ケルベロス
───愛無と二郎はホテルのフロアを徘徊している。福富シロクを見つけて捕らえるためだ。銃を構え、一つずつ部屋を漁る。だが時間もない。いずれは夜が明けて、嵐が過ぎ、福富グループの私設軍隊がやってくる。タイムリミットは近づいているのだ。
「……クク、ビンゴだ二郎。連中どうやら気が付かなかったようだ。」
無論何もしていないわけではない。愛無はフロアの要所に塗料を撒いていた。照明が落ちていて薄暗いフロア内で、ハンディライトを使わないと見えないようなもの。地面には足跡があった。二人分だ。蒼月天理と福富シロクは二人で行動していると確信した。
塗料の痕跡を辿る。ブティックだった。慎重に中に入る。装備は圧倒的優位とはいえ、ブティックはマネキンも多く、人影だけでは判断がつかない。
「ここにいるのだろう!降伏しろ!でなければ見つけ次第撃つぞ!」
愛夢は叫ぶが返事は静寂。しかし確実に追い詰めていた。塗料の跡を辿り……。
「チッ、気づいていたか。」
舌打ちをする。そこは革靴のコーナー。ブラシやワックスなどが置かれていた。そこで塗料が途絶えている。気がついてここで磨き落としたのだ。
痕跡は途絶えてしまった。もうここにはいないだろう。急ぎ離れたに違いない……。だがそこで愛夢は閃く。
藤原ココネから奪ったスマホを取り出す。蒼月天理と相互に追跡アプリを入れていてお互いの位置情報が分かるという。バカップルぶりに失笑したが、同時に閃きがあった。
もしかすると、まだ蒼月天理はこのアプリで位置情報が筒抜けであることに気がついていないのではないかと。
アプリを開いた。位置情報はあり。追跡アプリは移動履歴も記録されている。数分前までホテルのフロア内を動き回っていたようだった。そして今……留まっている。この店内に。
愛夢の口元が歪む。なるほど、敢えてこのブティックに留まることで煙に巻くつもりだったのかと。だが、その小賢しい浅知恵は無駄に終わった。恨むのならば、自分たちのバカップルぶりを恨むのだなと、愛夢は勝利を確信する。
追跡アプリは極めて精度が高く、ホテルのフロア店内の位置まで丁寧に描写していた。それが仇になったのだ。
「ネズミめ……だがその小賢しい立ち回りもそこまでだ。そこにいるのは分かっている。降伏しろ。」
天理たちを追い詰めた愛夢と二郎はブティックの奥、カーテンで仕切られた倉庫のような場所に向けて話しかける。追跡アプリはここを示している。
だが、反応はない。
愛夢はショットガンの引き金を引いた。ズドン!と音がして、パラパラと音がする。散弾が撒き散らされ、カーテンは一撃でボロボロになる。
「撃てない、と思っていたのか?甘い考え……なに?」
いない。人影一つなかった。代わりにあったのは地面に置かれたスマホ。とっくに気がついていたということだ。これは囮。まんまとおびき寄せられていた。
愛夢は二郎を突き飛ばす。そしてナイフを手に取り、拳銃を抜いた。あらゆる事態に対応できるように。だが……杞憂だった。罠の可能性を考えたが、逃げることで頭が一杯だったのだろうと、愛夢は思った。これは逃走のための時間稼ぎに違いないと思った。
───それが慢心。焦った様子で二郎が銃を向ける。
「に、兄ちゃん!後ろ!!」
「なに───?」
気がついた時には既に遅い。突然胴体に叩きつけられる衝撃。それと同時にパチン!という音がして両腕を拘束する。何が起きた、いや、この男は何をした───!?
「お前が……福富シロクか……ッ!!」
影に隠れていたのはシロクだった。
『散弾は貫通力はないからコンクリートの壁は抜けない』
ミカの言葉だった。ショットガンは人体に命中すれば致命的な傷を負うが、その貫通力はそれほど高くはない。ブティックにあったマネキンを束ねれば十分防弾の役割は果たせる。
シロクはマネキンの山に潜んでいたのだ。薄暗さというのもあったが、まさか囮のすぐ近くに潜んでいたなど、愛夢たちは思いもしなかった。
「愛夢お兄さん、それに二郎お兄さん!俺は戦うつもりはないんだ!!」
シロクが手に持っているのはさすまただった。暴漢対策グッズ。危機意識の高い店ならば置かれている一般的なもの。ただし、ただのさすまたではない。警視庁監修、対人用瞬間的拘束用具キャッチマスター。通称"ケルベロス"と呼ばれるそのさすまたは、先端に板バネを利用した拘束ベルトがついており、さすまたを当てた相手を問答無用で拘束するグッズなのだ!
拘束ベルトが愛夢の身体に一瞬にして巻き付き、持っていたショットガンを落とす。
補足:本作ではケルベロスと呼ばれるさすまたは警視庁監修とありますが、実際は栃木県警が民間企業と共同開発したものになります。





