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誰がために

 ───神宮寺との話で、藤原家没落事件の詳細を調査するのに丁度良いものがあると聞いた。旧藤原邸である。曰く付きという建物として知られている。

 没落してから差し押さえられ競売にかけられたのだが、落札した業者が改修工事をしようとすると決まって作業員たちに不幸が訪れるのだ。

 いっそのこと解体も検討したようだが、解体業者の社長が不審死を遂げることになり、それからは旧藤原邸に関わるものには不幸が訪れるという噂が広まった。

 そう、藤原不人ふじわらふひとの祟りだと、人々は畏れるようになった。まるで藤原家以外を拒むかのように。

 どうしようもなくなったため、落札業者は売却を不動産会社に依頼したが、今も買い手がつかないという。皆が恐ろしくて手を出せないのだ。


 それが幸いした。ココネの父でもある藤原不人は本当に自殺だったのか?当時のまま残っているその邸宅に何か残っているかもしれないということだった。

 ただ買い手がいないだけで、その金額はやはり高額であること。それに加えてココネも藤原家の人間なのだし、無断で購入するわけにはいかない。

 よって俺は旧藤原邸の不動産資料を集めてココネと話をすることにした。


 「それで話っていうのは何かな。このあとアリードに行くんだから手短に頼むよ。」


 流石に大事な話であるためスマホで伝えず直接、顔を合わせて話すことにした。夏休み中であるため、学校ではなく近所のカフェで待ち合わせをした。

 俺は集めた資料を取り出し机に広げる。ココネは不思議そうに資料に目を通した。みるみるうちに表情が変わっていく。


 「これは……どういう意味かな……?」

 「旧藤原邸。ココネの実家だろ?買い戻さないか?お金なら十分溜まってきているし。」

 「い……いやいや……なにを言ってるんだ天理。見なよこの値段。確かに今の私たちに買えないことはないが、なんの意味があるんだ?ただの負債だよ。合理的じゃあ……ない。」


 ココネは俺と目を合わせようとせず、資料をただ見つめながらそう答える。心なしか声が震えている気がした。


 「意味はあるさ。ココネ、まだあのアパートに住んでるんだろ?流石にセキュリティ的によくないよ。年頃の女の子が住む場所にしてもね。それにこの家は元々ココネの住んでた家だ。馴染み深いじゃないか。」

 「べ、別に私のことが心配なら引っ越すさ!確かにあのボロアパートは防犯上良くないし、別に愛着はないからさ。」


 言葉とは裏腹に、ココネの口元が歪んでいた。揺れているのだ。今、こんな高額な買い物をする合理的な理由がないため、それを否定すべきと考えているが、それとは別に本心は自分の故郷ふるさととも呼べる実家を買い戻すことに。

 誰だってそうだ。生まれ育った実家というのは思い出が詰まっているもの。そう簡単に手放せるものではない。


 「ココネ、俺のことなら気にしないで良いよ。これは俺も望んでいることなんだ。別にココネのためだからとかじゃない。それに前にココネは言っただろ?財界に入るなら相応のものを求められるって。住居もそうなんじゃないか?藤原家のココネとして、新しい一歩を踏み出す良いきっかけじゃないか。」

 「天理が……望んでいる……?私の実家を買うことに……?どうして……?」


 不思議そうにココネは尋ねる。兄の殺人容疑を白日の元に晒すため。そんなことは当然言えまい。ただ、もしもそれが事実だとするのならばココネにも知る義務はある。故に遠回しに俺は答えた。


 「旧藤原邸は多くの財産が差し押さえられたと聞くけど、その全てがというわけではない。あの家には藤原家が残した記録がある。俺はそれを知りたい。どう生きてきたかを全て。」


 痕跡はいくら消しても残るもの。もしも本当に理段が実家で親殺しをしたというのなら、それはどこかに残るはずだ。俺はそれを知りたい。敢えて理段には触れなかった。変な勘ぐりをされてはまずいからだ。


 ココネは信じられないというように目を見開いた。彼女は自分の気持ちを隠せなかったのか、少し頬を染めて俺の方を見た。俺も真剣な表情で見つめ返す。心が踊るのか少し微笑んでいた。

 だがそれも束の間だった。突然、現実を思い出したかのように表情に影を落として、作り笑顔を浮かべる。


 「ありがとう、嬉しいよ。でも……天理が思うほど藤原家は大層なものじゃないよ。だから……」

 「禁忌の血族とかいうやつのことか?神秘的な力が宿るとかいう。」


 驚いた表情をココネは浮かべる。同時に顔が青ざめて、俺から目をそらした。「ち、違うんだ……隠してたわけじゃあ……」とボソボソとらしくない態度を見せる。

 藤原家のことは既に神宮寺から聞いている。人の姿をしているだけの別存在。異常螺旋の傾向進化。

 思えばココネには俺がそのことを知っているとは伝えていない。いい機会だった。


 「ココネが何者だろうと関係ないよ。それは今まで付き合ってきたんだから分かってる。それに隠してた何て思ってもない。親しい仲だろうと家族の全てを話す人なんていないさ。他人がどう思っていようが、俺にとってココネは普通の女の子さ。」


 だから、自分の生まれを卑下する必要なんてないんだ。俺は彼女にそう伝えたかった。

 ココネは自分の血筋を引け目に感じていた。周囲からの奇異の眼差しは他の人とは違うということを嫌でも感じさせる。彼女はきっと普通の人生など送れないと思っているのだろう。

 だがそれは違う。俺はココネのことを見ている。何も変わらない。人間性とは精神性に宿るものだ。俺の知るココネは禁忌の血族と呼ばれるような、穢れた存在ではない。


 彼女はそれを聞いて涙を零した。初めて自分のことを認められたと感じたのだろうか。頬を伝う雫に気がついたのか慌てて顔を逸らし手で拭い去る。

 ココネは話したくなかった。身体に流れる穢れた血。誰もが一歩引いた目で見ていた。幼い頃からずっとそんな目で見られてきたのだ。まだ感受性が豊かな幼少期からずっとそんな日々を送るというのは、どれだけの苦痛か想像に容易くない。

 だが天理の言葉が、そんな自分を認めてくれると言う言葉が、今までの自分を肯定してくれたようで、ココネにとって初めて自分のことを好きになれると感じた。

 他ならぬ、天理の口からその言葉が聞けたことが、ココネにとって涙溢れることに十分たる理由であることを、天理は知らない。

 故に天理は狼狽えた。失言であったかもしれないと、取り繕おうとしたが、ココネはそれを静止する。


 「は、どこで聞いたか知らないが、変わり者だね天理は。そこまで知っていて、なおもそんな態度がとれるなんて。」


挿絵(By みてみん)


 そんな言葉とは裏腹にココネは目を擦り、笑顔を浮かべた。


 彼女に隠し事は無しだ。兄の話も……いずれ全てが分かったら話そう。その結果、彼女と決別することになるとしても……それは仕方のないことだ。

 未来からやってきたという荒唐無稽な話、殺される未来が待っている事実……信じてもらえる根拠は今のところないが、それでもいずれは話さなくてはならない。それが俺の為すべき、彼女と手を組んだ目的なのだから。

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