勉強会のはじまり
───翌日。
メサイヤビルの爆発、ハイウェイでの大量暴走事故。
それらは大々的に報道された。テロリストの仕業か?あるいは戦争でも始まったのか?あるいは何者かの陰謀か?コメンテーターは面白おかしくそんな話をバラエティのように彩る。
蒼月天理はそんな事故のニュースを何気なく見ていた。
現代社会ではこのような事故は確かに凄惨ではあるが驚くようなことでもない。毎日のように流れる事件、ニュース……その中でも派手さが目立つだけで、気にも留めない。
天理だけに限らず、それが現代人にとって当たり前のことだった。そんなことよりも彼にとってはこれからのことで頭が一杯だった。
『みんなー!☆今日はあたしのコンサートに来てくれてありがとうー!!☆』
芸能事務所アリードが借りているレンタルスペースの一つ。普段は所属タレントがダンスレッスンに使用するところで、スクリーンと映写機もある。俺とココネはそこで愛華のライブコンサートビデオを徹夜で見ていた。
もう愛華の歌が耳から離れないし、目蓋を閉じると愛華の幻覚が見えるくらいだ。勿論、愛華というアイドルのカリスマ性に心奪われたとかそんな話ではない。
愛華渇音という国民的アイドルが突然、自分が経営する事務所に移籍してきた。最初は無限の粋な計らいにありがたみさえ感じていた。
だがそれも束の間。マスコミはそれを大々的に報道して標的は愛華だけではなく俺にまで向けられた。
日に日に襲ってくるマスコミ。しかもそれだけではない。
事務所を移籍したことによってスポンサー契約の変更、スケジュールの再調整、やることは山のようにやってきた。
そして、きっかけとなった出来事がスポンサーを前にした、マスコミからの質問である。
「蒼月社長はこれからアイドルの愛華さんの動向をどう考えるつもりですか?」
考えたことなかった。
というか考える余裕もなかったし、向こうが勝手にやってきたのだから知るはずもないのだ。
適当に答えようとした時、同席していた枕美に足を踏まれる。俺は痛みに声が漏れかけるがなんとか抑えた。
「アサテレビさんでしたっけ?私が目の前にいるのにその質問は失礼じゃないの?」
記者は枕美の言葉にたじろぐ。
業界で枕美の愛華コンプレックスは知れ渡っている。その日のインタビューはそもそも愛華が同席していない別件の話。枕美を主演としたドラマのイベントで、俺たちが運営する芸能事務所アリードの所属タレントも出演するので社長の俺も参加しただけだ。
そして正式なインタビューですらなく舞台裏での話。それでも今、渦中の人である俺にマスコミはずけずけと質問をしてきたのだ。
流石の記者も分が悪いと見て退散した。業界での枕美の力はそれなりに健在のようであった。
そんなことを俺は思っていると、枕美に人気のないところに連れ込まれ、壁際に追いやられて迫られる。
「蒼月くん?私、怒らないから正直に答えてほしいんだけど、今マスコミに対して適当なこと答えようとしたでしょ。」
笑顔を浮かべ尋ねる枕美に俺は頷く。愛華のことなんて何も知らないからだ。
だがその態度が枕美の逆鱗に触れた。
「あのねぇ!!あんた分かってんの!?愛華はね!!国民的アイドルなの!!適当な答えして国民を敵にまわすつもり!!?『よく分からないけど頑張ります』なんて言ってみ!!?あんたファンに刺されて裁縫道具の針刺しみたいになるわよ!!?」
枕美は語る。
愛華の影響力の強さを。伝説の数々を。
愛華が開くコンサートはチケット即日完売は当たり前。当日はチケット強盗が多発し後に警察が配備されるのが当然。とある要人は愛華のコンサートプラチナ席を国家に要求し外交カードとして使われる。愛華のコンサート限定グッズを手に入れたものは幸運が訪れ金運上昇、健康祈願、大願成就の効果が得られ、ついでにデトックス効果もある。一説によると愛華は神の御使いで彼女が起こした奇跡により世界は平穏であり続け、彼女の喪失は世界紛争の危機だとかエトセトラエトセトラ……。
「……そういうことだからそれだけ凄いアイドルなの!!わかった!!?」
「宇宙創造も愛華が関係しているところまでは分かった。それにしても枕美は本当に愛華のことが大好きなんだな……。」
俺の言葉に枕美は顔を真っ赤にする。
「何でそうなるわけ!?私は事実を言ってるだけじゃない!?喧嘩売ってんの!?私、あんたより年上なんだけど!!?」
枕美は俺の胸ぐらを掴み首を締め上げる。瞳孔が揺れていて半分錯乱しているようだった。触れてはいけないことだと悟り俺はとにかく必死に謝る。
「ハァハァ……分かれば良いの。そういうわけだからね、愛華を預かる事務所の社長が適当なことを言ったら相当恨まれると言いたいのよ……。」
確かに愛華の影響力を考えるとそこに考えがいっていなかった。忙しすぎて頭から抜けていたのだ。そもそもアイドル事務所を経営する社長が自分の所属タレントのことを……というか所属タレントでなくてもその業界トップのアイドルのことを何も知らないのは対外的イメージが悪すぎるのはその通りだ。
「ありがとう枕美……俺を庇ってくれたんだな。」
「だから勘違いしないでくれる?私は古巣が下手なことをして私にまで飛び火が来るのが嫌なだけだから……でもそうね……蒼月くんは愛華のことを全然知らないみたいだし私だっていつも庇えるわけじゃないし。勉強しないと駄目ね。」
「勉強……?」
「そ、勉強。いいわ、私の愛華グッズを貸してあげる。初回生産分でプレミア付いてるスペシャルライブビデオだけど、特別だからね?うーん……確か全部で58枚あるけど、全部は無理として……でも外せないのが多いかも……。」
さり気なくとんでもないことを言いつつ枕美はスマホを弄りながら考え事を始める。
ライブビデオが58枚って全部で何時間になるんだ……?
「い、いや良いよ勉強なら通販で買うし、大事なものなんだろ?」
「駄目よ!初回盤には限定でラジオとかトークイベントを収録したCDも付いてるの!それに売り切れてるのも多いでしょ?転売屋から買うのとかありえないから。あれだと愛華にお金が落ちないし、ファンの敵でしょ。あと私のことなら心配しなくていいわ。蒼月くんに貸すのは布教用だし、保存用と観賞用は別にあるの。」
この人、やっぱり熱心ファンなんじゃないか。
と突っ込みかけたが、また首を絞められたらたまったものではないので黙り込んだ。





