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少年法第二十条第二項

 ミカも神宮寺も呆然としていた。当然の反応だろう。偽装婚約、偽装結婚は法的倫理的に許されざる行為だ。


 「……あー、つまり……蒼月くんと藤原の娘には何もなくて、一時の相互利益のために手を結んだ同盟関係だと?」

 「はい、そのとおりです神宮寺さん。」


 俺の答えに神宮寺は深い溜息をつく。ミカは顔を手で覆い「マジかよこいつ……」と項垂れていた。失望したのだろうか。俺の価値は所詮、藤原家という名家に見初められた婚約者としての価値しかなかったということだ。

 ミカは口を開こうとしたとき、神宮寺はそれを手で遮る。


 「ミカ、それは無粋だ。蒼月くんがそうなら俺たちが何か言うことはないだろう。」

 「えー……相棒がそれ言うぅ?わーったよ、んじゃあよ蒼月、実際のところ気になる女の子はいんの?あ、これは俺のただの好奇心ね。」

 「……いる。俺はその女性のために藤原理段を止めなくてはいけないと思ってる。それがココネの兄だったのは本当に偶然だけど……俺の行動原理はそこなんだ。」


 茜の名前は敢えて出さなかった。彼女は本当にただの一般人。こんな話に名前を出すこと自体、何かよくないことにまた巻き込まれてしまいそうで怖かった。


 「勿体ぶった言い方すんなよ、それって司ちゃん?」

 「え?いや違うけど。」

 「違うのかよ!!!」


 なぜ司の名前が出るのか分からなかったが、よくよく考えればミカが知っている俺の異性交友関係はココネを除けば司くらいしかいないのだから、消去法で聞いてきたのだろう。


 「ミカ、あまり他人の色恋沙汰に口を挟むな。まぁ俺もちょっと突っ込みかけたけど。いや突っ込むか?ざけんな偽装なら司さまと結婚すりゃ良いだろバカがーっ!!俺の心労、お前考えたことねぇだろ!!」


 神宮寺は席を立ち怒鳴る。それをミカは「おい、落ち着けって相棒」となだめた。両肩で息をし、少し落ち着きを取り戻した神宮寺は話を続ける。


 「しかし偽装婚約、ということなら合点がいった。まず約束しよう。私もミカもこのことについては生涯の秘密として墓の下に持っていくことを。良いなミカ?」

 「あー蒼月が俺たちを信頼して話してくれたことだ、拷問されたって答えねぇよ。もう二度とこの話題をしないことも誓う。」


 二人は真っ直ぐな目で俺にそう答える。良かった。この二人は本当に信頼できる大人だった。俺の言葉を真摯に受け止めて、それに応えてくれる。


 「そして再確認だ。藤原理段は蒼月くん、君の"敵"として考えて良いのか。場合によっては殺害という結末になっても、それで構わないのか?その意味は、分かるな?」


 それは覚悟を問う質問。意図は分かる。理段はココネの実の兄だ。つまり理段に不幸がある場合は……当然ココネは悲しむことになる。家族の絆の深さは……七反島ななたんしまで嫌というほど知った。ひょっとしたら、俺はココネに憎まれるかもしれない。

 これまでおれは青薔薇の男、理段を殺してしまえば良いと思っていた。でもそれは違う。理段にも家族がいて……それは他ならぬ俺の身近な人で、そしてどうすれば良いのか途方に暮れていた俺に手を差し伸ばしてくれた人に違いはない。

 揺れていた。理段の殺害は、ココネの不幸にも繋がる。彼女の夢である家の再興は遠くなる。彼女の夢を否定してしまうことになる。


 「それで良い。真っ先に殺していいと言っていれば、俺はお前を信頼しなかった。」


 答えかねていた俺を見て神宮寺はそう答える。


 「殺すという手段は簡単なことだ。だがそれはあくまで最終手段。何も考えずにそのような選択肢をとるのは、ただ楽な道を行こうとしているだけに過ぎない。蒼月くん。君が真っ当な心の持ち主で良かった。君はそのままで良い。例え卑怯者だと罵られようと、君は藤原の娘が好きになってしまっているのだろ?恋人としてではなく、一人の人間として。」


 俺の心の内を見透かしていたかのように神宮寺は答える。俺は頷いた。卑怯かもしれない、強欲なのかもしれない。ただそれでも、やはりココネは一人の人間として好きなのは事実であり、彼女が悲しむようなことは避けたいと思う。

 昔だと考えられない心境。でも今なら分かる。復讐鬼と化した愛夢たち……彼らの姿を見て、俺は彼らのようにはなれないと、分かってしまったのだ。

 ただ、それでも妻を思う気持ちは変わりない。理段を何とかしなくてはならないという焦りはある。


 「しかし……偽装婚約ならなぜ理段のことが気になるんですか?関係ないでしょう。奴は理性的ですよ。別に妹が偽装婚約していようと理由があるなら別に意にも介さないでしょう。」


 真っ当な疑問だった。もう隠し事はやめだ。彼らには説明をしなくては今後の話が上手くできそうにない。信頼するのだ。仲間として。


 「理段は俺の愛している女性を殺そうとしているからです。いずれ彼女は奴の手で殺される。その未来を避けたい。だから助けが必要なんです。可能ならば法の裁きを与えたい。」


 『殺す』という響きにミカと神宮寺はピクリと反応する。突然のことすぎて変に思われたかもしれない。

 自分で言っておかしなことに気づく。理段が殺人を犯すのは未来の話。未来の罪をどう裁くというのか。


 「あぁ、理段が犯罪者前提に話すというのは間違ってないです。奴は殺人、脅迫……既にどす黒い手に染まり切ってますから。ただ証拠がない。」


 取り繕うとした俺を、神宮寺は訂正した。そしてハッキリと口にした。理段は犯罪者であることに違いはないと。


 「証拠がない?じゃあ何で神宮寺さんは知ってるんです?」

 「例えば山の中で巨大な鉤爪に引き裂かれた死体を見つけて『この死体の犯人は分からないので何もできない』と判断する者はいますか?誰だって熊の仕業だと考えるでしょう。理段の犠牲者とはそういうものなのです。おおよそ人の仕業のようには見えないのに、人でなくては出来ない犯行。さて理段を罰することはできますか?」


 疑わしきは罰せず。それは法の原則である。そう言われると俺は何も言えなかった。


 「だが、逆に言えば理段は罪の発覚を恐れているということです。藤原家が化け物だとしても人間社会とは組織的なもの。犯罪者の烙印を押されると彼としても不本意なのでしょう。」


 化け物。そうだ、藤原家は女性に神秘的な力が宿ると聞いていた。だが……ホテルで見た奴の姿は、奴の佇まいはとても人のものとは思えなかった。神宮寺の話と矛盾する。アレは、ココネよりも遥かに力強く、邪悪さを感じさせたのだ。

 そんな俺の疑問に、神宮寺は答えた。


 「藤原理段は例外です。アレは隔世遺伝。生まれ持って生まれた禁忌の子です。」


 隔世遺伝とは先祖が持つ遺伝的性質を遠く離れた子孫が発現するもの。遺伝学的に不思議ではない現象である。ただし藤原理段の場合はありえてはならなかった遺伝。本来女性のみが有する完全な遺伝を、あろうことか男性の身で体現してしまった。

 その力は伝承に伝わる英傑、かつての大百足退治の英雄にも匹敵する。


 「ただ先程も言ったとおり、個の力がいくら強大であろうとも、現代社会では人の群としての力には敵わない。人類とはそのようにして進化してきましたからね。かつての力も今となっては……といったところです。そして、そこに勝機がある。」


 いよいよ本題だ。神宮寺は既に藤原理段に対して何か特別な感情を持っているようだった。俺とは別の、打倒すべき敵として。ゴクリと生唾を呑み込む。


 「鍵は『藤原家没落事件』です。」


 藤原家は没落した名家。それは何度も聞いた言葉だった。だが何故それが理段と関係するのか、俺はピンと来なかった。


 「理段は自らが犯した罪をあらゆる手を使い抹消しています。ですが『藤原家没落事件』だけは違う。警察は未解決事件として記録に残している。表向きは当主の自殺として幕を閉じていますがね。」


 『藤原家没落事件』

 それは藤原家が事業に失敗し、当時の当主は責任を感じ自殺したもの。その際に藤原家の財産は全て差し押さえられた。幼いココネは引き取り手もおらず、一人で生き続けていたという。その時、兄である理段は海外で活動をしていたという。


 「神宮寺さんは……その事件が理段により起こされたものだと?」

 「そうだ。ほぼ間違いないと見ている。そもそもあの事件は不自然でしかない。藤原家の血筋に宿る頑強さは、肉体だけではない。その精神もまた、屈強なのだ。例え血が薄まろうと、自殺をとるなどと、考えられない。」


 事件当時、警察の捜査は驚くほどに短いものだった。マスコミもまったく騒がずあっという間に風化した。当時、神宮寺はまだ若かったため事件の詳細は知らない。

 ただ、奇妙なのだ。あの藤原の血筋が、何も残さずただ死ぬなど。

 "待望の"藤原心音ふじわらここねという藤原家の女性が生まれたというのに、死を選ぶなどと。

 全てが不自然。奇妙でしかない。

 理段ではなく別の何者かに殺害された可能性も考えた。だがその考えはすぐに消えた。事件当時の屋敷の惨状。まるで獣が暴れ回ったようだという。


 ───それは、先程神宮寺が言っていた"理段の手による犠牲者"と一致するのだ。


 違う点は唯一つ。犠牲者である当時の藤原家当主、理段の父親は首を吊り死んでいたという点のみ。


 「理段は何らかの理由でこの事件の証拠を抹消できなかった。あるいは別の事件として整理できなかった。そこが隙なんです。」


 ココネの家の写真立てを思い出す。幼いココネの写真。あれは小学生くらいだろうか?ということは4、5年くらい前の事件ということになる。


 「神宮寺さん……一つ問題があります。少年法です。理段は若々しく見えました。その事件が起きたのは数年前。当時、少年だった理段に責任能力を問えますか?」


 俺の質問に神宮寺はニコリと笑って答えた。


 「当時の理段は16歳を過ぎている。」


 未成年───それは少年法の適用内。いや、待て……16歳?


 「そして今の理段は24歳。事件はまだ発覚していない。」

 「少年法第二十条第二項の適用による検察官送致……!」


 少年法では事件当時が少年法の適用内であったとしても、事件の発覚時点で成人済みである場合、検察官送致……即ち刑事罰にかけることが可能なケースがある。そのケースとは色々とあるのだが……。


 「そうだ、藤原理段により藤原不人ふじわらふひと殺人事件を、俺たちの手で立証する───。」


 殺人事件。

 藤原理段による親殺し。ココネの父親でもある藤原不人ふじわらふひとの殺害を、立証するというのだ。

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