殺戮の黙示録
ホテル28階フロアは商業フロアだ。多数の店舗が並んでいて商店街のようになっている。そのおかげか障害物が多く羅刹から逃げるのは比較的簡単だ。
棚の中を色々と漁るとミカの想像通りバッグが隠されていた。もっとも白のワッペンではないが……せっかく見つけたのだからいくつかバッグを開く。オイルライターにナイフ……悪くはないが、プロテクターに身を包んだ羅刹と戦うには心もとなさすぎる。
「これは防弾ベスト……?何かぷにぷにしてるな……何もないよりマシだろうけど。」
中には武器だけではなく防具の類もあった。俺はそれを身につける。少しでも生存率を高めるために。
遠くで衝撃音が鳴り響く。羅刹が暴れ回っているのだ。おそらくは各店舗をしらみつぶしに探し待っているのだろう。隠れている俺たちを見つけるために。
少しずつ近づいてくる衝撃音。時間はもうない。
緊張と焦りがピークに達しようとしたときだった。猛が俺とミカを呼び止める。そして無言で指を差した。その先にはバッグが置いてある。ワッペンは白色だ。
「中央か……。」
白ワッペンのバッグはこのフロアの中央広場のど真ん中に置かれていた。中央広場は観葉植物やモニュメント、それらが人工泉を中心に配置されている人工庭園。憩いの場として設計されたのだろう。
そこに、あまりにも堂々とバッグが置かれていたので、逆に気が付かなかった。しかし見つけてしまえばなんてこともない。ただ問題が一つある。
不良チームも気がついたのか「あったぞ!」とバッグに駆け寄る。
「ばかっ!少しは警戒しろ……!」
嬉々とした様子で不良の一人がバッグを手に取る。その瞬間だった。
空気を切るような音。同時に衝撃音。不良の頭が吹き飛んだ。
「見つけたぞ、まずは一人。射殺完了。散るが良い、孤影の如く。」
何が起きたのか一瞬理解できなかった。壁に何かが突き刺さっている。目を疑った。これは……杖だ。登山ストック。登山で使うような道具。投擲したのだ。あの羅刹という男は、拾ったこの商業フロアの商品を、まるで投げやりのように。
羅刹の異常な肩力により投擲された登山ストックは、まるでミサイルのように大気を貫き、不良の頭を吹き飛ばしたのだ。
周囲を見渡して、ようやく白ワッペンのバッグがあんな目立つところに置かれていたか分かった。そうだ、これは隠れ鬼。見つかれば即死のデスゲーム。目立つ所に置いてあるということはそれだけ、羅刹に見つかりやすいということ。
中央広場は、周囲の店舗からその状況を簡単に確認できる造りとなっていた……!
「ヤンキー!!急いでバッグの中身を取り出せ!!」
ミカは叫んだ。だが不良たちは腰が抜けていた。当然だ。目の前で友達の頭が訳の分からないことで吹き飛んだ。俺たちは遠巻きで見ていたから分かったが、近くにいた彼らからすると、まるで理解不能な出来事が起きたようにしか見えない。
俺はミカから水鉄砲を奪い取り駆け出していた。白ワッペンの中身が何か分からない。だがここで全滅することだけは最悪だからだ。
「羅刹!!こっちを見ろ!!」
銃を向ける。羅刹は俺の方を向いてストックを投擲する。派手な一撃だが、種が分かれば問題ない。やり投げの要領で投擲されるその武器はあまりにも挙動が分かりやすい。どこから来るのか目を凝らし、羅刹から目を外さなければ当たりはしない。
俺から大きく逸れたストックは空を切る。羅刹も武器としての機能が無いと理解したのか、ストックが外れたのと同時に駆け出した。薄暗いフロアなのが幸いした。羅刹はこの水鉄砲を本物の銃と勘違いしてくれている。悠長にしていると撃ち殺されると。
「貴様か。銃を持ち強気になったか。飛び道具如きで我との差を埋められると思っているのならば……滑稽ッ!破ァ!!」
羅刹は銃など気にもとめず、鉄拳を振りかぶる。ダンプトラックが向かってくるような衝撃。何度も食らうのは本当にごめんだった。だがそれでも、たった数秒で良かった。時間が稼げればそれで良かった。
「ガッ!グッ……!!」
鉄拳が俺の体にめり込む。だが不思議と最初に殴られたときほどの痛みはなかった。ベストのおかげだろう。ぷにぷにしていたのはジェル状の何かで、衝撃を和らげているようだった。だがそのエネルギーを完全に相殺できたわけではなく、俺の身体は吹き飛ばされる。観葉植物の花壇に俺は転がる。柔らかい土だったのが幸いだった。
「おぉ……こ、これマジかよ!!」
バッグから取り出した武器。それを手にした不良は興奮気味に歓喜した。痛む身体を起こして、俺は不良の方に視線を向ける。その手に握られているのは……銃器だった。拳銃。種類まではわからない。だがそれは間違いなく今、この場で最強の武器であった。体格差なんて関係ない。確実に人を殺せる武器……だが。
「ほう、こいつはフェイク。本命は貴様ということか。良いだろうッ!真っ向勝負!!我が拳と銃、どちらが上か知るが良いッ!!」
羅刹は不良の方へと駆け出す。俺の水鉄砲がフェイクだと気がついたのだ。
不良はニヤついた目で銃口を羅刹へと向けた。勝利を確信したのだ。
「馬鹿かお前ッッ!!投げろ!!こっちに!!」
ミカは叫んだ。だが不良の耳には届かない。銃撃音が響き渡る。銃弾が放たれたのだ。
銃器さえ手に入れば何とかなる。俺はそう思っていた。だがしかし、それはまだ現実をまるで理解していなかったと
グシャリと音がした。人が握りつぶされる音。聞き慣れない音だった。悲鳴をあげる間もなかった。不良の一人はまるで、粘土細工のように、人の原型すら留めず、滅茶苦茶にされていた。
気がつくと俺は羅刹とは逆方向に駆け出していた。理解した。もう、終わりだということに。
銃弾は羅刹を掠めるだけに留まり、銃をもった不良はまるで重機に巻き込まれたかのようにミンチにされた。無情にも銃はどこかへと転がり落ちる。
人間業ではない。あれはまさに鬼だ。人ではない。
「う、う……う、うわぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁ!!!!」
遅れてようやく事態の最悪さに気がついたのか残された不良の悲鳴。一方的な蹂躙、殺戮が始まろうとしていた───。
「天理ッ!!」
ホテル広間に集められた人たちは、今、蒼月天理たちが取り巻く状況をモニター越しに眺めていた。ココネは叫んだ。モニター越しに、殺されるのがもう秒読みの婚約者の姿を見て。
今の状況……ホテル宿泊客及び従業員全員を人質に取られている。どうしようもない状況。爆薬がいくつか仕掛けられているようだが見当もつかないし、下手に動くと青木という男は何をするか分からない。
ココネは奥歯を噛み締めた。何もできない自分が不甲斐なくて、目の前で婚約者が絶命の危機だというのに何もできないのが悔しくて。
そんなときスマホが震えだした。天理から?そう思ったがありえない。もしそんなことをすれば青木が分かるはずだ。では一体、こんなときに誰が自分に連絡をしてくるのか。苛立ちを感じながらスマホを見る。
『突然のメッセージごめんね。私は愛華渇音。手を組まないお嬢さん?』
それは意外な相手だった。愛華渇音。今、青木の手下に追いかけられているはずの、国民的アイドルで、自分たちブルーハートの商売敵である。





