根源への到達者
言ってしまえば簡単なことだった。叩きつけられることを理解した神宮寺は、これをむしろ好機と見た。体躯を捻り、重心とアマノハヅチ・オノカミを操作し、むしろ叩きつけられる勢いを加速させた。
そして叩きつけられる瞬間に思い切りハイウェイの防護柵を発剄を駆使し蹴り上げた。その反動で神宮寺は空高く跳躍する。その速度は一瞬ではあるが、先行するベンツを超え、ついに捉えたのだ。真上へと。
遥か上空、その凄まじい速度から吹き荒れる風に神宮寺のスーツがバタバタとはためく。小さく見える狙いの車両。そこに狙いをつけてアマノハヅチ・オノカミを一気に巻き取る。重力に加えて糸に引っ張られ神宮寺の落下速度は凄まじいものとなっていた。
狙いは車両の後部座席。電童のみ。
照準を絞るかのように、右手をその車両へと向ける。そして深呼吸をする。丹田に意識を集中し、神宮寺の体内細胞を活性化させ、熱を籠める。内家拳特有の呼吸法であり、精神統一と肉体活性化の作用がある。本来のそれはいわゆる健康法に近いものであるが、神宮寺クラスの達人が行うそれは、体内細胞の活性化に留まらず、一時的に人体の限界を超える。
「蒼穹……気吞山河、降雷!」
蒼天霹靂。無双の拳。内家気功闘法。その一撃は、鳴神の如し。
神宮寺の修めた武術の多くは内家拳気功術を基本とした格闘技である。認証武装は使用者の個性を引き伸ばすことにある。アマノハヅチ・オノカミの糸は神宮寺の第二、第三の手足となりて、その全てが発剄を放つ。
発剄とは肉体を制御し力の流れを制御するもの。当然ながら人の身、五体で為す発剄に限度はある。しかしアマノハヅチ・オノカミはその限度を超えるのだ。無数の糸は束となりて、筋繊維のように形成し、神宮寺はそれを使い新たな発剄を駆使する。
ハイウェイの防護柵に叩き込んだのは化勁。力の流れを制御する発剄である。本来であるならば両足を複雑骨折する衝撃も、認証武装を全開放した神宮寺の前では春のそよ風に等しい。
結果、神宮寺は非現実的、非人間的の格闘技を実現する。その気になれば対物ライフルの一撃すら、化勁によりその威力を消し飛ばすことも可能。あらゆる力の流れが、ベクトルエネルギーである限り、神宮寺にとっては自在の力となる。
神宮寺にとって刀剣術とはその内の一つ。中今の極地を知った神宮寺と、内家拳は相性が良かった。否、中今の極地に至った瞬間、今まで積み上げた武が一斉に昇華し、世界の根源、理に触れた武神が誕生したのだ。
本来の降雷は高所より敵を迎え撃つ技。ただしこれほどまでの超高度は想定していない。それを技の体系に落とし込んだのは、神宮寺の技量によるものである。
神経に稲妻が走る。気吞山河により体内に生成した"氣"が暴走しているのだ。氣とは即ち剄。剄とは即ち西洋科学で言うところのエネルギーである。その全てを、神宮寺は拳に集中した。血管が浮き上がり、沸騰しているかのように脈打つ。
そして、その拳はベンツのルーフへと叩き込まれる。
「發ッ!!」
拳を中心にルーフが波打つように変形した。内家功夫は人体を水の詰まった革袋として捉える。
内家功夫とは革袋を傷つけず、そこに詰まった水に勁を叩き込むことを基本とし極意とする。即ち、肉、骨を叩くのではなく、臓腑を直接叩く技法。極めたものならば戦場にて鎧に身を包んだ兵士を素手で制圧することすらも可能である。
神宮寺は車体のルーフを鎧に見立て、暗勁を放った。臓腑揺らす発剄の一撃である。
衝撃波は車内に響き渡り、その余波が波のようにインパクトポイント周辺のルーフにさざなみのように響き渡る。
車体は大きく揺れ、そして急ブレーキを始めた。タイヤは滑り回転する。制御の効かなくなった暴走車となりて、ガードレールにぶつかりかけたが、神宮寺はアマノハヅチ・オノカミを使い、その接触事故を防いだ。やがて車は停止する。
神宮寺はルーフから降りて、助手席のガラスを割る。「ひっ」と声がした。運転手の声だ。
「止まるな。目的地は聞いているんだろ?行け。」
「へ?い、いやでも電童さんが……。」
運転手は情けない声をあげながらも後ろの電童を意識して答える。彼にとっては生きた心地がしなかった。最悪の板挟みである。
「電童は死んだ。俺が、殺した。せめて安らかに眠らせることが、友としての務めだ。」
そう神宮寺は答える。バックミラー越しの電童は確かに眠るように目を閉じていた。
運転手は神宮寺の言葉に不思議な説得力を感じた。短い間ではあったが、二人の間には奇妙な信頼関係を感じた。共に六道会の古参である二人。言葉にできない想いがあるのだと感じた。
「スマホを貸せ。電童の認証武装のせいで俺のは遥か彼方に吹き飛んでしまった。」
神宮寺に言われるがままに運転手は自分のスマホを渡した。神宮寺はスマホを操作し電話をかける。
『どうした相棒、何か用か?』
電話の先はミカだった。彼の古くからの知人だ。
「ニュースは見たか。ハイウェイの事故。あれ、俺が原因だ。」
電話越しにミカの驚きの声がした。電童との戦いはニュースになっている。オービスには神宮寺の姿も写っているだろう。最悪、逮捕勾留も考えられる大事故である。
遠隔操作をし罪なき人々を殺害したのは間違いなく電童ではあるが、不可抗力とはいえ神宮寺は大太刀で電気自動車を何台も両断している。正当防衛が適用されて無罪になるのかもしれないが、そもそも電童をなぜ追いかけ回していたのか、警察に問われるとややこしい問題になるのは明白だった。
「時間がなくなった。藤原理段を潰してくる。」
当初計画の前倒し。今、逮捕されてしまえば絶好の機会を失うことになる。そう考え神宮寺はこのまま理段の元へと向かうことにしたのだ。
当然、ミカからの抗議の言葉が返ってくる。だがどうしようもなかった。派手に暴れすぎたのだ。神宮寺は「すまないな」と一言ミカに謝罪をして、電話を切り電源を切って、スマホを外に投げ捨てた。逆探知対策である。
「そんな顔するな。あとで弁償してやるよ。」
運転手は神宮寺の言葉にビクリした。「滅相もないです!」と手を必死に振って、アクセルを踏んだ。電童から指示されていた"藤原理段"が待つ場所へ。
神宮寺は電童の胸ポケットから取り出した煙草を口に咥え火を点ける。長いこと禁煙していたため、久しぶりの紫煙の香りに懐かしさを感じた。そして火の付いた煙草を電童に咥えさせた。
「馬鹿が。どいつもこいつも……先走りやがって。」
紫煙はハイウェイに流れあっという間に消えていく。神宮寺は誰にも聞こえないように、そっと呟いた。
待ち合わせの場所は都心から少し離れた場所にあった。歴史ある史跡で公園として一般開放している場所だった。海沿いであるため波の音が聞こえる。海水浴場の類はなく、深く暗い海が見えた。夜は柵が閉じられていて、入れないようになっているのだが、南京錠が外されている。待ち合わせのために理段が外したのだろう。
「ご苦労、帰って良いぞ……あぁ、スマホ代はあとで神道政策連合本部まで来るといい。守衛に渡しておくから、そこで受け取れるように手配しておく。」
神宮寺の言葉に運転手はペコペコと何度も頭を下げて、逃げるようにその場から立ち去っていった。
深夜の公園を静寂が包み込む。恐ろしいほど静かで、潮騒だけがただ耳に響く。辺りは暗く、公園灯の明かりだけが頼りだった。
神宮寺は気配を殺して歩む。公園は史跡を兼ねているため広い。遮蔽物は少ない。待ち合わせの具体的な場所は聞いておらず、どこに理段がいるのか見当もつかない。周囲に気をつけながら歩を進めた。
しかしそれは懸念に終わった。広い芝生広場の中央に人影が立っている。神宮寺は夜目が効く。間違いなくあれは藤原理段だった。
周囲には遮蔽物の類はない。忍び寄り背後からの不意打ちは不可能だろう。狙撃することも考えられたが、狙撃銃は当然もっていない。印地を考えたが手頃な石がない。史跡も兼ねた公園だ。武器になるような危ない石は全て取り除いているのだろう。
───ならば、硬貨か。
財布から500円玉を取り出す。藤原家の肉体は当たりどころによっては銃弾にも耐えるというが、神宮寺の狙いは硬貨の印地で即死させることではない。狙いは眼球。視力を片目でも奪えばこれからの戦いに有利。
狙いを定める。神宮寺の印地は百発百中。空を舞う燕すら叩き落とす。その威力はコンクリートの壁にめり込むほどの威力。
カキンッ!
金属音。神宮寺が硬貨を弾いた音だった。完全な闇討ち。派手な音を立てたが、よもや硬貨が飛んでくるとは思わないはずだ。そう神宮寺は踏んでいた───。
「おおっと!随分な挨拶ですね、こんなことをするのは……やはり神宮寺さんですね。」
飄々と理段は躱す。
───なぜだ。完全な不意打ちだったはず。
神宮寺の頭に疑問符が浮かぶ。事実として躱された以上、そこは仕方がない。
しかしその事実から目を逸らすことはできない。躱された原因があるはずだ。そこから目を逸らせば……奴とこれから始まる殺し合いに……負ける。





