敵はかつての師そして因縁
宗田先生の言葉に司は固まっていた。理解を拒んでいる様子だった。
「こもん……べんごし……?どういうことです?顧問って……。」
そして彼女は両手で顔を覆う。もう何が何だかわからない、何を信じたら良いのか分からない感情で頭が満たされる。
「九条先生はその……私達、弁護士の中でも変わり者で主に反社会的勢力の方々や、浪費の激しい資産家の弁護を積極的に務めています。腕もあって彼らからすると非常に重宝しているのでしょう。弁護士の報酬額には上限とかありませんから。かなり稼いでいると聞きます。」
「そんなこと……だってうちはお金持ちじゃない……大きな敷地はあるけどそれだけ……。」
事実、九条は奉条家に取り入ったとき、高額の報酬を要求していなかった。彼の狙いは別にあるからだ。
九条の実力は確かなものでいくつもの実績がある。それは凶悪犯罪や法人の整理、民事事件の解決……顧客を資産家や反社会勢力に絞っているだけあってその経歴は華やかで、何も知らない者からすれば凄い弁護士に見えるだろう。実際凄いことには変わりないのが癪だが。
そんな弁護士が格安で依頼を受けるというのだ。その報酬額は弁護士連合会が定める報酬金額の標準額と同額だったという。奴の経歴からすれば破格だった。それに司の両親は飛びついてしまったのだ。その先が悪魔の胃の中であることに気がつかず。
「宗田先生、あなたには立場があるのではっきりと言えないのは分かります。だから俺が言います。司さん、あなたは福富に最初から狙われていたんだ。家も土地も、そして司さん自身も。骨まで搾り取ろうとしていたんだ。それが九条と福富が描いた絵だ。」
司は呆然としていた。何も考えたくなかった。彼女の人生は平穏そのものだった。神社の娘として生まれ、穏やかな家族とともに暮らし、穏やかな日々を暮らしていただけだった。それが、それが、全てぶち壊しになろうとしていた。
「司さん!あんたは怒って良いんだ!嵌められたんだ!このままだと何もかも奪われる!大切な思い出も、家族との絆も、そして自分の尊厳も!!それで良いのか!?あんたそれで、本当に良かったって思える人生なのか!!?」
それは俺自身にも響く言葉だった。二度と後悔はしないように。確かな選択を、間違いのない人生を送るために。
天理の言葉は司に確かに届いていた。彼女の心の内には怒りが湧いてきた。自分だけではない。彼らは私の全てを奪おうとしていた。奪うだけではなく蹂躙しようとしていた。そんな怒りが、生まれて初めて、胸の奥に静かに湧いた。許せないという憎悪の炎が。
「お願いします宗田先生。父と母には私から説明します。どうか、私たちの弁護をしてください。」
もう迷わない。真っ直ぐ宗田先生と目を合わせて、深々と頭を下げた。
宗田先生は「喜んで引き受けます」と、快諾してくれた。
宗田法律相談事務所から出たときにはすっかり日が暮れていた。30分のはずが大分長くなった。屈伸をする。本当の戦いはこれからだ。奉条家から九条を引き離すのは簡単だ。弁護士を選ぶ自由がある。幸い司の両親は安いからという理由で九条を選んだだけで、思い入れはない。宗田先生はこの時代でも十分なベテラン弁護士であるし、娘の必死な説得に耳を傾けてくれるだろう。
「あ……そうだ。大切なことを忘れていたわ。」
司は俺たちの方に振り向く。事務所に忘れ物があるのだろうか。
「今日はごめんなさい天理くん。先程の相談室で私は取り乱して酷いことを言っちゃった。謝って済む問題じゃないのは分かってる。後で必ず埋め合わせはするつもり。でもそれでも、まずは謝らないと気がすまないの。本当にごめんなさい!」
そう言って深々と頭を下げる。気にしていないのに礼儀正しいというか……きっと彼女が自分を許せないのだろう。俺は「大丈夫、気にしていないから」と彼女の謝罪に答えると彼女は笑みを浮かべて「ありがとう!」と答えた。
そして真剣な表情を浮かべて、何か言いたげにもじもじとし始める。
「あ、あの……それでね?都合のいい話だとは思うのだけれど……これからも相談にのってくれない?ううん、これからお父さんとお母さんに説明に行くときも同行してほしいの。その……天理くんがいると頼りになるから。虫の良い話なのは分かってるけど……。」
そんなことか───。俺は彼女の真剣な表情から何かあるのかと思い緊張していたが、大したことではなくて良かった。
「気にしないでいいよ。慣れているから。というよりそのつもりだった。こちらからお願いする手間が省けて良かった。」
彼女は知らないが福富と九条には個人的な縁がある。それに今回のことは単純に法曹として許せないことだった。宗田先生のように立ち回れるかは分からないけど、俺も彼女の力になりたいと心底願った。
俺のそんな言葉を聞いて、彼女は満面の笑みを浮かべた。その笑顔は今まで見た中で一番明るく魅力的で、春の風のように心をなびかせる。彼女に心惹かれる人がたくさんいるのも分かる気がした。
「イッッ!!」
気がつくと足を踏まれていた。ココネの足だった。俺は抗議の視線を送る。
「フィアンセの目の前で堂々と他の女とラブコメするのはよくないなぁ……!?」
「えぇ……そこまで演じないと駄目なん……?」
俺たちのやり取りに司は「確かにそうだね」と笑いながら見ていた。その表情にはもう深い絶望はなく希望に満ち溢れていた。それだけでも俺は、今日の出来事は間違いではないと確信したのだ。
それはさておき、これから気を引き締めなくてはならない。敵は福富、そして九条弁護士。奴の恐ろしさはこの身をもって知っている。宗田先生が味方についているとはいえ、決して油断はできない───。





