混沌都市アスト
───アークイーストシティ。セントラルシティが商業ビルが立ち並ぶ商業施設中心の地域ならば、ここはそこから少し外れたビジネス街である……という名目で役所は開発をしていたが、実態は違う。
商業地区として都市計画法に基づき整備をしていたのだが、大企業はセントラルシティに集まるばかりでアークイーストシティにはまったく見向きもしなかった。しかし役所にもメンツがあり、威信をかけて開発したこの地区が過疎地となることは当時の区長の誇りが許されず、なりふり構わずかき集めることにしたのだ。
結果集まったのは個人事業主や小さな会社の経営者たちで、その業種は統一性の欠片もない。更にセントラルシティではなく、離れた場所でも経営が見込まれる業種、ということでニッチ産業……つまるところディープ、オタク、サブカル的な側面が強い業種が集まったのだ。
加えてやけばちになった当時の区長は景観も無視して誘致した企業たちの開発許可を続けたため、その景観は混沌に満ちており、扱っている商品も相まってこの国屈指のサブカルタウンへと変貌したのだった。通称『アスト』として特定層に愛されている。
駅から降りると既に独特な風景が広がる。よくわからない怪しいビラ配り、街頭には謎のバイト募集のシールが無数に貼られている。ビルの看板にはアニメ絵の広告が大きく掲示されている。
行き交う人々はスケボーやギターの腕前を披露しているものも入れば、その横でスーツの会社員がスマホ片手にペコペコと謝っていて、工具を腰につけた作業服の人たちが談笑しているかと思えば、その横でアニメキャラの服を着た男性二人が何かゲームをしている。
統一性がまるでない。この街で何ができるのか分からない。そんな第一印象を受けるのだ。
「私、アストには初めて来たのだけど……その、何かと濃い街なんだね。」
「相変わらず変な街だよね☆司ちゃん初見なんだ?あたしもそんな来ないけど、変な街だよねー。」
司はそんな混沌とした街の景色に、視界に入るあまりの情報量の多さに少し引いていた。彼女はそもそも神社の一人娘。こんなところに来るイメージはあまりない。そんな彼女を愛華はからかう。
"濃い"という言い回しをしたが、事実として、この街に来る目的は大きく分けて二つ。ニッチ産業が集った街故にここでしか手に入らないものを求めて来る者たち。彼らは皆、個性的で他者の目などまるで気にしない者ばかりだ。そしてもう一つがこういうディープな世界観を求めて観光に来た者たちである。
実際のところ外国人観光向けに今は大手家電量販店も出店しているため、言うほど買い物に不自由するところはない街なのだが……やはり圧倒的多数を占めるのは"よく分からない"世界のものを扱う店である。
「変な街とか言うな!あんたたちねぇ……この街はサブカルの聖地……私たちのファンも大勢いるのよ!?ていうか愛華はそんな来ないとか言うな!あんた一応アイドルの頂点なんだから少しは意識しなさいよ!」
そんな彼女たちを引率するかのように枕美は街の案内を務めた。
俺と司、そして愛華と枕美は四人でこのアストに来ている。時間は遡りシロクとのフレンチでの会話に戻る───。
「教えるのは構わないが……天理、お前じゃあキツイと思うぞ?俺も正直その手は詳しくないし……。」
シロクに聞いたココネが幼い頃に証言したという"知人"。大地主であり、今はこのアストに住居を構えているという。
ただしその知人とやらは気難しい人物で、とにかく話が通じないという。また藤原不人の死後はその気難しさは一層に加速したのか、取り付く島もないというのだ。
唯一話せるとしたら、共通の趣味を持つ相手。アストに住居を構えるだけあってか、サブカル知識は豊富であり、自身もアストに店舗を構えているというのだ。
客と話をするときだけは、朗らかで話しやすい印象を受ける……という評判らしい。
要するに"知人"と話をするきっかけ作りにサブカル知識が豊富に必要となる。残念ながら俺にその知識はあまりなくシロクも同様。猛をチラリと見る。
「サブカルってなんだ?格闘技の一種か?」
フレンチを口に頬張りながら猛は俺に尋ねる。
「まぁ間違ってはいないが……。」
格闘技がサブカルという側面はなくもない。空手道、柔道などはともかく、マイナーな格闘技もあるわけで、そういう方面には猛も詳しいのかもしれないが……。
「アストはそういう雰囲気はないな……。俺も言ったことはあるがガチ目なアスリートはサウスに行くんじゃないか?」
サウスとはポートサウスシティの略称である。教育、運動など文化的活動に力を入れている地区であり、コートや体育館は勿論、アスリート御用達の店も多く立ち並んでいる。
つまりアストに行かなくてもマイナー格闘技愛好家の受け入れ先は別にあるのだ。
従って俺は、サブカル知識が豊富な知人を見つける必要があった。それでいてココネとあまり接点がなく藤原不人殺人事件のことを知っても別に問題なく、俺の知り合いで、暇そうな人……。
「いた、一人だけ心当たりが。」
枕美美音。元アリードの所属タレントである。
アストはサブカルの聖地とされているが、主だった層はアニメとアイドル。元々の市場の大きさが段違いなこともあってか、俺の知る未来ではサブカルというよりアニメ・アイドルの街へと変貌しており、他のマイナー文化は陰りを見せていた。
そこで枕美を誘ったのだが、ユニットを組んでいるし親交を深める必要もあるという理由から司と愛華も一緒についてきたのだった。
「それで……蒼月くんの目的の場所ってどこなの?そもそも何を目当てで来たわけ?」
枕美は司と愛華の相手をしながらため息をついて俺に目的を尋ねる。
シロクに教えられた"知人"の名は室戸櫂。元々、この地域の大地主で裕福ではあったが、戦後の急激な都市開発によりその資産は天井知らずに膨れ上がった。いわゆる土地成金という奴である。
室戸はこのアストにも土地を持っており、自前のビルで趣味の古物商を経営しているというのだ。
「ついた……ここだ。」
たどり着いた場所は年季の入った古いビルだった。シャッターが閉まっていてテナント募集中の張り紙もない。場所を間違えたのかと思ったが、ここで間違いないようだ。
「ここって……あーまぁ男はこういうの好きか。」
枕美はここがどういう場所か知っているのか、察しがついたかのように呟く。
「知ってるのか?この店が何なのか。というか店はどこだ?」
「アストは私の庭みたいなものだし。まぁ初めて来たのなら分からないかもね。ほら見て、そこに地下への階段があるでしょ?そこが入り口なの。」
枕美が指差すと確かに地下への入り口がある。大体、こういうのはビル関係者用の倉庫とかのイメージが強かったが、よく見ると何か色々なポスターが貼られている。
「何か滅茶苦茶治安が悪そうだな……。」
「この店が?冗談でしょ。」
薄暗い灯りの中、俺たちは階段を降りた。それなりに距離があり、薄暗さもあってか、少しアウトローさを感じさせた。枕美はそんな俺の不安を一蹴し、躊躇なく前へと進む。
やがて階段は終わり、小さなドアがあった。ドアの前には張り紙が貼られていて『営業中』と書かれている。
「良かった、今日は営業してたんだ。不定期なのよこの店。」
立地といい、真面目に商売する気があるのだろうかと思う営業形態である。
カランコロンと音を立てて扉は開かれる。中に入るとそこは……壁だった。いやよく見ると通路がある。とてつもなく狭いのだ。人が一人くらいしか通れないスペースである。それに加えて店内も薄暗い。
「本当にここであってるのか?」
店とはとても思えないそんな不安さえも感じる。
「合ってるわ。狭いのは最初だけよ。客が出入りする姿を見たくないんだって。」
なんだそれは、マフィアの裏取引でもしてるのか?
そう突っ込みたくなったがシロクの言葉を思い出す。
「室戸さんは大変気難しい人だ。ちなみに俺は滅茶苦茶あの人に嫌われてるので手伝えないぞ。具体的には顔見せたら物を投げられる。」
あの時はシロクなりのジョークだと思い、苦笑いを浮かべたがこの様子だと事実なのだろう。というか気難しさにも限度がある!





