狂った記憶
───俺は口だけだ。
強い自己嫌悪。愛夢と二郎は復讐鬼となって、その全てを投げ捨てて復讐に身を投じた。そしてその幕引きは彼らの死により終わった。
復讐、復讐と考えていた自分がバカみたいだった。
復讐とは、彼らのように人生全てを投げ捨てて行うもの。だというのに俺は一体何をしている?分かってる。妻が殺された理由、青薔薇の男……分からないことが多いのだから何も出来ない現実。
それでも壮絶な末路を迎えた愛夢と二郎を思うと、何か胸につっかえるものがあった。
人殺し。
未だにナイフで肉を貫いた感覚が残る。今も心が震える。人を殺すとはそういうこと。
初めて理解した。俺はまだそんな覚悟も持ち合わせていなかったことに。恐ろしくて恐ろしくて仕方がなかった。
加えて恐ろしいのは、この感覚が初めてではないということ。覚えがある。胸を突き刺した感覚。妻は……心臓にナイフが刺さっていた。
違う、俺はやってない、俺は
「天理?」
ココネの呼びかけに俺はハッとする。
「本当に大丈夫か?いや……気に病むのは仕方ないと思う。でも……天理があの時、動かなかったら私は殺されていた。殺人に良いも悪いもないのだろうけど、それでも救われたんだ。ありがとう天理。助かったよ。」
慰めてくれているのだろう。俺は悪くない、と。ありがたいことだった。そうだ、今日は色々ありすぎてナーバスになっているのかもしれない。悪い方にばかり考えがいってしまう。ありえない妄想ばかり浮かんで、支離滅裂なことばかり考えてしまう。
「ありがとうココネ。そうだな、少し休みたい……今日は本当に疲れた……。」
そう言いながらも、ズキズキと胸が痛む。この手で二郎を刺してしまった感覚が、今も脳裏から離れなくて、過呼吸になりそうだった。シロクを見る。一番この場で傷ついていたのは彼だったが、今は落ち着いている。
対照的に無限はバツの悪そうに、加齢を感じさせない威厳ある態度をとっていたのが嘘のように、精気を失った顔で、年相応の老人となっていた。この一晩で、相当老け込んだように見える。
色々と彼らと話をしたかったが、今はここから抜け出すことが先決だった。二郎をこの手で殺してしまったことの贖罪も……そこからだ。この脳裏に浮かぶ妄想は……ひとまずは後回しだ。
気を取り直し、まるで棒のようになった足を動かす。いつまでも、ここにはいられないのだから。
俺たちはエレベーターの前までやってきた。エレベーターが復活していないか一縷の望みに賭けたのだ。
ボタンを何度も押すが反応はない。そんな上手い話はないということだ。全員がその場に座り込む。もう体力の限界だった。日の出は近い。救助隊が来れば助かるはずだ。愛夢からショットガンも拝借している。仮に青木がこのフロアに現れたとしても、それなりに抵抗はできるはず。
皆、一言も喋らなかった。疲れ果てているのだ。特に猛とミカの傷は酷い。全身ボロボロで息が荒い。
チーン
エレベーターの音がした。全員に緊張が走る。動いていなかったのではないか?という疑問がわいた。
九条がショットガンをエレベーターへと向ける。エレベーターの扉が開かれる。
「えっとぉ……歓迎?されてるようには見えないかな?☆」
そこにいたのは愛華渇音。国民的アイドルで、今回のデスゲームにおいて青木に無理やりヒロイン役をやらされていた。そしてココネの話だと……共に行動していたというが……。
「愛華さんじゃないですか。今までどこに?」
九条は驚いたように尋ねる。そもそもココネの話も半信半疑だった。華奢で可憐なアイドルである愛華が、一人で青木の追っ手をどうにかしたとは信じがたかったからだ。
九条の問いかけに、愛華は目に涙を溜める。そしてあろうことか俺に抱きついてきた。距離的に俺が無防備で一番近かったからだと思う。
「おい、なにしてるんだこの女。」
すかさずココネは突っ込むが愛華は無視をした。
「よかったぁ……見知った顔がいて……!怖かったの、凄く恐ろしいものを見ちゃって……!あたし、ずっと怖くて……でもよかった。こうして一緒になれて……。」
「お゛い゛!天理から離れろ!!というか猫かぶるな!!お前素はそんなキャラじゃないだろう!!」
ココネはドスを効かせた声で愛華を俺から引きはがす。確かココネの話だと愛華はもっと感情の薄い態度で機械的な印象だったという。笑われるかもしれないが、夢でみた"アイカ"と一致するので俺としても違和感がない。だが……。
「ココネくん……うちの愛華は元からこうだよ?一体何を言っているんだ……。」
「お、お、おぉ……アイドルの愛華ちゃんがこんな近くに……藤原さん失礼だろ。彼女がそんな性格なわけないだろ。」
「いや、俺には分かる。藤原は妬んでいるんだ……。学校でもそこの天理とイチャついて酷かったぞ。」
「正直アイドルの素の性格とか、かなりどうでもいいので、なぜここにいるか端的に説明してくれませんか?」
誰一人ココネの言葉を信用していなかった。流石のココネも苛立ちを隠せない。そしてなぜか俺を睨みつける。
「い、いや俺はココネを信じてるぞ。ただ素のキャラとかは今はどうでもよくないか?」
どちらにせよ、愛華が何かを訴えようとしているのは明白だった。俺の言葉にココネも不満げだが「確かにそうだね」と不貞腐れるように答える。
「あ、ごめんなさい!あたしったらつい安心しちゃって……でも、でもね?本当に怖かったの……一緒に来てくれない?あのままにしておくわけにもいかないし……。」
愛華は一人エレベーターに乗ってきた。相変わらずエレベーターは特定階への移動しか操作が効かない。だが愛華がやってきたということは少なくとも、その移動先は安全であることを意味している。
俺たちはエレベーターに乗り込み階を移動する。行き先はロイヤルスイートフロアだった。
───奇妙だ。
何か鼻につく匂いがする。ロイヤルスイートフロアとは思えない奇妙な匂い。
「血の匂いがする。愛華、キミはなにを見た?説明しなよ。あと天理から離れろ。」
「説明しても信じられないと思うの……九条さんだっけ……?弁護士さんがいるのは良かったわ。これから色々大変だろうし……。」
突然、名前を呼ばれた九条は「ん?」と疑問符を浮かべる。全員がいまいち状況が飲み込めていない。ただ不穏な空気がするのは確かだった。
愛華が案内したその先には半開きの扉があった。ドアノブが破壊されていてぶら下がっている。そして、匂いはより強くなる。もう全員が察していた。この先には……。
ゆっくりと愛華がドアを開く。建て付けが悪いのかギィィィと音を立てて扉は開かれる。
俺たちは恐る恐る中へと入った。
「うっ……!」
部屋の壁は大量の血で汚れていた。家具は滅茶苦茶に荒らされていた。そして、部屋の中央には死体があった。血まみれの死体が。見知った顔だった。全員が戸惑いを隠せなかった。
その死体は、俺たちを狂ったゲームに招いた、青木本人だったのだから。





