斬光一閃、虚空破斬
神宮寺は静謐にただ集中し、目を瞑り精神を統一する。刀を構え前方の電気自動車との距離は詰まる。
電気自動車は突如ハンドルを大きく切り、タイヤをスリップさせる。悲鳴のような音を立てて回転。電童が敢えてスリップを起こさせたのだ。直線的な動きではない。その動きを回避するには大きくハンドルを切り、道路端に乗り上げる他ない。
しかし、それは大きな逃げ場のない角へと追い詰められることを意味する。既に神宮寺を追う電気自動車は無数。囲まれ行く手を遮られた時、電童は遥か遠く。逃亡を許すことになるのだ。
詰みである。このまま加速すれば衝突不可避。かといってブレーキを踏みハンドルを切って回避行動をとれば追跡は失敗する。
だが神宮寺は違った。構えた刀を眼前の標的へと向ける。その瞳は決して自棄の思いはなく、ただ真正面を捉えていた。
風を切り、加速し続ける神宮寺の眼前に不規則に動く鉄の塊が衝突しようとしていた。だが───
「乾坤一擲……九箇之太刀、二の剣『逆風』。」
その瞬間、神宮寺は大太刀を振るう。切っ先はランプの光を反射し、軌跡は光の筋となりて夜を裂く。
『逆風』とは迎えの太刀筋。敵が仕掛けてきたその瞬間を合わせ、太刀筋を交差し払う技。相撃の一刀である。
"後の先"と呼ばれる武道の極致。神宮寺はその先に既に至っている。その先読みは生き物に限定しない。意思なき鉄塊、電気自動車という無機物であろうと、空気の淀み、気配の変化……その全てを全神経を集中することで先読みを可能とする。
神宮寺の放った『逆風』は、本来は対人において最も有効な技である。だがしかし、彼にとって技を使う相手が生き物かそうでないかは……些事である。
「一刀……両断ッッ!!」
カキンッッ!!と甲高い音を立てて、電気自動車は真っ二つに分離する。その切断面はあまりにも鋭く、まるで始めから分かれていたかのようだった。
神宮寺の持つ剣は"無銘の大太刀"。決して高名な武器ではない。刀匠が刻印する銘の無き、名もなき剣。
だが、達人は武器を選ばず。無銘の得物であろうとも、神宮寺が握ればそれは、百戦錬磨の大業物へと姿を変えるのだ。
武術の達人とは五体は鋼を砕く巌と化し、布帯は鋼鉄の鈍器となる。であるならば剣携えばどうなるか。自明の理である。その刃、因果断ち切る無双の太刀筋。断てぬものなし。
「生か無か、大差などない。そこに在るかどうかだ。」
呟き残心。
両断した電気自動車に脇目もふらず、刀を払う。付着したエンジンの冷却オイルが道路に水飛沫のように飛散する。
その瞬間を電童は見ていた。理解ができなかった。バイクから巨大な日本刀を取り出したかと思えば、それを使って電気自動車を両断した。ファンタジーの世界だった。だが事実として今、目の前に起きたことを否定などできない。それでも叫びたかった。
「ありえ……ねぇ!どこからそんな刀を持ってきたッ!!」
唾を撒き散らし、目を見開き叫ぶ電童に、神宮寺は静かに答える。
「古来よりヤクザの武器といえば日本刀だと決まっているだろうが。」
後方で大爆発が起きる。炎と黒煙が空に上がる。切断された電気自動車が、ようやく斬られたことを実感したかのように、大爆発を起こしたのだ。
電童はその驚異的な実力に呆然とした。恐怖を感じた。神宮寺という男の底知れなさに。
これこそが『天』の神宮寺。六道衆の真なる階位第一位。他を圧倒する頂に君臨する暴力の化身。
「バ……バカなッ!ふざけるな神宮寺!!そんな……そんな日本刀で車が両断できるか!!」
そこには怒りと恐怖が混ざっていた。パソコンを操作する。更に無数の電気自動車をハッキングして向かわせた。込み上げてきそうな恐怖を、塗りつぶすように。ハイウェイは、電童の操る電気自動車の群れで埋め尽くされる。
「戯けたことを。日本刀とは斬る武器。ただ与えられた役割を全うしているだけのことだ。俺はただ、それの手助けをしているに過ぎん。」
神宮寺は電気自動車の波に囲まれても、動じなかった。片手で器用にハンドルを切り、片手には大太刀を握りしめる。
左右から電気自動車が迫りくる。その速度は法定速度を優に超えている。対して神宮寺の駆るバイクも同様。その刹那、神宮寺はあろうことか更にスロットルを回し加速させる。瞬きすら許さない世界。刀を握る手に力が籠もる。
───数年前。男は猟銃を構えていた。若き神宮寺はハンターである彼に自分を撃つことを依頼したのだ。
「ほ、本当に良いのか。何でこんなコトをする意味が……!」
多額の報酬金を約束されていた。だがハンターは直前になって命を奪うことによる恐怖からか、手が震え始めていた。
神宮寺は疑問を抱いていた。どれだけ鍛錬を重ねようと、人は銃弾一発で死に至る。であるならば、武の鍛錬など不要。銃の腕を磨き続けることこそが正しき道筋ではないかと。
「くどい。このことは既に周知済みだ。お前が殺人罪に問われることはないし、復讐もない。撃て。」
有無を言わさないものだった。ここで撃たなくては殺される。そのくらいの気迫を感じさせた。ハンターは深呼吸する。神宮寺の覚悟を悟ったのか、照準を脳天に合わせた。引き金を引く指に力が入る。
その時だった。ガランガランと大きな音が聞こえた。後から聞いた話だと、建築中のビルの鉄筋を誤って落としてしまったという。その音に、ハンターは敏感に反応してしまい、予期せぬタイミングで引き金を引いてしまった。
銃声が鳴り響く。予備動作もない、完全に偶発的な凶弾。
「ひっ……!」
ハンターは思わず小さな悲鳴をあげた。恐る恐る正面を見る。そこには抜刀し満足げな笑みを浮かべる神宮寺がいた。銃弾は2つに両断され、神宮寺の後方に銃痕として残っていた。
そのとき奥義は完成した。その日より、神宮寺は音速を超える───。
「奥儀之太刀、添截乱截……無二式。」
音速で発射される弾丸と比べれば、自動車の速度など澱みに広がる水の輪にも等しいものだった。迎え来る電気自動車を、神宮寺は一方に絞る。
添截乱截・無二式とは迎え来る相手に放つ技。相撃と似ているが本質は異なる。相対者が放つ気配、挙動、殺気……あらゆる事象、その全てを皆、見破し放つ真の一刀。





