憧れの人
「なんでって……ココネちゃんに呼ばれたんだよ?そうだよねココネちゃん?」
愛華は枕美の今までの態度などまるで知らないため不思議そうにココネに尋ねる。
「一応、私はキミの上司というか雇用主になるんだけどココネちゃんて……まぁ良いけどさ。いや、枕美さんがね、時間ピッタリに来るようなのはやる気がないって息巻いてたからさ。そのことで大変おかんむりというわけさ。」
「ちょっ!!?」
少し意地悪そうな笑みを浮かべ枕美に視線を向ける。思わぬ告げ口に枕美は焦燥感を見せる。彼女は散々、時間ピッタリに来るようなのはやる気がないだの、才能がないだのと言っていたが、その本人がまさか、自分よりもずっと上に君臨していた愛華であったからだ。
つまるところ大恥もいいところである。
意地の悪いことをするなと思いはしたが、枕美には良いお灸になるのかもしれないと俺はフォローをしないで静観することにした。
「んー?そうなんだ、枕美さんっていつもそんな風に考えて仕事をしてたの?」
「そ……そうよ!!悪い!?あんたには分からないわよ、才能や運に恵まれて!!適当にやるだけでチヤホヤされるだけの天然品はね!!普通の人は積み重ね努力をしないといけないものなの!!」
「いや、あたしも枕美さんの言うとおりだと思うよ?ちゃんと現場の空気に合わせてどう立ち回るかとか凄く大切なことだし。」
「な───ッ!」
やけばちになったのか愛華に向けて指を差してヒステリックに叫ぶ枕美だったが、愛華は枕美の意見を完全に肯定した。
思いもしなかったのか、頭の中で複雑な感情が枕美の中で反復する。
自分のアイドル哲学が"あの"愛華渇音が認めてくれたという事実。それは"推し"からの肯定というだけでなく"推し"と考えが一緒であったという至上の喜び。
だが反面、この女は敵。目の上のたんこぶ。自分にアイドル活動を諦めさせた不倶戴天の敵。敵の言葉に絆されるなど枕美のプライドが許さなかった。
結果、その表情は唇は釣り上がり頬を染めつつも、眉は不機嫌にひそめるという複雑な表情で、指先は震えながらも愛華を差す。
言葉を失っていた。こんな時、何を言えば良いのか分からないというより、パニックになって何を言うべきか理性でせき止められているのだ。
「ふ、ふ、ふーん!ならなに?本当はもっと前に来るつもりだったってわけ?次は遅刻の言い訳かしら?」
結果、精一杯の皮肉しか枕美は言えなかった。
「ん?いや、元々時間ピッタリには来るつもりだったよ?だって早く来てもやることなくて時間がもったいないし☆」
「馬鹿にしてんのぉ!!?」
枕美は天上から一気に奈落へと突き落とされたかのような気分だった。眉間にシワを寄せて叫ぶ。
「あんた今、言ったじゃない!!私の言ったことは正しいって!!なに!?嘘付いたの!?騙したの!?私を弄ぶのが目的で!!?」
「え?違うよ枕美さん。だってだって……あたしは常にアイドルとして意識してるから必要ないだけだよ?現場に入って意識を変えるなんて必要ないよ?24時間ずっと意識してれば問題なくない?」
「─────ッ!!」
そう平然と愛華は答える。
平然と答えるが、それがどれだけ難しいことか。常日頃から仕事のことを頭に考え、空気を張り詰め続ける。言うならば常在戦場。
そんなことができるのは一部の限られたものだけだ。大半の人間は精神の安寧、休憩、リラックスを定期的に挟まなくては心壊れてしまう。それが人間というものだ。
なのに愛華は、そんな困難を平然と答えた。
普通ならば世間知らずの少女の戯言と一蹴することもできるだろう。だが、愛華の場合は違う。彼女は結果を出している。それも国民的アイドルとして最上級の成果だ。偽りであると、言えるはずがない。本当に彼女はそれを実践しているのだと思うしかない。
故に枕美は理解してしまった。
自分の哲学と同じ哲学を持っているが、次元が違うことに。それは喜ばしい反面、絶望であった。才能や運などだけではない。確かに裏付けされた努力の積み重ねが、愛華にもあることをまた一つ知ってしまったから。
「……嫌い!!嫌い嫌い嫌い!!やっぱり私、あんたのこと大嫌いだわ!!苛つく!!」
故にもう子供じみた暴言で誤魔化すしかない。発狂したかのようにただ、ヒステリックに枕美は叫ぶ。
「……あたしは枕美さんのこと大好きだよ?」
「うっさーい!!その目で私を見んな!!うるさいうるさい!!」
というよりも情緒が完全にバグっていた。
尊敬している人物の新たな側面を知ることができたということ。しかもそれは自分が理想としている哲学と同じで、それを更に昇華させたものだった。それは本来であるならば喜ばしいことである。しかし、彼女の立場がそれを認めたくないのだ。認める訳にはいかないのだ。
同じ土俵で戦う敵なのだから、それを認めてしまうともう彼女の立場はなくなってしまうからだ。
「……まぁ世間話はそこらへんにして、本題に入ろうじゃないか。三人とも社長室に来てくれないか。」
すっかり萎縮してしまった枕美を見てココネは話を打ち切った。
狙っていたのだろうか?仕事の話をするのに、強気な枕美を最初に挫き仕事を優位に進める。少し枕美がかわいそうにも思えてくるが、自業自得なところもあるのでなんとも言えない。
社長室には俺とココネ、そして愛華に司と枕美が入る。いよいよ三人を集めた理由をココネの口から聞ける時が来たということだ。社長室で話をするということは内密な話であり、大きな話にもなりそうで、自然と俺も息を呑む。





