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虚無の魔人

 神宮寺は立ち上がり、理段の方へとゆっくり歩く。


 「待ち人は来なかったというのに、余裕な態度だな。それは傲慢か?それとも腑抜けか。」


 問いかける。理段の待ち人は電童であったはずだ。他ならぬ神宮寺自身の追撃から逃れるために。だと言うのに態度一つ崩さない理段の態度は不気味であった。


 「知っていましたから。彼……電童雷太が神宮寺鬼龍から逃げ切れるはずがないとね。六道衆とは名ばかり。全ては『天』……いいえ、神宮寺鬼龍という存在のための数合わせ。知らないとでも?」


 六道衆とは六人の精鋭とあるが、その真実は神宮寺のために用意された特別役職に過ぎない。公然の秘密であった。『天』に神宮寺があるのではなく、神宮寺が『天』。故に電童の敗北は必然であった。六道衆とは、神宮寺を頂点とし、そこに至らんとする者たちの組織なのだから。


 「戯言を。最初から来ないと分かっているのなら、ここにいる道理はないだろう。」

 「いいえ、道理ならあります。」


 藤原理段とは怪物である。魔人の類。神宮寺はそれを理解している。禁忌の一族たる所以はその力、精神性にあり。言葉交わせども、その心奥は決して通わぬ。道理とは人の道を歩くものが説くもの。やはり戯言、あるいは世迷い言か。神宮寺は深いため息をついた。


 「私とトモダチになりましょう。」

 「……は?」


 思わず呟く。魔人の意味不明な言葉に。


 「神宮寺さん、私はあなたを認めているのです。この世界が生んだ奇跡。失うにはあまりにも惜しい。どうか、私とトモダチになってください。」


 真っ直ぐな瞳が神宮寺を映す。その瞳は深い海の底のように昏く碧い。どこまでも吸い込まれるような虹彩は見るものを性別問わず引きずり込む魔性の瞳であった。

 皆、これにやられるのだ。その声は、まるで春の微風のように穏やかでありながら、蛭のように絡みつく。天性の才であった。人を惹きつける天禀。理段の前では母に抱かれる赤子のように、誰もが跪き頭を垂れる。魔性のカリスマなのだから。


 「寝言をほざくな悪鬼が。友とは跪かせるものではない。共に前に進むものだ。時に背中を合わせ困難に立ち向かうものだ。貴様に友を語る資格などない。」


 そのような魔性に、神宮寺は正面を据えて、その昏い瞳をまっすぐ見て答えた。完全なる拒絶であった。

 理段はその答えに面食らった。しばし沈黙し、そして口を開く。


 「ショックですね。私、トモダチ作りは得意なんです。こうも真正面から拒絶されたのは……あなただけです。どうしてでしょうか?今回はあなたとの関係は悪くないはずなのに。」

 「組長オヤジに手をかけるよう唆したのは貴様だろう。極道きわみを殺したのも貴様だろう。それだけで俺がお前を殺す理由は十二分だ。」


 神宮寺は徒手空拳。しかしその闘志は消えず。むしろ最高峰に昂ぶっていた。風がなびく。月明かりの夜。潮騒の音だけが聞こえる。


 「六道会にそこまで思い入れがあったのですか?ですが仕方ないでしょう。アレはプロメテウスに危害を加えようとしていた。潰されるのは道理です。それに極道さん……でしたっけ?仕方ないんですよアレは。あのステージを作るのに、何年かけたと思っているんですか?」

 「ステージ……?」

 「えぇ、えぇ。あの夜も長い年月をかけてプロメテウス……彼のために用意したんです。異国の地で、あの"三人"の劣等感に苛まれるよう刺激して、狂い、憎み、妬み……状況再現をしたんです。彼がね?少しでも昔のことを思い出してくれるように。」


 神宮寺はあの夜の真相を知らない。ただ青木と羅刹が仕組んだシノギと、それに乱入してきたアイム・ハミルトンとジロウ・ハミルトンという二人の殺人鬼ということしか。

 理段の口ぶりだと彼が仕組んだのは後者。プロメテウスなどという存在のために仕組んだということか。


 「"あの日"から、彼は忘れているのです。記憶のすり替えをしているのです。酷い話でしょう?私のことを忘れるどころか、まるで私が悪いかのように!だから、思い出さないといけないのです。あの女を前にして、無反応ということはまだ思い出せていないということ。もしもあれが演技ならば……いやいや大した役者です。」


 そしてそのステージを極道きわみに邪魔されかねない故に、殺したと主張しているのだ。


 ───理段の主張は理解できなくとも、潰されるのが道理、というのは分かっている。所詮はヤクザ。社会のゴミ。潰されてそれを恨むのは筋違いというもの。悪は滅するべきであり、神宮寺もそれを理解していた。自身が悪側に立つ者であり、殺されることも奪われることも、全ては自らの行動が招いたものだ。

 だが、そうであったとしても。そう切り替えられるものではない。人の絆とは、そのような合理的にはできていないのだ。

 道理ではない。ただ失われた絆に、怒りを感じるからこそ人は人であるのだから。


 「お前と議論をするつもりはない。正当性を得るつもりはない。これはけじめだ。」

 「それは……怖いからですか?揺れているのでは?」


 藤原理段の魔性。悪質なのはそれを本人が理解していることであった。魔眼とも呼べる瞳は老若男女を虜にし、その喉から発する声は菩薩の調べのようである。普通の人間ならば、心を許してしまい、心の隙間に理段を受け入れてしまう。


 「期待をするな。お前の洗脳術は俺には効かない。」


 狂気とも呼べる鍛錬の果て、神宮寺の精神性はまるで巌のように強固であった。だがそれだけではない。


 「お前よりも遥かに格上の相手を知っている。それに比べれば理段、お前のそれはままごとに過ぎんよ。」


 奉条司しんじょうつかさ───。

 こと洗脳術に限っていうならば彼女の方が格上であった。気を抜けばその心に入り込む妖精のような存在。理段と違い邪悪さの欠片もないのがまた厄介であった。武とは邪気を祓うもの。邪気のない相手に挑む術は持たない。

 それに比べれば理段の魔性のカリスマなど、ままごとであった。

 涼しい顔で神宮寺は笑う。まるで意にも介していないことを証明するかのように。


 「豊奉神社の一人娘ですか。女であることが惜しい。もし男であるならば、ココネの婿として考えられていたというのに……そうですか、確かにあれの傍にいて、正気を保てるならば……残念です。とても残念です神宮寺さん。」


 その魔眼から涙が溢れる。泣いているのだ。理段が涙を流しているのだ。それを表情一つ変えず、神宮寺は見ていた。その真意を図る必要など無意味であると理解している。


 「本当はですね、神宮寺さん。あなたがココネの婿に相応しいと思ってたんです。ですがね、今は違う。プロメテウスがいる。私のトモダチ。ただ……やはり世界から有能な人材が消えるのは……悲しいでしょう?」


 理段にとって神宮寺はコマの一つ。そう言いたげな言葉であった。

 ため息をつく。会話が成立しているようでしていない。理段は自分のことをただ語っているだけで、神宮寺の問いかけに何一つ答えてはいない。その上、内容が支離滅裂で意味不明。理解しようとするほど、頭がどうにかなりそうだった。


 「最後に一つ、意味のないことかもしれないが聞きたい。お前には妹がいるのだろう。お前にとって妹とは何なんだ。兄とは何だ。」


 故に、神宮寺は最後の質問を端的に問いかける。それは純粋な質問だった。友の、義兄弟の仇が、何をもって殺害に至ったのか、そこに繋がる問いかけである。

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