悪夢のような世界へ
翌日も嵐は続いていた。朝起きても先生からは特に連絡事項はなくホテルで待機だという。天気予報を見るとしばらくこの嵐は続くようで、帰れるのは明日か明後日になりそうだった。
ここのホテルでの朝食はビュッフェ形式だった。皆、嵐だというのに特に困った様子を見せてはいない。このホテル自体が福富グループの威信をかけて建設されたものでもあったため、たかが一日二日で飽きさせるようなものでもないのも大きかった。
昼食は食堂での食事、そして夕食はまた大広間での食事……娯楽設備はアーケードゲーム、卓球、漫画コーナーも完備されている。エステサロンやマッサージも全て無料で提供してくれるらしく、そのサービスは限度がなかった。
「どうぞ、未成年の方にはスペシャルドリンクを提供しています。」
俺はラウンジで開催されるというピアノ演奏会に参加していた。これもまたホテルのサービスの一つらしく、来客全員にアルコールかドリンクをホテルマンが配っていた。
「いいホテルだね、流石福富グループが総力をあげてるだけのことはある。このドリンクも中々だ。オリジナルブレンドだね……柑橘系と……何だろう、南国フルーツがミックスされてるかな。」
ココネもそんなホテルのもてなしには十分な評価を下していた。嵐による突然の拘束……それを忘れさせるくらい、このホテルの接客は一流のものなのだろう。外の嵐はずっと続いているが、各々がこのリゾートホテルを満喫していた。
そんな中、突然警報音が響き渡る。同時に機械音声のアナウンス。
『火事です、火事です。急いで避難をしてください。避難場所はロビーの広間になります。火事です、火事です……』
宿泊客が騒ぎ出す。こんな嵐の夜に火事なんてとんでもないことだった。そんな彼らをホテルマンは冷静に大きな声で叫んだ。
「皆さんご安心ください!当ホテルは最新の防火装置を備えています!ただいま、出火元を特定致しますので、冷静に避難場所まで移動をお願いします!」
事実として火事だというのに煙はどこにもなく、宿泊客たちはあまりパニックにはならず、ホテルマンの誘導のもとに広間へと向かった。俺もまた、ココネと一緒に広間に向かう。
広間には大勢の人たちが詰めかけていた。ここに宿泊している人たち全員が避難してきたのだろう。ザワザワと火事について色々と話をしている。
しばらくするとモニターに映像が表示される。全員が注目した。
「──────え」
一同はそこに映ったものを見て静まり返る。
最初は何がなんだか分からなかった。だがよく見てみるとそれは、それは……。
「どうもーはじめましての方ははじめまして、そうでない方はこんにちは。お元気でしょうか。おや?まだ息があるようで。」
男はうめき声をあげている男の髪の毛を掴み、カメラの前に見せつける。
「パンッ!」と軽い音がした。男の手には拳銃が握られていた。銃弾がうめき声をあげていた男の頭を貫いた。脳漿が飛び散る。カメラに血しぶきが飛び散った。誰がどう見ても、死んでいる。
「いやぁぁぁああぁぁ!!」
誰かの悲鳴が聞こえた。それは、地獄のような夜の開幕を告げる、ギャラルホルンのようで、俺にとって、最悪で最低な、長い長い夜の始まりだった。
───同時刻、流星極道はテントの中で外の嵐が収まるのをじっと待っていた。元より神宮寺の様子を見に来ただけの彼は特に用事もなく、すぐに帰るつもりだったというのにとんだ誤算だった。やることもなく退屈なのでスマホでWEBニュースや動画でも見て時間を潰していた。
そんな中、あるものに目がつく。
「何をしとるんじゃあのボケカスは……!」
七反島のホテル宿泊者がSNSに投稿した画像を発端に、それは爆発的に広まっていた。謎の襲撃者がホテルを占拠し動画配信をしている。見知った顔だった。青木愛人。六道衆の一人、『畜生道』を司る階位二位。
この七反島には同じく六道衆の一人、『餓鬼道』を司る愛華もいる。そしてホテルに宿泊しているはずだ。同じ六道衆同士でシノギを削り合うのはタブー。いやそれ以前に青木がしているのはシノギですらない。ただの犯罪行為で金にもならない。意味が分からなかった。
だがそんなことを平然とするのがあの男だと流星は理解している。故に狂獣ブルーエンド。青木の異名である。
すぐさま青木の携帯に電話をするが出ない。おそらくはマナーモードにしているか電源を切っているのだろう。六道会の誰かに咎められることは承知の上で、邪魔が入らないようにしているのだと推察できた。
流星の脳裏に神宮寺が浮かんだ。神宮寺の兄貴がいれば、青木の叔父貴は容易く止められるだろうと。だがすぐさま考えを改める。神宮寺の兄貴はもう組を抜けている。それなのに頼るなど、男として恥であると。
それに神宮寺の兄貴はここに住まう神道関係者に宿を借りていると言っていた。つまり年配の者である可能性が高い。年配者は就寝が早い。兄貴の性格上、住民の生活リズムに合わせてもう就寝している必要がある。そんな兄貴を叩き起こして、無作法な助けを求めるなど、弟分の自分ができるはずないのだ。
テントの外に出る。嵐は酷く、雨が流星の身体を叩きつけ雷鳴が響く。だが流星は走った。青木を止めるために。最悪の事態を防ぐために。
───集められた宿泊客は次々とパニックを引き起こす。あるものは周りに怒鳴り散らし、あるものはホテルマンに詰め寄り、あるものはただ震えて頭を抱えていた。皆がここから逃げ出したいという一心だった。
だが外は嵐、とてもじゃないが出られる状態ではない。それでも一部の者たちはホテルマンの静止を振り切ってこのホテルから逃げ出そうとする。その時だった。ドカンという爆発音がホテルに響き渡る。
地鳴りを感じた。最初は雷が落ちたのかと思ったが違う。爆発が起きたのだ。
「静粛に静粛にぃ~逃がすわけないでしょう常識的に考えて。あーホテルマン?説明したまえ、今何が起きたかを的確にね?」
モニターの男はモニター越しにホテルマンに対して指示する。ホテルマンたちは急いで状況を確認した。
「え、えー!皆様落ち着いてください!先ほどの爆音は……当ホテルに向かう道路とトンネルが爆破されたものです。ですがご安心を!警察にはすぐに通報致します!」
この碧き島の宿、ホテルグランリゾート福富は離島の丘の上に建設されていて海中トンネルを通過する必要がある。そして丘へと登る道路を移動するのだが……その道路とトンネルが爆破されたという。
つまり、閉じ込められたのだ。俺たちはこの島に。このホテルに。訳の分からない殺人鬼がいるこのホテルに。
しかし幸いなことにスマホは圏外ではなかった。白石の時を思い出したが、あれは簡易ジャミングにより圏外としていたもの。だがこのホテルは福富グループが最新技術の粋を集め建造したもの。生半可なものでは電波妨害は起きない。だが……。
「警察っていつ来るんだよ、ここは離島だぞ!それに七反島の警官が何ができるっていうんだ!」
宿泊客の一人は叫ぶ。そのとおりである。七反島は所詮、本土から離れた小さな島。そこに詰めている警察官は限られているし、装備も大したことがない。こんなテロリスト紛いなことをする凶悪犯には本土からの応援が必要だった。
だが……それは叶わぬ願いだ。この嵐で、船は欠航している。ヘリを飛ばすには危険すぎる。
ホテルマンもそれは重々承知なのか、完全に困ったような表情を浮かべていた。
「はい、ではここで宣伝です。私の名前は青木愛人。動画配信者を生業としています。現在この状況は動画配信サービス『Mytube』と『ノア』で同時生配信していまーす。2つ同時配信なのは片方が配信停止されても大丈夫なように保険ですね。URLはこちらです、さぁ皆さんもクリックしてください。あーQRコード?とかいうのはこれです。」
青木と名乗った男の指示に従い、皆がスマホを弄り始める。動画配信サービスMytubeとノアは共に生放送を提供しているSNSだ。ノアの方は最近できたSNSだが基本はMytubeと同じ。ただし後続サービスのためかサービスの質はMytubeより上だ。もっとも皆、Mytubeの方が親しみがあるのでそちらのサイトを開く。俺もそうだった。
生放送のサイトを開くと俺は愕然とした。他の宿泊客たちもそうだった。
『公開生放送!愛華渇音の生ライブ!七反島で行われるリアルタイム殺人ショウby福富グループ提供』
なんだ、これは。
動画を開くと既にたくさんの閲覧者がいた。当たり前だ。国民的アイドルである愛華渇音、そして今をひしめく七反島、福富グループというビッグネーム……それとは対称的な殺人という物騒なワード。話題性としては十分なタイトルだった。





