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全てを失った逆行転生者と没落令嬢のやりなおし!~復讐者と守銭奴の偽装婚約~  作者: ホワイトモカ二号
取り戻さなくてはならない日々
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虎殺し

 都心より少し離れた某所。広大な日本庭園に囲まれた閑静な場所。由緒正しき料亭であった。

 藤原理段は酒宴の席に招かれていた。料亭には社交界の重鎮も多く、藤原家の当主を一目見ようと普段よりも賑やかな集まりである。

 神宮寺との死闘により理段は右手の粉砕骨折、臓腑破裂、肋骨損傷、顔面骨骨折、打撲痕、捻挫、自律神経異常……とにかく重症であったが、社交界の場でそのような弱みは見せられない。

 コルセットとベストバンド、それにモルヒネを使用して痛みを和らげ、滅茶苦茶にされた右手は無理やり筋肉とボルトを打ち込んで固定、更に手術跡が見えないように手袋で隠した。顔の傷は人工皮膚の移植に加え化粧で誤魔化している。

 モルヒネのおかげで痛みはないが、身体が悲鳴を上げ続ける。

 それでも持ち前の魔性のカリスマで、理段は社交界の重鎮たちと言葉交わす。藤原家は没落した名家。再興のためには彼らの力が不可欠。

 だが同時に舐められてはならない。対等でなくてはならないのだ。それは理段だけに限った話ではない。他の者たちも酒こそは入っているが、その腹の中では心の内の読み合いをしている。


 「神に仕えし龍を退治したそうで。」


 一級神職者・最納言御書院さいなごんごしょいん。妬み、である。二十代という若さで一級まで上り詰めた上に神道政策連合本部に務めていた神宮寺を日々妬んでいた。

 彼らの耳は早い。ハイウェイでの大事故、そして行方不明になった神宮寺鬼龍……ハッキリと口にこそは出さないものの、既に理段が神宮寺を倒したということが周知の事実であった。


 「恐れ多いことです。」


 謙遜。最納言は俗物である。故に謙虚な態度をとることが一番である。

 この国の宗教団体の力は侮れない。理段としては本来ならばこの国屈指の影響力を持つ宗教団体である神道政策連合に取り入るのが一番だが、それは神宮寺のせいで不可能となっている。

 だが……思わぬ幸運はあった。蒼月天理は神道政策連合に取り入っている。ココネと正式に婚姻を結べばその関係は藤原家にも取り入ることができる。


 ───さすが、私のトモダチです。記憶を失っていようと、抜け目のない。


 ほくそ笑む。蒼月天理の思わぬ行動に。

 婚姻が決まり、正式に藤原家として神道政策連合に挨拶に行けば、この俗物との付き合いも終わりだ。言うならば保険。

 神道政策連合には柳生丿貫やぎゅうへちかんがいる。神道政策連合の有力者。彼は神宮寺とは違い自分と考え方が似ている。時間逆行をする前も友好的な関係でいられた。

 しかし、最納言の力も馬鹿にはできない。今のうちに良い思いをさせてやろうという腹づもりである。


 「龍退治の逸話、実はこの宴席の者たちも何人かご存知なのですよ。」

 「ほう、それはお恥ずかしい話です。」


 初耳のような態度を見せるが当然、理段は知っている。しかし敢えて無知を装うのだ。この俗物相手にはその対応が一番的確。


 「それでな、一つ催し物を考えたのだ。やってくれるかな?きっと来客も喜ばれると思うのです。」

 「催し物……ですか。」


 金持ちの趣味の悪い見世物。理段は即座にそう認識した。付き合うのもまた社交界の常。快く承諾すると、最納言は笑みを浮かべた。


 「皆の衆!理段殿から承諾を得たぞ!一芸を披露してくれるそうだ!」


 おぉ……と宴客のどよめき。一部の者たちは訝しげに理段を見つめる。

 そして最納言は合図を送ると、ふすまが開かれる。

 ふすまの先には檻があった。巨大な檻の中には拘束具で縛られた虎がいた。今にも拘束を解き放とうと、喉を鳴らし唸っている。


 「龍を用意することはできませんが、虎ならばこのとおり。ご安心ください、虎とは言っても餌を三日与えておらず、弱らせています。言うならば理段さんの復帰を祝う儀式の贄というものです。」


 ニヤついた顔で最納言は理段にそう安心させるような口調で答える。

 だがそれを、理段はまるで軽々しく考えはしなかった。


 試し───か。


 飢えた虎は、満腹の虎よりも遥かに危険である。拘束具により大人しくしているのは、決して弱っているからではない。蓄えているのだ。この拘束が解かれたとき、確実にその牙を向けようと。

 宴客の期待の視線が向けられる。多くの者たちが娯楽の延長だと思っている。絶食させた虎ならば安心であろうと。

 訝しげに理段を見ていた者たちは逆にこのことの危険性を熟知しているものだ。だが止めようとはしない。藤原家の悪評は有名。いっそのことここで死ねば良いと考えている腹づもりなのだろう。


 「これは即興の余興です。あまり皆様方のお眼鏡にかなうとは思えませんが、できるだけご期待に答えましょう。」


 モルヒネにより何とか動く身体。泥のように感覚のない身体を動かしながら、理段は檻の中へと入った。

 そう、これより見せるのは虎殺し。それも素手によるものである。

 檻の中に入る理段を宴客はニヤついた目で見ていた。誰一人止めるものはいない。彼らにとってこの"催し物"の結果、凄惨な事故が起きようとも、それは日常の延長線なのだ。

 金を持て余したものたちは、満たされ、満たされすぎて、心に空虚な穴ができる。

 その穴を埋めるために刺激を求め続け、いつしか倫理観など失い、狂気の沙汰へと堕ちるのだ。

 実のところ宴客の多くは理段が虐殺されることを望んでいた。生きたまま食われるショーなど見れないからだ。あるいは泣きながら命乞いをする藤原家の当主の姿か。

 どちらにせよ悪趣味の極みである。


 理段が檻の中に入って、虎は反応を見せるが大人しかった。拘束具で身動きを封じられているにせよ、何らかの反応を期待していた宴客は肩透かしを食らう。

 だが、それは違う。虎は獲物を捕らえたのだ。大型四足獣ネコ科の動物の狩りは、まず相手を慎重に見据える。彼らは冷静な狩人である。その爪をどこに立てるべきか、その牙をいつ剥くべきか、作戦を立てているのだ。本来ならばこの作戦には標的の力量も見定め、狩りのリスクを考えるのだが、此度は飢えた虎。三日ぶりに見つけた"獲物"を狩らない理由は絶無であった。


 明白な殺意。理段だけが感じ取れる狩猟者の臭気。確信できる。あの拘束具が解き放たれた瞬間、虎は理段を襲うだろうと。

 合図とともに拘束具は外される。電子ロックされていた拘束具は全て外され、牙が、爪が……自由となった。


 「─────────ッッ!!」


 虎の咆哮である。食物連鎖の頂点に立つ獰猛な肉食獣。その咆哮はあらゆる生命体を周囲から避難させる。狩りの始まりを意味するからだ。


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