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独りきりの戦い

 妻と理段が知り合い?聞いたことがない。初耳だった。

 無論、妻のプライベート全てを知っているなんて、傲慢な考えは持たない。それなら家に無警戒に招いたのも納得がいく。殺された理由も……。


 「いえいえ、茜さん。天理くんを助けたのは結果論ですが……まぁしかし良かった!何せ愛しい妹の婚約者だったのですから!」


 ちが───。

 そう言いかけた瞬間、俺は固まる。

 今、ここで否定してどうする?そもそも、妻との再会を喜んでどうするというのだ。彼女とは初対面のはずなのだ。理段の探しているプロメテウスとは俺のこと。未来を知っている異端者。今は記憶が曖昧のようだが、もし俺がプロメテウスだと知った時、理段は彼女を、茜をどうするのだ。

 決まっている。また、あのときのように殺すだろう。

 口を閉ざす。なぜ、茜が未来のことを知っているのかはわからないが、初対面の振りをしなくてはならない。


 「あ……ごめんねりぃくん。私のこと……ひょっとして覚えてない?いや、考えてみたらそうだよね。あはは、バカだなぁ私……本当に久しぶりだったから勝手に舞い上がって……。」


 彼女は照れくさそうに笑う。

 違う、俺は知っている。俺だってずっとずっと会いたかった。今すぐ抱きしめたい。そんな衝動を抑え、俺はポーカーフェイスに努める。


 「すいません……どこかでお会いしたでしょうか?」


 自分の言葉が自分の心を殺すようだった。ズタズタに引き裂かれ、切り裂かれる気分。それでも俺は表情を懸命に変えず平静を装う。

 俺の言葉に、妻は悲しそうな表情を浮かべた。だがそれも束の間で柔らかな笑みを浮かべた。知っている。これは彼女の作り笑いだ。つらい時があったとき、いつもこうして下手くそな作り笑いで誤魔化していた。

 全部知っている。あの頃とまるで変わりない妻の仕草が愛おしくて、そして切なかった。


 「すいません、天理くん。彼女はですね……うーんどう説明したら良いでしょう?プロメテウスの欠片……とでも言いましょうか。プロメテウスはですね、周囲に影響をもたらすんです。私もそうですし、彼女もそうでした。実は私がこの国に来たのも彼女を見つけたのがきっかけでしてね?今、彼女の交友関係を洗っているんですよ。」


 プロメテウスはその結びつきが強いものに記憶が残照として残る、という。

 即ち、俺が未来から過去に戻る際に、記憶の引き継ぎがその交友関係にも若干の影響を、断片的にだが与えるというのだ。

 理段の説明では要するに断片的な未来の記憶が入り込むような感覚だという。

 妻が知っているのは俺との思い出のみで、細かなことは知らないらしい。理段が言うには、プロメテウスの残照は本人にとって一番大切な記憶が残るという。理段にとってそれはトモダチであり、茜にとってそれは俺との思い出だというのだ。

 そうした説明をした上で、理段は「しかし……」と前置きをして言葉を続けた。


 「天理くんも茜さんの知り合いだったのですか。」


 ───


 ──────。


 生唾を呑み込む。

 それは胸をえぐり取るような質問だった。声のトーンがまるで違う。尋問を受けているような気分。理段の表情は変わらない。その海の底のような昏い瞳で、俺の目を見ていた。


 「いえ……初対面ですけど。」


 気圧されてはいけない。俺は心を殺し、初対面であることを訴えた。


 「なるほど、つまり天理くんにとっては茜さんとの結婚は大した思い出ではないということですかね?」


 その言葉に茜は「え……」と狼狽える。泣きそうな表情を浮かべて俺を見る。

 ふざけるなと理段の胸ぐらを掴んで怒鳴りたかった。だがそれはできない。だってそれは自白するようなもの。俺のことを、俺の存在を。そしてそれは妻の命を危険に晒すこと。

 それでも、黙ってはいられなかった。許せなかった。怒りを殺し、平静を装い、俺は理段の狂言に反論する。


 「いや……その、仮に俺が茜……さんと将来結婚するとして、俺がプロメテウスと関係しているか分からなくないですか?そもそも茜さんとは今日が初対面です。全然交友関係の無い相手なのだから、そのプロメテウスとやらと俺に付き合いがないのが自然で、未来の記憶がないのも自然では?」

 「む?いや、それは確かにそのとおり。いやいや失敬しました。将来の夫婦に対して失礼でしたね。」


 俺の言い訳ともとれる言葉に理段は一応の納得を見せてくれて、茜もほっとした表情を浮かべる。だが……


 「お兄ちゃん、それじゃあプロメテウスっていうのは大したことなくないか?だって天理は私と結婚するんだもの。」


 その会話に不満を抱いたのがココネだった。俺の腕を掴み抱き寄せる。まるで茜に見せつけるように。


 「んー?まぁ正直、誰と誰が結婚するかって大した問題ではないですからね?個人間の感情の問題でしょう?」


 つまり、未来予知とは言っても完全予知は不可能だという。個人の感情が左右されるもの。例えば明日の朝食はトーストだと予知したとしても、土壇場でやはり目玉焼きだとなることもありうる。

 そもそも今、起きている出来事の数々は既に俺の知っている未来とはかけ離れている。未来は変えられるのだ。そういう意味では未来予知というのは万能ではない。


 「大事なのは集合的無意識です。概念的な話ですけどね?今風に言うならばアカシックレコードなんて言い方でしょうか。要するに個人がどうこうではなく、世界は決められた動きがある。個人の働きでは変えられない未来。例えば未来予知が出来たとして、第二次世界大戦の開戦を止めることはできるでしょうか?無理ですね。」


 理段にとって大事なのはそういったことが分かるということだというのだ。世界情勢の移り変わり。その全てを前もって知ることができれば、それは世界の支配者となれる。それだけではない。人の意識が介在しない天変地異もそうだ。ただ……それさえも理段にとってはくだらないことだという。


 「プロメテウスが危険であり素晴らしいのはそういうことではありません。彼の力で一番狂っているのは、技術革新すら予知できるということです。未来でどんな技術が生まれるか分かる。それはつまり……。」


 それはつまり……人類の技術、叡智が飛躍的に進歩すること。世界情勢を知る、天変地異を知る、そんなことよりも遥かに凄まじい出来事。人類は有史以来、数千年をかけて技術を磨きあげ、そして宇宙にすら到達した。

 しかし、プロメテウスはそんな数千年の技術の研鑽をスキップできるのだ。未来での技術を現代に伝え、そして波及させる。それを繰り返すことで、人類の進歩は無限大に加速する。

 故に、プロメテウス。人類史を変える、人類に叡智を授ける神そのものなのだ。

 そして、その実権を藤原家が握る。それこそが、理段の目的であり、トモダチであるプロメテウスと交わした夢だった。


 「ふーん、なるほどね。まぁ確かにそれは凄そうだ。興味ないけど。」


 しかしココネはそんな熱弁にまるで興味を示さなかった。流石に理段も少しカチンと来たのかココネに詰め寄るが、ココネは兄の言葉をあしらうように答える。


 「だって技術がどれだけ進歩しようが他人事じゃないか。私は天理と結婚するんだから、関係のないことさ。なぁ天理?」


 同意を求めるココネ。俺は黙って頷くしかない。


 「ハハハ、我が愛しき妹ながら随分と天理くんのことを気に入っているんですね。いやよかった。そこまで好きになれる相手が見つかって。天理くん……兄として妹のことをよろしく頼みますよ?」


 理段は改めて深々と頭を下げて微笑みながら手を差し出した。握手を求めているのだ。藤原家の当主として、二人の関係を全面的に認めるという。

 今、この光景を茜は見ている。どんな気持ちで見ているのだろうか。記憶がある。俺との日々を覚えている。なのに今、目の前で別の女と結婚を約束し、その家族である兄にも関係を認められようとしている。

 もしも、俺が逆の立場なら、逃げ出していたかもしれない。心が張り裂けてしまいそうで。

 でも、でも、俺はこの握手に応じなくてはならない。

 これからは俺だけの戦いだ。ココネとの偽装婚約だけではない。俺自身と、周り全てを騙す戦い。妻の命を守るために。プロメテウスであることを隠し続ける。

 その先に、妻との愛しき日々が必ず戻ることを信じて。


 「はい、こちらこそ、よろしくおねがいします。理段さん。」


 俺は、理段の手を握りしめた。歪んだ感情が表に出ないように必死に抑えながら。必ず掴んで見せる。俺と妻のために。あの日だまりのような日々をもう一度この手に掴むために───。

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