表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/313

貧者たちの国

 無限は全てを察した。怒りや悲しみは湧かない。知っていたからだ。世の中にこういう人間がいるということは、とうの昔に、福富グループの長男として生まれ、教育を受けていたから。対処法は簡単なことだった。福富家の帝王学では基本だった。


 貧者は救う価値がない。ここで言う貧者とは経済的に貧しいものではない。例え経済が困窮しようとも、矜持を失わない人間はいる。アンナもそうだった。だが、心が貧しいものは救う価値などない。組織の癌であり、国家の癌なのだ。癌は切除する。手を差し伸べる必要はない。彼らは腐るべくして腐り、堕ちるべくして堕ちるのだ。

 不安そうに見るアンナに「見ないほうが良い」と優しい言葉をかけて、無限はその場をアンナと共に後にした。既に無限の決意は決まっていた。


 家に帰った無限は棚を漁る。封筒を手にする。札束が入った分厚い封筒。無限はその札束が入った袋をアンナに渡す。アンナは何のことか分からなかった。

 それはアンナに黙って食費や教材費を削りやりくりし、大学でのアルバイトを少しずつ貯めて作ったお金。本当はアンナとの結婚式、そして結婚指輪に使うつもりだった。福富グループのお金じゃない。自分で稼いだ、自分で切り詰めた自分だけのお金。その全てをアンナのために捧げるつもりだった。それが無限にとっての、この国でできた"もう一つの夢"のゴール地点だった。


 「この国はこのままだと終わる。最悪の国へと堕ちる。すまない。君との結婚は遅れることになるが、俺はこの国を救わなくてはならない。俺の夢のためだけじゃない。君が生まれたこの土地が、穢されていくのを見ていられない。」


 無限は帰国を決意した。福富グループの長男として財界の頂点に君臨する。そしてこの国に外圧を与える。愚かな貧者たちを追い出し、正しき道へと舵を取り直す。その力と環境が自分にはある。だから、見過ごすことはできなかった。

 アンナは封筒を受け取る。それは妊娠中の彼女でも十分生きていけるお金。封筒の中のお札は酷くボロボロで、無機質なものだというのに、それは今までの無限からのどんなプレゼントよりも強い想いが込められていて、重たいものだった。彼の決意。苦渋の決断。深くは語らない彼の過去。そんな複雑な気持ちが込められていた。


 「私、待っています。何年経とうとも。あなたがまたこの部屋に帰ってくることを。」

 「当たり前だアンナ。俺は必ず戻ってくる。この国を救って、そしてもう一度やり直す。俺には君しかいない。愛しているよアンナ。」


 無限は強くアンナを抱きしめた。ボロボロのアパートの一室。だけれども二人にとってここは理想郷で永遠のもの。窓から入る陽光は揺れるカーテン越しにまるで木漏れ日のように二人を照らし、まるで二人の幸福を祈っているかのようだった。

 

 帰国した無限はその卓越した手腕で福富グループを瞬く間に再建した。財界に対しても強い発言力を持つようになり、彼の国……アンナのいる国に対して直接干渉できるほどの影響力を持つまでに至ったのだ。それは傍から見ると狂気の沙汰。凋落しかけている国に対して異常なまでに投資。しかしその根底は愛ゆえだった。

 こうして無限は彼の国へと強い圧力により腐敗を正し、独裁者たちを追放することに成功した。独裁者のいなくなった彼の国の資産価値は爆発的に上昇し、底値で異常なまでに投資をし続けていた福富グループは莫大な利益を得ることになる。周囲はその手腕を褒め称えたが、無限にはどうでもよかった。

 全てが終わり、無限はまた福富グループから姿を消したのだ。アンナとの約束を果たすために。


 久しぶりに戻ってきた場所は何一つ変わっていなかった。独裁者の手により国は貧困へと窮したが、もとより無限が済んでいた地域は貧困者たちが住む場所。変わりようがないのだ。

 懐かしさを感じながら無限はその貧困街を歩く。落書きだらけの壁、崩れかけの石造りの建物、地面に散乱しているゴミ。お世辞にもいい場所とは呼べない。だが確かに無限はそこでの生活が輝きに満ちていたのだ。

 胸を高まらせながら足を進める。あの曲がり角を曲がれば見える。彼女と二人で住んでいたボロアパート。あれから帰国して豪華絢爛なマンションに暮らしていたが、無限の理想郷はそこにあった。質素でも良い。不便でも良い。隣にアンナがいて、共に笑いあったあの場所こそが理想郷なのだと。


 「あ……。」


 思わず無限は呟く。そこにはあの時と変わらない、ボロボロのアパートがあった。子連れの女性がいた。まだ子供は幼いようで、女性は優しく子供の手を握って仲睦まじく歩いていた。買い物帰りなのだろう。手には大きな買い物袋があった。後ろ姿だけれども、無限はすぐにわかった。

 無限はその買い物袋を優しく支える。突然のことに女性は困惑して無限の方を見た。


 「ただいまアンナ。約束を果たしに来たよ。」


 アンナは少し驚いたような表情を浮かべる。やがて少し目が潤みだすが、


 「おかえりなさい、無限さん。」


 そう言って、あの時と変わらない微笑みを浮かべたのだった。

 その時、連れていた子供こそが福富愛夢ふくとみあいむ。後に落胤として虐げられる運命を背負うことになる子供であった。


 「この子が俺たちの子供……けどどうして愛夢あいむか。由来を聞いても?」

 「無限さんの名前から。無を夢に変えて、あなたのように、夢を愛してほしいと思って。」

 「なるほど、いい名前だ。俺たちの長男に相応しい、希望溢れた名前。」


 幸せだった。ここが自分の居場所だと、本当に無限はそう思った。ここから、自分の人生が始まると信じて。


 しかし、そんな幸福はそう長くは続かなかった。福富無限は短期間で福富グループを再興した。その恐るべし手腕は類まれにない才能だったが反面、同業者から強い嫉妬心を受けていた。没落していた福富グループを元の規模どころかそれ以上に引き上げた傑物。無自覚に敵も多く作っていた。

 例え福富グループから消えても、その目から決して逃れることはできない。

 ある日、無限の前に父親が現れた。無限の父親は突如消えた無限を探し出して、このボロアパートにいることを見つけ出したのだ。不安そうな目を浮かべるアンナを諭し、無限は父親を別室へと案内した。 父親はマスコミが福富グループのスキャンダルを公表しようとしていることを無限に伝えた。

 スキャンダルの内容は、この国の国家転覆。意図的に混乱を引き起こした国家ぐるみのインサイダー取引。死の商人というレッテル貼りだった。


 「頼む無限。今すぐこのスキャンダルを潰さなくてはならない。戻ってきてくれ。」


 父親は無限に深々と頭を下げる。福富グループによる国家転覆。マスコミが描いているシナリオがあった。

 それはアンナの存在だ。アンナは旧体制の官僚一族。即ち現体制に恨みを持つもの。アンナを利用して国家を崩したというのがマスコミの主張だった。


 「そんなことがあるわけ……少し調べたらわかるはずだ。」

 「……すまん。今思えば私の、ミスだったのかもしれぬ。」


 父は無限に深々と頭を下げる。あの厳格な父が……意外な態度に無限は困惑した。


 「国立芸術大学に合格したのは、お前の実力ではない。背後に福富グループがいたからだ。」


 そうハッキリと父親は無限に告げた。更に書類を無限に渡す。一つは通知文書のコピーだった。内容は福富グループの支援を約束することを条件に福富無限の国立芸術大学合格を約束するもの。

 無限にとってそれは初めて見る書類だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
評価、感想、レビューなどを頂けると作者の私は大変うれしいです。
更新報告用Twitterアカウントです。たまに作品の内容についても呟きます。
https://twitter.com/WHITEMoca_2
過去作品(完結済み)
追放令嬢は王の道を行く
メンヘラ転生
未来の記憶と謎のチートスキル


小説家になろう 勝手にランキング
小説家になろうSNSシェアツール
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ