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蠱毒百景、夢幻抱擁

 ナーガ・ラ・トリシューラは『ナーガ』と 『トリシューラ』に分かれる二振りの科学武装である。毒ガスを放ち続けるのが『トリシューラ』。そして『ナーガ』は薬師寺の脳内に直接埋め込まれたナノマシンである。

 『ナーガ』とは即ち特定毒の無効化である。今、ここに充満しているのは脳細胞に影響を与える毒素。脳内物質を過剰分泌させることにより、めまいや動悸、運動能力を制限する毒薬であった。

 逆に言えば、その分泌を制限することが無毒化につながる。毒霧に包まれた地下駐車場で、薬師寺が平然としているのは、その働きによるものだった。

 薬師寺が戦う時、人は皆、地面に伏し苦しみ喘ぐ。生命である以上、その猛毒に抗いようはない。故に『地獄』。六道衆階位第六位。『地獄』の薬師寺の実力である。


 「深呼吸……したのは失敗です神宮寺さん……既にこの駐車場には……私がブレンドした新型ドラッグをガス化させたものが充満している。貴方の身体は……確実に私のドラッグに蝕まれるのです……。」

 「一つ……聞く。お前のシノギはシャブか。いつからしていた?」


 だが神宮寺の闘志は消えず。膝をつきながらもなお、薬師寺を睨みつける。その眼から闘志は決して消えていない。これこそが神宮寺鬼龍という男だった。不撓不屈。ただやるべきことを為す。鋼のような精神と、その肉体で。

 その姿に思わず薬師寺はため息をついた。


 「いつから……?最初からですよ神宮寺さん……ドラッグはシノギになります。世の中には……救済を求めているものがたくさんいる……偽りであろうとも、皆が魔法シャブを求めるものなのです……それを禁止?そんなことを本気で言ってるのは……あなたと流星くらいですよ。」

 「会長オヤジの指示か。」

 「あぁ……会長さんですか……?今は、そうですね。中々、頑固な人でした……ですが……ドラッグとは素晴らしいものです……一度、一度その甘露を知ってしまえば……二度と忘れられない……あぁ、落とすのは大変でしたが……半年ほど監禁してようやく……私たちの人形になってくれました。」


 ───ここに来る前に、神宮寺は六道衆の異変について六道会長に直接面談をしていた。流星極道ながれぼしきわみが亡くなったこともある。今後の六道会について、会長と相談も兼ねていた。


 『夢と浪漫。それを忘れるなよ鬼龍。俺たちはクズだが外道じゃない。』


 「夢」「浪漫」会長の口癖のようなものだった。非合理的であろうとも、そこに美学を感じたのならば迷わず行動に移す。美学を重んじるヤクザだった。


 だが、会長は既に神宮寺の知る会長ではなかった。

 こちらの質問に全て適当な答えばかりで、カーテンのような仕切りで姿を隠して見せようとしない。明らかに異様だった。側近は病気なので姿を見せたくないと言っていたが、神宮寺の直感が違うと語りかけていた。


 気づいたときには、側近を殴り倒して力づくで会長の姿をその目で見ていた。

 そこには、虚ろな目で口から涎を垂らしながら、ヨボヨボの身体と、排泄物を垂れ流し続ける……老人がいた。認知症の類ではないのは明白だった。腕には点滴針が刺さっていたが、医薬品の類ではない。足元にも錠剤の薬品が転がっていた。


「あ、あぅ、ぁぅぁぅ……ぅぁぁあ……。」


 目の焦点はあっていない。意味不明な呟き。正気はとうに失っていることが明白。そこにはかつての会長オヤジはいなかった。既に殺されていた。精神が。

 一目で神宮寺は分かった。ロシアンマフィアやチャイニーズマフィアをいくつも殲滅したときに腐る程見てきたもの。違法薬物の数々。会長は、既に薬物中毒により正気を……人間性を失っていた───。


 両拳を床につく。ただただ神宮寺は無念だった。こんなことになるまで気が付かなかった自分の不甲斐なさに。

 それでも信じたかった。まさか、まさか、六道衆内部が腐りきっていたなどと。いいや……もう、察しはついている。腐った原因が……ある。

 電童は自分と同じ昔馴染みだ。チンピラではあるが、愚者ではない。通常の精神状態ならば分別のつく男だ。彼がシャブに手を出したきっかけがあるのだ。


 「唆されたか、藤原理段に。」

 「唆すとは……人聞きの悪い……私たちは自らの意思で決めました……。時代遅れなのです……シャブに手を出さない暴力団など……どうやって組員を養うのですか……?理段さんは、そんな私たちに生き残る術を教えてくれた……私は……彼を……崇拝します。」


 やはり───あの魔人が絡んでいたのか。

 神宮寺は奥歯を噛みしめる。共に歩いてきた同志たちの末路が、よもやこのような形で潰えるなど無念でしかない。

 薬師寺は胸ポケットから注射器を取り出す。それは致死性の猛毒。空気に触れると一瞬で気化し、そのガスを吸うだけで、触れるだけで死に至る劇薬だった。怪しげな煙を出している。

 空気と反応しているのだ。恐らくは皮膚に垂れるだけでのたうち苦しみ回るであろう。


 「さようなら神宮寺さん……あなたのことを……尊敬……していました……。」


 薬師寺はガスマスクを装着する。注射器を神宮寺へと向ける。


 「いいや、死ぬのは貴様だ。薬師寺。」


 注射器が地面に落ちる。神宮寺が薬師寺の腕を掴んだのだ。とてつもない握力で握りしめられ、思わず注射器を落としてしまったのだ。


 「な……無理はやめてください……あなたの身体は……私の合成ドラッグにより……ガハッ!!」


 そのまま、神宮寺はみぞおちに膝蹴りを叩き込んだ。薬師寺は倒れ込む。

 ───呼吸ができない。まるで大海の荒波に揉まれ、溺れているようだった。

 薬師寺は自身の喉を掴むが、息を吐き出すことはできても、どうしても吸い込むことができなかった。


 「理解できないか?今の一撃はお前の肺機能を一時的に奪い去った。今のお前はいくら呼吸をしようとも肺に空気を送り込めない状態。緩やかに死ね。」


 経絡経穴。人体にはいくつかのツボ、急所と呼ばれるものがある。時にそれは医療で用いられ、時にそれは暗殺術としても活用される。表裏一体、日本古武道で言うならば、玉虎流骨指術と呼ばれるれっきとした格闘術の一つである。

 横隔膜付近を叩きつけられ、呼吸しようにもできない……薬師寺は理解のできぬ状況にただ困惑していた。

 神宮寺の一撃は的確に呼吸器系統の機能を奪う経穴を貫いたのだ。もっとも一撃でここまでのことを為すのは、神宮寺の卓越した技術の裏付けあってこそである。

 瞬殺。文字通りの言葉であった。階位第一位の実力とは即ちその名のとおり。『天』とは即ちいただき。『天』を前にしては、他全ては地を這う虫でしかない。


 「カッ……カハッ!……ち……が……ど………て……!!」


 薄れゆく意識の中、薬師寺が感じたのは自身の身体の異変ではない。あれだけの気化したガス状ドラッグを吸わせたはずなのに、平然としている神宮寺が分からなかった。何故、この男は堂々と立ち、自分を見下ろしているのか。


 「あぁ……お前のドラッグか……本来の用途は嗜好用の違法ドラッグだな?多幸感と幻覚を見せるもの。無論、過剰摂取オーバードーズならば死にも繋がるだろう。だが、それら薬品は脳に作用するもの。脳内物質の操作をコントロールする薬品だ。」


 もはや声も出せない薬師寺はただ黙って頷く。そのとおりだった。

 先程、神宮寺にトドメとして使用しようとしていた毒薬は保管が難しい。即死性は強いが空気と反応し分解されるほどの特性。管理が困難なのだ。

 故に幻覚性の強い薬品で自由を奪い、少量の毒で確実に殺す算段だった。

 そもそもこの地下駐車場に蔓延しているガス化した違法薬物は致死量。過剰摂取オーバードーズの範疇である。並の人間では立つことすらままならないはずなのだ。


 「答えは簡単だ。脳内物資をコントロールし、幻覚反応を消し去れば良い。」


 何も難しいことではない。例えるならば密教の修行僧はその過酷な修行の末、脳内物質を制御する術を身につけるという。神宮寺もまた同様。

 彼の武は卓越を超え天禀を思わせるものであった。過酷な修行の末、その悟りの境地に既に到達していた。言うならば、神宮寺は薬師寺の『ナーガ』が行うことを、自力でしただけのことであった。


 それが答え。当然のように神宮寺は言い放つ。その態度に、薬師寺は唖然としていた。

 理解できなかった。神宮寺が何を言っているか薬師寺は何一つ理解不可能だった。脳内物質を制御できる人間などいるはずがない。だがその反論も許されず、呼吸のできない身体は思考力を少しずつ奪い、そして意識が喪失した。


 「……冥府で待つといい。すぐに電童と伽羅もそちらに向かうことになる。」


 絶命した薬師寺に、神宮寺は宣言した。

 大義失った極道はただの外道である。悪には悪の矜持がある。秩序なくしては組織は成り立たない。腐り落ちた悪種に引導を渡すのはせめてもの情けであった。

 車のエンジンをかけようとキーに手を伸ばす。まだ電童はそう遠くには逃げていない。確実に始末するために……ただ、ここは市街地、追いかけるには車では渋滞に巻き込まれる可能性もある。


 そう思った矢先、駐車場の奥で神宮寺は見つけた。逃げる電童を追い詰めるのに丁度良いものを。

 異様なデザインだった。既にこの国では滅びたかと思われた高馬力のモンスターマシン。電童の趣味なのか、それは分からない。そこにあったのはフルカウル仕様の大型バイクであった。

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