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狂靭武脚

 ───少し時間は遡る。

 ガス満たされる室内。少しずつ死の霧で満たされる中、神宮寺は驚くほどに冷静だった。

 ガラス張りの部屋、そこに防爆シャッターが下りて、二重の障壁となっている。その障壁に手のひらを当てる。そして、毒ガスの存在などまるで意にも介さず、深く息を吸い、呼吸を整える。

 丹田に氣を練り込む。内家拳法特有のその呼吸法は精神を統一し、五体を武器と化す。


 「発ッ!!」


 神宮寺が吠えると同時に大気が震えた。そして同時に、ガシャンと音を立てて障壁が吹き飛ぶ。掌打・発剄。発剄とは功夫クンフーの基本であり、本質である。剄をてのひらに集中させ、衝撃波として放つ。訓練された達人であるならば、その衝撃波さえも制御し、まるで遠当てのように狙った部位のみに剄を叩き込むという神業も可能である。


 神宮寺の立つ暗闇の摩天楼に月明かりと街の灯りが注がれる。砕かれたガラス片は月明かりを浴びてキラキラと輝いていた。ビル街が作り出す人工的な光のイルミネーションは夜空を彩り、ガラス片はまるで星屑のように摩天楼に降り注ぐ。


 眼下を眺めると、電童の姿が確認できた。慌てた様子で車に乗り込んでいる。

 神宮寺はその車の特徴とナンバープレートを冷静に観察。そして記憶した。


 「確かにそれが一番早いな。」


 そう呟き、神宮寺は身を投げ出す。一面に広がる闇夜を照らす街の明かり。夜空を駆け抜けるかのように、その景色は流れ星の如く神宮寺の視界から現れは消えていく。地上へと近づくにつれて、風を切る音が耳元に響く。

 悲鳴が聞こえる。高層ビルから誰かが飛び降りたと人々はざわめいた。しかし神宮寺は決して投身自殺をしたのではない。

 外は摩天楼。天蓋の真下。地面は遥か遠く、ビル風が身体を叩きつける。それでも迷い一つなかった。


挿絵(By みてみん)


 セントラルシティに聳え立つメサイアのビル。その一際目立つ姿は、夜空に煌めく星の如く、人々の目を奪う。しかし、その高さは永遠に続くものではなく、低層に近づくにつれ、やがて他のビルの波に飲み込まれていく。

 落下し続ける神宮寺は、ついにビルとビルの間の隙間へと突入した。移り変わる美しい夜景は消え、無骨なビル壁ばかりへと景色は変わる。その瞬間、脱力しきった身体に力を込め、その力を解き放つ。


 周囲の建物が揺れた。地震のようでもあった。地震の警報装置が作動するが、瞬時に鳴り止む。誤報であるとわかったからだ。


 神宮寺は、このビルとビルの間の隙間の中で、ビル壁を叩き、蹴り上げていた。その理由は明白であった。ビル壁を叩き、穿つことで起きる反作用を利用し、自身の落下速度を緩めているのだ。

 とてつもない衝撃音が鳴り響き、その跡にはまるで削岩機でも通ったかのような破砕痕のみが残る。粉砕された窓ガラス、鉄筋コンクリートの破片が散らばっていた。何も知らないものがこれを見れば、まるで物語の怪物が通過したかと錯覚するだろうか。いや、怪物は確かに通っていたのかもしれない。


 神宮寺は平然とした顔で地面へと着地し、粉砕した壁からビルの中へと入り地下駐車場へと向かった。

 社長室に置かれていた車のキーをいくつか奪い取っていた。電童保有の車だ。"少し借りる"ことに何の抵抗もない。

 だが、電童は慎重な男だった。神宮寺と対談するにあたって、何も用意していないわけではないのだ。地下駐車場に向かった神宮寺の前に、一人の男が立ちふさがる。神宮寺もよく知る男だった。


 「薬師寺獄門やくしじごくとか。電童の差し金か?」


 幽鬼のような男だった。その佇まいは陽炎の如く揺れている。全身を覆うような黒く長いコートは、その体躯を隠していて、まるで死神を連想させる。

 薬師寺獄門やくしじごくと。六道衆、『地獄道』を司る階位第六位。彼は他の六道衆とは大きく異なり、表の顔がない完全なアウトローサイドの人間だった。


 「私は……あなたを尊敬しています。神宮寺さん。その類まれな才覚、多くの極道達に畏れられる生きた伝説……。」

 「そうか、死ね。」


 神宮寺は組員から奪い取った拳銃を薬師寺に向けて発砲した。神速の射撃。抜くのと同時に銃声が鳴り響く。

 銃弾は薬師寺の額を貫く。額から血を流し薬師寺は倒れる。神業と呼ぶに相応しい完璧な精度であった。

 更に倒れた薬師寺に対して数発。完全に動かないことを確認した神宮寺は、車へと乗り込む。キーを入れてエンジンを吹かす。だが奇妙だった。何度やってもエンジンがかからない。故障を疑ったがどこもおかしくない。


 「ですが……そんな生きた伝説もここで終わる。あぁ、悲しいことです。」


 振り向くと後部座席には額から血を流している薬師寺がいた。いつの間に移動したのか、神宮寺の目をもってしても認識できていなかったのだ。


 「……なるほど。腐っても六道衆の一人ということか。」


 神宮寺は呟く。そして車の座席から降りる。深呼吸を始める。周囲の空気が張り詰めていくようだった。薬師寺はただ黙って後部座席から神宮寺を眺めていた。

 奇妙な構えであった。中空には誰もいない。無に向けて、神宮寺は一魂集中を為していた。敵を背後に、何を考えているのか。その時であった。


 「喝ッッ!!」


 叫ぶ。空間にヒビが入り砕け散る。ひび割れた空間の先に、無傷の薬師寺が立っていた。

 幻覚───薬師寺は神宮寺と相対した時点で幻覚を見せていたのだ。その手段こそが彼のシノギに直結し、そして表に出てこない最大の理由である。

 この間、僅か数秒。一瞬のやり取りにて神宮寺はこの視界に映るものがまやかしであると看破したのだ。


 「素晴らしい……あぁ……そうです……私は貴方を尊敬します……そして……尊敬するあなたをこの手で殺せば……きっと私は新たなステージへと輝けるのです……!」


 薬師寺は感極まったのか、自身の身体を抱き震える。その様子に、神宮寺は眉一つ動かさず、ただ静謐に問いかけた。


 「六道会は薬物厳禁だ。クスリは駄目だというのが会長オヤジの教えだ。」


 違法薬物の反応には強い幻覚作用があるものもある。過剰な摂取は死にも繋がる異常幻覚へと繋がり、脳を蝕み現実の感覚を奪い去る。


 叫んだのは所謂スイッチの切り替えである。薬物による幻覚反応はつまるところ脳の異常反応。ならばその反応を正常化させれば良い。神宮寺は"技"で、薬物の幻覚を断ち切ったのだ。

 だが、神宮寺は力が抜けたかのように膝をつく。ガクガクと揺れて、身体が自分の身体のようではなかった。


 「蠱毒百計。私のナーガ・ラ・トリシューラ。認証武装コーデットアームズは既に発動しています。」


 『地獄』を司る薬師寺獄門に与えられた認証武装。それは彼の持つ多種多様な薬品をブレンドし散布するガス兵器。今もこの地下駐車場には、違法薬物が充満していた。

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