豊奉神社の闇
───六道会のシノギは多岐に渡る。
ある日のことだった。大きな仕事が舞い降りてきた。豊奉神社の乗っ取り工作の妨害。内容は福富グループが豊奉神社の土地を狙っているということで、合法的手段で解決を考えているが、福富グループには"あの"九条乖離がいることから、難しいということだった。
ゆえに暴力の力を借りて、非合法的に阻止したいという内容。
六道会幹部たちはほくそ笑む。豊奉神社とは都内中心に膨大な敷地を持つ国内有数の資産家であり、宗教法人である。その影響力は強く、だというのに神主の奉条家は金儲けに執着がなくて、その資産を遊ばせている。
ここで恩を売れば、大きなシノギが一つできあがるのだと、誰もが企んだ。
「あー駄目じゃ。豊奉神社はシノギにかけられん。神宮寺兄貴からの言葉じゃけぇ。」
そんな彼らの思惑を読んでいたかのように、流星極道は答えた。
当然、不満が募り上がる。あれだけの資産を利用しない手はないと、誰もが口にした。
「聞けや、兄貴曰く豊奉神社は神政連のお気に入りだそうじゃ。手を出せば、戦争になる。政府高官に繋がりのある奴もいる。おどれら、桜田門に喧嘩売る気なんか?」
皆は静まり返った。流星の言葉には半信半疑だったが、もし事実なら六道会が消滅するような話だからだ。それでも疑いは残っていた。今まで豊奉神社が神政連とそこまで強い結びつきがあると聞いていないからだ。
「状況が変わったんじゃ。兄貴曰く奉条家の一人娘……奉条司は生きた爆薬庫だとの。連合職員全員が強く心酔していて、命令あればダイナマイト抱えて飛び込むことも平気でするそうじゃ。言うても実感ないじゃろうし……兄貴から書簡を預かっとるけぇみぃや。」
流星は神宮寺から受け取った書簡のコピーを幹部たちにまわす。
「う、うわ……!!?こ、これは……流星貴様……ッ!!こんな文書を……!?」
皆が騒然とした。あるものは顔面蒼白となり、あるものは拝むように涙を流し、あるものは物珍しげな目でまじまじととありがたそうに見ていた。共通点は一つ。皆がその文書をまるで、恐ろしいものを取り扱うように慎重に扱っていたのだ。文書の先頭にはこう大きく書かれていたのだ。
『勅命』
それは勅命文書。そう……勅命ということは即ち、この国の神道トップに君臨する者が作成した文書。天皇陛下の命令文書である。
その文書には明言されていた。奉条家には手出しべからずと。
勅命が特定宗教法人や個人家庭に触れることなど異例中の異例だった。理解の範疇を超えていた。こんなことが許されるのかと。更に文書はもう一つ。勅命文書とは別に神道政策連合会長のサイン入りのものであった。
内容は勅命文書に反した者は、神道政策連合規則に則り処罰するということ。それは警告だった。処罰などと曖昧な言い方をしているが、要するに「奉条家に手を出せば総力をあげて殺す」ということだった。
「こんな、こんなことがあって良いのか。いくらお上だからって……わしらヤクザにお気に入りの組織を非合法的に何とかしろなどと……!」
当然、不満はあがる。相手はこの国の政府。拒否権はない。だが無茶苦茶である。彼らにも矜持があり、はいわかりましたと素直には聞けないのだ。
「安心せぇ、だから神道政策連合がおるんじゃろ。天皇様もそりゃ表立ってわしらには言えんよ。じゃけぇ、これが最後の非公式文書じゃ。」
それは今回の豊奉神社乗っ取り騒動に対する協力への見返りだった。期限付きで多少の無茶は大目に見てくれるという内容。無論限度はあるが、ある程度のことならば、言いくるめで何とかなるギリギリのグレーゾーンならば六道会に利があるよう根回しするというものだった。
六道会は暴対法によりシノギの新規開拓は絞られていた。そんな中、この見返りはあまりにも大きく、彼らの体裁を保つには十分すぎるものだったのだ。
───そしてそれは、NPO法人エデンにとっての、地獄の始まりでもあった。
結果として豊奉神社の乗っ取りは蒼月天理の活躍もあってか無事、失敗に終わった。奉条司に対する嫌がらせも天理がフォローしてくれたおかげもあり、波風立たずに済んだ。
それと並行して六道会は水面下でシノギのために動いていた。その中の一つが「みんなの家」への地上げである。
連日、六道会による嫌がらせを受けていた「みんなの家」職員は疲弊していた。立ち退きをするように責めたてられ続けていた。
警察にも相談したが、民事不介入ということで動こうとしなかった。無論その裏では豊奉神社の一件がある。
「くそっ……!どうして警察は動いて来れないんだ!ヤクザがこんな好き勝手するなんておかしいだろッ!!」
猛と毒島はこの理不尽に怒りを感じていた。だが手が出せない。暴力団と真正面から戦うのは無謀すぎる。
「猛、毒島……わしらは大丈夫じゃ……子供は何も考えんでええ、大人に任せときぃ。」
そんな二人をエデンの役員である渋木は優しい口調でなだめる。渋木には考えがあった。警察が動こうとしないのならば、今受けている数々の嫌がらせを証拠としてかき集め、直接行政に対し訴えようとしたのだ。児童養護施設は厚労省の定める福祉施設。その理念は身寄りのない子供たちのためにあるもの。世論や行政に訴えれば、警察も無視できないようになると考えたのだ。
しかし猛と毒島は不安だった。本当にそうすんなりいくのか……。そんなある日、ヤクザが何か話をしてるのを聞いてしまった。
「しかし豊奉神社様々だな。というか奉条司様か?」
「本当だぜ、聞いたか今月の上がり。既に先月の200%超えだとよ。あー俺も司さまの信者になりそうだぜ。」
「おいおい、気をつけろよ。流星さんの警告を忘れたか?奉条司は───」
───奉条司。
知っている。クラスメイトだ。最近、福富シロクと衝突していたが、いつの間にかシロクが転校していた。福富グループの御曹司すら彼女には敵わない。ヤクザや警察にも口の利く。そうか、あの女が、全ての黒幕だったのか。
猛は心のうちに怒りが湧き上がった。だがしかし、その怒りを誰にぶつけたらいいのか。司?無理だ。ぶつけたところで自分がか弱い女性に暴力を振るった犯罪者となるだけだ。何よりも、今ヤクザたちが話をしたこと。
奉条司は、洗脳技術に卓越している。ということ。
それは宗教家において天職とも言える才能。更に彼らが言うには奉条司の洗脳は極めて高度であり、本人の意思、人格に影響を与えない洗脳だという。誰もが彼女の姿を瞳を見ると、不思議な感覚に陥るという。まるで、旧知の間柄であったかのような感覚に陥るという。
即ち、自覚なき洗脳。自我、目的意識、日常。その優先順位に自分という存在を割り込ませる洗脳技術。傍から見れば洗脳されていることすら分からないもの。術中に落ちれば最後。彼女の信奉者になるという。
どうすれば良いかは猛には分からなかった。ただ渋木が今、していることは危険だということはわかった。もしもそんな力があるのなら、行政や世論に訴える前に消される可能性がある。司がどれだけの力があるかは分からないが、流石に世論という不特定多数の集団には力が及ばないのは明白だ。
ならば……その前に消すのが自然。
「渋じぃは今、どこにいるんだっけ。」
毒島に渋木の動向を尋ねる。
「ん?あーえっと……確か集めた証拠を渡すために信頼できるマスコミにデータを渡すらしいぜ?待ち合わせ場所は港だって言ってたかな。」
───最悪の予想が的中しそうだった。
猛は走り出した。港に向けて。渋木が殺される前に。毒島は慌てて猛を追いかけた。





