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彼女は元アイドル?

 「ひょっとして待っててくれてたのか!?わ、悪い。姿が消えていたから……。」

 「ああ、それはね……まさか姉さんと同じ学校で過ごすことになるなんて……しばらく慣れが必要だよ。推しが身近にいる毎日……。」


 美咲さんが学校にとてつもない早さで赴任したのはココネが何かしたのかと思っていたが、この様子だと何も知らないようだ。この際なので、前々から思っていた疑問を投げかけた。


 「ココネは美咲さんと結局どういう関係なんだ?美咲さんの方はあまり面識なさそうだけど。」

 「うーん……?恩師だと言わなかったか?まぁそうだな、わかりやすく言うならば、アイドルかな?姉さんは昔、芸能活動をしてたんだよ。」


 芸能活動……また全然予想外な言葉が出てきた。


 「陸上一筋じゃないってことか?」

 「別に珍しくないだろ?むしろアスリートが芸能活動するなんてよくあることさ。まぁ姉さんの場合はどちらも中途半端じゃないってことだけどね。」


 得意げに鼻息を鳴らして彼女は話す。まるで自分のことのようだった。


 「それなら学校はもっとパニックになっていないか?アイドルってよくわからないけど有名人じゃないか。」

 「姉さんがアイドルをしてたのは14歳から16歳までの間だからね。ふふ、テレビの前でサイリウムを振っていたのがついこの間のようだ。」


 ココネは昔のことを思い出しているようだった。テレビの前でわくわくしながら彼女が出てくるのをいつも楽しみにしていたのだろうか。彼女にとっての幸せな記憶の断片。


 「姉さんがどうなったかを教えてもらった時は愕然としたよ。あのステージでいつもキラキラに輝いていた姉さんが、後ろ向きで、背中を丸めて、トボトボと歩いているのを見て。酷くショッキングだった。だからすぐにでも助けたかったのさ。」


 幼いあの日、テレビの向こうの華やかな世界。彼女は確かにあの時、鈴木美咲に憧れていたのだ。そして同時に、今に至るまでの人生観、たくさんの勇気を教えてもらった恩師でもある。だから助けたかった。憧れを汚したくなかったのだろう。

 美咲さんのことを話す彼女は本当に楽しそうで活き活きとしていて、普段のシニカルな態度からはまるで違う、童女のような、そんな印象を受けた。


 「あぁ……そうだ。天理、これだけは言っておくよ。」


 上機嫌に美咲先生のことを話す彼女だったが突然、空気が変わる。


 「姉さんに手をつけたら刺すからな?」

 「殴るとか殺すとかじゃなくて、刺すってのがリアルで嫌だな……。」


 しかしアイドル……?アイドル……ココネとどうも結びつかない。何というか彼女の性格的にむしろそういう芸能人は冷めた口調で普段からバカにしてそうだという勝手な先入観がある。それに……いくら好きなアイドルだからってあそこまで身体を張れるものだろうか。親の形見を売り払い、出会ったばかりの俺に、一目惚れだからといっていたが、全てを賭けるほどの?

 そんな話をしていると気がついたらココネのアパートの前だった。思えばジャージ姿でしか見たことがなかったので彼女の学生服姿は新鮮だ。改めて見ると、記憶にあるはずの見慣れた女子制服なのに、ココネが着ているとまるで新鮮で、彼女の容姿端麗さを改めて感じさせた。


 「ついでだ、うちにお邪魔するかい?フィアンセに遠慮することないだろう。」


 ココネはそう言って友達を家に誘うような感覚で平気で誘ってくる。年頃の男の子をからかっているのか真意は読めない。普段からこんな態度で他の男子生徒にも話しているのなら、きっと多くの男を悶々とさせていただろう。


 「ふぅーボロい部屋だけど良い茶葉は使ってるな。」

 「本当にお邪魔するとは思わなかったよ、図太いんだな君は。」


 まぁ普通にお邪魔するわけだが。

 もちろん、女の子の部屋に入りたいからとかそんな邪な気持ちはない。そもそも一度は泊まった部屋でもあるわけで今更感が強い。


 「二人きりで話すならやっぱりここが一番だろ?俺は資金がいるんだよ……投資で増やしたのは良いけど、結局ほとんど残らないし。」

 「うーむ、まぁそれは同感かな。私も金はいる。いつまでもボロアパートでジャージ姿でいるわけにはいかんからな。学生服も高かったぞこれ、まったく良い生地を使って……。」


 ハンガーにかけられたいつもの赤いジャージを手に取り、ココネは制服を脱ぎ始める。


 「ちょ、ちょっとお前何してんだ!?」

 「ん?仕方ないだろ、この部屋ワンルームだぞ?高い制服を大事に使いたいんだ。早めに着替える、節約術さ。おやぁ?どうしたんだい、固まって。そんなに私の着替えが見たかったのかな?」


 小悪魔地味た笑みを浮かべニヤつく彼女は俺の反応を楽しむようにそう答えた。


 「ば、バカ!着替え終わったら呼べよ!」


 彼女の思い通りになってしまったのが悔しいが俺は耳まで顔を真っ赤にして風呂場まで退散する。しばらくしてココネから「もういいよー!」と声が聞こえたので出てくる。いつもどおりのジャージ姿。なんというか安心感がある。


 「さて、まぁキミの言うとおりさ。二人きりで話すならここがこの上なく良いだろうね。喫緊の目的だが……。」


 真面目な表情でココネは口を開く。俺はゴクリと生唾を飲み込んだ。前回は投資コンテストなんてのに巻き込まれた。次は一体、何を考えているのか。


 「私と姉さんがどうすれば友達になれるかだ……!」

 「どうでもよくないそれ?」


 ココネはいつも堂々とした振る舞いなのだがなぜか美咲さんの前ではしおらしくなる。強い憧れがそうさせるのだろう。そしてそんな彼女の今の一番の願いは美咲さんと友達になること。なんて平凡な願いなのか。いや、ある意味初めて見せたココネの少女らしい一面というべきか。

 スマホが震えた。着信元は美咲さんだった。


 「聞いているのか天理。つまり私と姉さんの関係性が深くなるということは即ち無敵に近いようなもので……。」

 「美咲さん、ここに来るってさ。二十分後くらいに。」

 「なんだってぇぇぇぇぇぇ!!?」


 ココネの叫び声がアパート中に響き渡った。

 ココネが美咲さんと仲良くなるなんて別に難しいことでもなんでもない。話せばきっと普通に友達になってくれるだろう。短い付き合いだが、美咲さんからは、そんな太陽のような暖かさを感じさせたのだ。


 「て、天理!やってくれたな、見ろよ私の格好を!こんな格好で姉さんと会うなんて失礼じゃないか!」


 年季の入ったジャージ。きっと長いこと私服として使っていたのだろう。少し色褪せているところもある。


 「いや、大丈夫だろう。似合ってると思うぞ?」

 「それは私に対する侮辱、暴言と見なしていいんだな天理ぃ……!」


 ココネは俺に詰め寄り、足払い。バランスを崩した俺は倒れ込み、押し倒される形になる。手慣れた動き。これも彼女の教養の一つだろうか。いや感嘆としている場合ではない。マウントポジションになっていて体重がかかっているとはいえ普通に力が強く振り払えない。

 失言だったかもしれない。彼女は没落したとはいえ元令嬢。ジャージ姿が似合うというのはつまり褒め言葉というより、今の没落した様が似合っていると言っているようなものだった。


 「ち、違うって!そういう意味じゃなくて……ふ、ふ、普通にかわいいって意味だ!他意はない!美人は何を着ても似合うなってことだって!!」


 俺の手にかかる力が緩む。しばしの沈黙。誤解は解けたのか俺は息を呑んだ。


 「時間がない。よし、天理。今すぐ脱ぐんだ。」


 突然、俺のボタンに手を伸ばし脱がそうとし始める。意味不明な行動だったが、俺は全力で抵抗した。


 「なんでそうなるんだよ!や、やめろ!変態!!」

 「キミが着ている服を私が着れば良いんだよ!学生服とは即ち礼服!ジャージと比べりゃ幾分かマシじゃないか!キミには私のジャージを貸すから我慢しろ!!」

 「嫌だよ!!というかサイズ合わないだろ、発想が異次元すぎんだろ!!」


 押し倒され無理やり服を掴み脱がそうとするココネの魔手にひたすら抵抗する。だがしかしマウントポジションをとられているが故に抵抗する手段が限られる!やれることは彼女の腕を掴みなんとかシャツを掴まれることを防ぐことくらいだ。


 「おいバカやめろ!服が唾でべとべとになってる!汚いだろ!それがお嬢様の姿か!」

 「もほふぁへんり、ふぁふぁふぁへーふふふぉふぁ。」


 あろうことか口を使い器用に俺の服を留めるボタンを外そうとしてくるので、仕方なしに彼女の腕を掴んでいた手を放して頭を掴みどかす。だがそうすると今度は彼女は空いた手でボタンを外してくるわけで俺の手の数がまるで足りない。

 ココネにとっては礼儀、礼節は重要なことであった。憧れの人と初めて対面するというのに、ジャージ姿なのは彼女のプライドが許せないのだ。はじめの印象は大事!故に彼女にしては珍しく、理性的な考えが働いていなかった。

 そう、先ほどから鳴らされていたインターホンの音にも気が付かないぐらい。


 「わーお……。」


 玄関の戸が開かれる。そこで二人は気がついた。来客が来てカギが開いていたので入ってきたことに。そしてじっと自分たちを見ていた。押し倒され、今にも服を脱がされそうになっている天理の姿と、押し倒し脱がそうとしているココネの姿を。目があった。そこには美咲さんが立っていた。


 「ご、ごめんなさい……取り込み中だったみたいで……。」

 「いや待って!!違うから!!」


 全力で引き止める。とんでもない誤解を与えてしまう前に。

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