるのだが……此度は違う。豊奉神社は由緒正しき神社。しかも都会の一等地に位置しており人目もつく。


 先日、司に確認をしたのはそのことだ。即ちこの組織に協力してもらうために司に神道政策連合を知っているか、そして神道政策連合の定例会には参加したことがあるかということ。

 答えはどちらもイエスだった。定例会に参加するためにはある程度の格式が求められる。その点で豊奉神社はクリアしていた。

 加えて神主ではない司も参加していること。これは即ち世継ぎとして、連合に認知されているということ。それは即ち、神道政策連合にとって豊奉神社は無視できない存在であることを意味している。


 「あ、あぁ!神宮寺さんですね!確か名簿で見たことあります。申し訳ありません。顔を覚えていなくて。」

 「いいえ、仕方のないことです。定例会では世継ぎとして紹介のあった程度で直接話をしていませんし。しかし……このしめ縄はやはり良い……!しめ方といい、素材といい、食い込み具合が実に蠱惑的な結界を生んでいる……先代の仕事でしょうか?実力だけで見るなら特級神職とも引けをとりません。それに境内の空気も良い。澄んでいて、慎ましく、それでいて荘厳。ですがそれだけではない……。」


 神宮寺は境内にある建物に触れてうっとりとした表情を浮かべる。


 「分かります……。これはただ積み重なっただけの歴史ではない。ここには人の営みや思い出がたくさん詰まっている。古来より神社とは地元と密接な関係を結び、心の安らぎ、居場所を提供してあげるところでもありました。ここは、今もずっとそんな歴史を紡いでいるのですね。」


 建物には小さな傷や汚れがある。それは自然についたものだけではない。人々が豊奉神社にやってきて、そして紡ぎ続けた歴史でもある。その一つ一つを、神宮寺は愛しいものをみるかのように触れていた。


 「あぁ失礼。少し語ってしまいました。私は結界術を得意としていまして、こういう空間にまつわるものはどうも気になるのです。一級神職として認定されたのも、そういった功績のおかげでして。」


 一級、特級神職というのは文字どおり神職の位を意味する。位は一番上が特級とされ、その下に四級から一級があるのだ。この位は経歴やその人間性、神道に関する功績によって神社本庁の選考委員会で決定される。

 一級とは上から二番目。神宮寺の影響力の強さを物語っている。


 そんな話を社務室に向かいながら司に説明を受けた。彼女は少し緊張をしているようにも見える。神社で働くものにとっては、それほどまでに一級神職という立場の人間は大きいのだろう。


 「なるほど……これならば宗教法人法にも接触しませんし、我々も表立って保護できます。奉条さん……此度はご不幸でしたが、どうか立場というのも理解してください。我々にとっても豊奉神社は大切なもの。まずは相談をしてほしかった。」


 社務室では既に宗田先生も来ていて、司の両親と話をしていた。神宮寺は挨拶をして、宗田先生から渡された今回の相続についての資料を閲覧すると、快く保護することを約束してくれた。


 「すいません……こういうことでご迷惑をおかけするのが忍びなくて。」

 「そのために顧問弁護士をつけるのでしょう。宗田先生には感謝しかありません。貴重な我が国の文化が損なわれるところでした。」


 言い方に棘はあったがそれは神宮寺の優しさでもあった。神社の運営をしている者は奉条夫妻のように大人しいものも少なくはない。それは神社の品格としては問題はないのだが、そこをつけいる悪人、軽蔑に値する外道がいるのも現実なのだ。

 神宮寺は宗田先生に深々と頭を下げた。彼は一通り豊奉神社を見て感じたのだ。この空間の居心地の良さを。それは決して簡単には作り出せない。何十年、何百年と刻んだ歴史が作り出したものなのだから。それが、危うく永遠に失うことになっていた。


 「いえ、違います新宮寺さん。私は紹介されただけです。神道政策連合に助力を求めるように知恵を出したのも、全てはそこの彼、蒼月天理あおつきてんりくんです。礼を言うならば彼に。」

 「彼……奉条様の娘さんのただのボーイフレンドかと思っていましたが……何と。奉条さん、良き友人を見つけましたね。では改めて、天理さん。この度は本当にありがとうございました。私をここに巡り合わせてくれて。お若いのにとても立派な御方だ。」


 神宮寺は俺に視線を向けて深々と頭を下げる。


 「そうでしょう、いや是非とも彼には法曹の道を進んでもらいたい。いつでも私の事務所では歓迎するつもりです。」

 「ほう、弁護士の卵ということですか。これはいい。是非とも豊奉神社の顧問となってもらい、今後もこのようなトラブル無きよう支えてほしいものです。」


 照れくさかった。あの宗田先生にそこまで褒められることなど滅多になかったので、どういう反応をしていいか分からず、ただ「ありがとうございます」としか言えなかった。だがその表情は自分でも緩んでいるのが分かる。


 「し、しかし……保護というのは具体的にはどういうことをするんです?宗田先生から話を聞きました。借金は返さなくても済むけれども嫌がらせを受けると……。」


 不安そうに司の両親は神宮寺に尋ねる。


 「神道政策連合の影響力は現職政治家も無視できません。それだけでなく、具体的な名前は伏せますが一流企業の一部は我々を支持しています。まずはそういった方面で福富グループに圧力をかけるつもりです。」


 今回のような理由で借金を返済しないことについて違法性はまるでない。ましてや地域に愛されている神社を存続するためという大義名分もあるので、問題なく協力してくれるというのだ。

 だが、それはあくまで嫌がらせが本当にあったらの話。何もなければそれで良い。

 神宮寺はその後しばらく打ち合わせをして、連絡先の書かれた名刺を残して立ち去っていった。

 確かに被害がなければそれに越したことはない……。宗田先生は既に遺産の限定承認や法人宗教の役員変更手続きなどに必要な書類をまとめているらしく、役所にも受理されるということだ。このまま何もなく、素直に福富グループが認めてくれればそれでお終い。だと良いのだが……俺は福富や九条のことを知っているので素直に引き下がるとは到底思えなかった。


 話はまとまって、俺とココネは二人、豊奉神社を後にしていた。奉条親子は俺たちが見えなくなるまで律儀に手を振り見送っていた。本当に心穏やかな家庭なのだろう。今どき、ああいうのは本当に珍しい。自然とこちらも穏やかな気分になる。


 「いやしかし天理、私は感心したよ。まさかキミから持ちかけてくるなんてね。」


 珍しくずっと大人しくしていたココネが機嫌よく鼻を鳴らしながら意味深な言葉を呟く。


 「持ちかけるって何をだ?」

 「ん?金儲けの話だよ。豊奉神社、不動産価値は数十億は軽く行く。確かに福富何かに良いようにされるには惜しいものさ。」


 「え?」俺は情けない声をあげた。彼女の言っている意味がいまいち理解できなかった。


 「そろそろ聞かせてくれよ。どういうシナリオなんだい?ここから合法的に豊奉神社の利権を掻っ攫うスマートな案があるんだろ?私はもうそれが楽しみでワクワクしているんだ。」


 まるでケーキを前にした子供のように、ココネは目を輝かせてこちらを見ていた。そうだ、彼女は別に底抜けの善人というわけではない。元々彼女と付き合ったきっかけは金儲け。家を再興させるために、彼女は金が必要なんだ。


 「い、いや……俺はただ助けたかったんだ。理不尽な目にあっていた彼女を」

 「はぁ??」


 心底呆れたような返答だった。それはまるで失望、侮蔑……そんな意味合いも含めているようだった。


 「そんな偽善で動いていたのか。だったら私は付き合えないね。損得勘定抜きでキミはあの女と付き合っていけるわけだ。本気でどうかしてるよ。」


 そう言ってココネは立ち去っていった。冷たい、感情の籠もっていない、淡々とした口調で。残された俺はただ一人、その言葉を噛み締めていた。私は付き合えない───と。

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