告白
俺と神宮寺が知り合いだったことにミカは驚きを隠せない様子だったが、すぐに気を取り直し席へと座る。相変わらず出てくるのは水しかないようで、神宮寺はもてなす気は皆無のようだった。
ミカと神宮寺は古くからの付き合いでお互い、仕事柄一緒にすることも多いという。ミカは親しみを込めて神宮寺のことを相棒と呼んでいるが、神宮寺自身は「ミカが勝手に言ってるだけだ」と否定的だった。ただ嫌悪感というものがあるわけでもなく、二人の間には友情のようなものを感じさせた。
そしてこの部屋こそが、ミカの言う信頼できる場所。最新鋭の防犯設備が整っており、盗聴の可能性は皆無であるという。秘密の話にはもってこいなのだ。
そういうことなら話が早い。俺は雑談を始めた神宮寺とミカの間に割って入った。
「今日来たのはミカに依頼があって、そのことについてだったんですけど……神宮寺さんと話すとは知りませんでした。実は神宮寺さんに別に聞きたいことがあったんです。」
「ん?ミカの依頼とは別の話ですか?ならミカには席を外してもらいますか?」
その必要はない。どちらかというとミカにも知ってもらいたいというのもあった。ミカだって猛には世話になったわけだし、事情を聞いて味方してくれるかもしれない。
俺は猛から聞いた神道政策連合と六道会の話を神宮寺に伝える。神宮寺は事あるごとに頷き黙って最後まで聞いてくれた。
「なるほど……まぁ原因は我々にあるといっても過言ではないですね。ただそういうことなら問題ないです。」
素っ気ない返事に俺は呆気にとられる。神宮寺は続けた。
「六道会の多少の無茶は見逃すという密約は期間限定です。極道にも構成員がやられたら面子が立たないというのはありますが、羅刹とその部下は厳密には六道会ではありません。下手に報復をすれば関係性を疑われ暴対法で捕まります。それに猛という男は羅刹も退ける実力者なのでしょう?六道会側としてはリスクの多いシノギです。恐らくですが七反島の一件以降、『みんなの家』や猛自身に何も起きていないのではないでしょうか。」
言われてみると猛は毎日学校に来ていてソワソワとしているが、襲撃のようなものはなかったという。『みんなの家』についても俺もあれからちょくちょく状況を聞いているが、猛から聞いたような嫌がらせの数々は目の当たりにしなかった。
良かった……俺は大きくため息をついた。結果でいえば焦ることでもなかったのだが、自分が原因で起きた猛たちを襲った不幸が、無事に解決の方向に向かっていることに安堵したのだ。
そんな様子を神宮寺も察したのか「まぁ念のため六道会へは私から念押ししときます」とフォローもしてくれた。
「そうだ、それと猛が気になることを言ってたんですけど……司が洗脳技術に卓越しているって……どこからそんなデタラメが流れたんですかね?」
「ん?あぁそれは事実ですよ。他ならぬ私が伝えたことですし。」
態度一つ変えず、同じように素っ気なく神宮寺は答える。俺の頭の中は真っ白になった。突然のことすぎて、何と返せば良いか分からなかったからだ。
「マイナスイメージが強い言葉ですけどね……例えるなら好きな女の子ができたときとか分かりやすいのではないでしょうか?人は恋をすると普段の思考傾向にその恋した人物が浮かび上がる。いつの間にか、その恋をした人物中心に思考も誘導されるようになり、趣味嗜好まで変わる。これも立派な洗脳の一つでしょう?」
「えぇ……そうなんですか?愛を洗脳と言うのは違和感が……。」
「洗脳という言葉に負の印象が強いからでしょう。ですが定義としての洗脳を考えると、恋、愛……それらは立派な洗脳の一つなのです。つまるところ奉条司の洗脳とはそういう類のもの。恋をさせるというわけではないですよ?まるで恋する乙女のように、人の心理に入り込み、その優先順位を取り替える。それが卓越しているのです。テレビとかでたまにいませんか?何をしても笑って許される人とか、特に優れた能力もないのに愛されている人。」
その例えを聞くと合点がいった。愛が洗脳という言葉に抵抗感があったが、そう聞くと確かにそういう人物はテレビでたまに見かける。
「まぁーつまりそういうことです。もっと他に例えるなら猫とか小動物ですか?大体の人はああいうの、特に理由もなくかわいがって守ろうとするでしょう?」
「あ、なるほど。その例えは凄く分かりやすいかも。人は猫の下僕だなんて聞きますね。じゃあ神宮寺さんも司にはそういう感情を?」
「いいや?私はそういう類の人間ではないので。まぁともかく、蒼月くんが感じてるほど邪悪なものではないということです。私が警告したのは、極道が小娘に良いようにされるなよという警告の意味合いだったのですが……伝言ゲームのようになったようですね。」
そこは正直納得だった。神宮寺の態度は明らかに他の職員とは違う。俺も司も平等に接している。芯の強さ……というべきか、まるで大嵐に遭おうとも決して揺らぐことのない大樹のような強い意思を神宮寺からは感じさせる。
つまるところ、俺は心の奥底で、神宮寺のそういうところを信頼していたのだ。正直たまに怖いところはあるが……彼は俺にとって数少ない「頼れる大人」なのだろう。
「そういえばここに案内してもらう時に職員の方が、俺と司は婚前交渉をしているとか思われてたんですけど……。」
「みたいですね……いやホント受ける。本気でどうすんのお前?」
クク……と愉快そうに神宮寺は笑う。
……前言撤回だ。「頼れる大人」かもしれないが同時に「嫌な大人」である。
いや、もっともこの事態を招いたのは十割俺が悪いので神宮寺を非難する立場ではないのだが。
「神宮寺さんの力でどうにかならないです?」
「できるわけない。無理だ無理無理。まぁ職員たちにバレて全殺しにされた時は、骨くらいは拾ってやるさ。」
フォローをしているつもりなのか、そう言って神宮寺は缶コーヒーのキャップに手を伸ばす。プシュと心地良い音がなる。それをゴクリと一口で飲み干した。「今日はコーヒーとかあるぞ?」と勧められたので俺はコーヒーを受け取る。
まぁ仕方のないことだった。俺も正直、調子に乗りすぎた。神宮寺は友達でも無ければ親でもない。そこまで親身になって手助けしてくれる理由はないのだから。
ミカも同じく受け取り口にした。ラベルには微糖と書かれていたが、それでも十分甘い味が染み渡り、疲れを癒やしてくれる気がした。
「んで、本題に入るけどよ。蒼月、まずお前の依頼は"藤原理段の調査"で良かったな?婚約者の兄だろ?なに?結婚前の身辺調査とかしたい口?」
ミカはコーヒーに一口つけたあと、俺にそう問いかける。本題だ。
「いや、そういうのじゃない……藤原理段からは何というか……ココネは別にして危険な悪意を感じさせるというか……。」
曖昧な言い方だった。説明が難しいが未来で起きる出来事を知っていて妻や自分が殺される可能性があるから、なんてのは間違っても言えない。
「蒼月くん、以前私は藤原家について話しましたよね?どういう心変わりです?」
「それは……すいません。そもそもココネの兄のことを知らなかったんです。」
「理段を知らなかった?藤原の娘が黙っていたと?蒼月くん、君のことを私は疑うわけではないが、それはおかしいだろう。どこに婚約者に自分の兄を伝えない輩がいるのだ。何かを隠しているな?」
神宮寺の言うとおりだ。婚約者なのに兄の存在を知らないのは明らかにおかしい。どう言い訳をしてもやりようがない。
俺にとって一番大事なことはなんだろうか。偽装婚約の継続……それは大事なことではある。理段とココネは別だ。あの日、ココネは俺を信じて自分の全てとも言えるものをなげうったのだ。それに応えなくてはならない。それは道理だ。
だが同時に俺にも俺の目標がある。そしてそのためには、信頼できる仲間が必要で……信頼してもらうためには全てを話さなくては不公平だ。
俺はゆっくりと口を開く。今から話すことは、絶対に他言無用であることを念押しして。
「ミカ、神宮寺さん……実は俺は……俺とココネは……婚約関係ではないんだ。偽りの婚約関係。お互いの目的のために、偽装している。偽装婚約なんだ。」
そう、俺は告白した。全てに決着をつけるために。





