嵐の夜
七反島の夜は暗い。元々人口が少ない島であるため灯りはホテルの灯り程度で深夜営業をしている店もそう多くないのだ。ただそのためか、夜空の星々がハッキリと見えて、ナイトウォッチングに最適な場所でもある。
そういう触れ込みで観光PRもされていて、恋人がいる学生の何人かはこのロマンチックな光景を一目見ようとソワソワしているところだった。
そんな中、俺たちは無粋にもゲームコーナーにいた。意外と盛況で人は多い。ガラス張りの壁からは夜の景色を見ることができ、こんな天気でなければ月明かりが幻想的な雰囲気を出していたかもしれない。
「月明かりすら見えないな……それに風も強い。」
嵐が来ていた。窓の外からでも分かるくらい木々は風で傾いていて、雲は空を覆い星は勿論、月明かりすら見えない。風の音がビュウビュウとガラス越しから聞こえてきて、とてもじゃないが外には出られないことが分かる。
ゲームコーナーに人が集まるのも道理で、折角夜の散策を楽しみにしていたのに、この悪天候では何もできず、行き場を失ったものたちが最後に辿り着いた娯楽なのだ。
俺はゲームコーナーから少し離れたところに用意されていた椅子に座る。長机が置かれていて、談笑スペースとして用意されているのだろう。本来ならこのガラス張りの壁から見える星空を眺めながら語らう場所なのだが台無しだ。
「あーいたいた覗き魔の出歯亀ッス。うわぁ何か懐かしい空気感じるッスねここ、ちっちゃいころにお父さんに連れてきてもらったゲームセンターみたいな。」
風呂上がりの余韻に浸っていると、澤田が茶化したセリフとともにやってきた。振り返ると司やココネも一緒だった。全員浴衣姿で風呂上がりということもあり、新鮮な姿だ。
「なんでそうなるんだよ。むしろ俺は出歯亀を止めた方じゃないか、酷い冤罪だ。」
「えーもっと早くに止められたんじゃないっスかぁ?あれからもう女子たち皆、疑心暗鬼っスよ、どこから聞かれてたのか。」
そんなことになっていたのか。いや考えてみるとそうだ。俺が止めたのはあくまで澤田がココネに話をしたところからであって、それ以前からずっと利用者はいたのだから。
「そんなことはどうでもいいよ。それで結局天理は胸が大きい方が好みなのか?」
俺と澤田の間にココネが割って入り直球の質問をぶつける。そんな質問を女性にされても返答に物凄く困る。ココネと二人きりならともかく、俺の答えを澤田や司に聞かれるのも何か嫌だ。とくに澤田には。絶対に言いふらすからだ。
しかし答えなくてはそれはそれで針のむしろ。大浴場での会話を思い出す。
「い、いや……俺は……その……大きさより形のが大事だと……思うよ?」
顔に熱が籠もってるのが分かる。どうしてこんなことに答えなくてはならないのか。男同士ならともかく女性に対して話すことではないと思いながら、恥ずかしさで頭がいっぱいだった。
「ほら見ろ澤田さん。私の勝ちだ!よく言ったぞ天理、それでこそ私のフィアンセだ!」
俺の答えに満足したのかココネは得意げに胸を張る。
「はー惚気惚気、やってらんないっスよ。司っちもそう思うっスよねぇ?」
「ほ、補正ブラ付けたりとかマッサージするから……これからだから……そ、それに形の好みは人それぞれだし……。」
「何いってんスか司っちも……あーもうゲームしないっスか?ほら懐かしそうなのあるっスよ、このドット絵のキャラが横に進むのとか、戦闘機が何か戦うのとか。プリ機は……ないんスね。観光地には大体あるんスけど。」
澤田がゲームコーナーに置かれている筐体を漁り始める。確かにラインナップはどこか懐かしさを感じさせるものばかりで、最新のものはない。ノスタルジーだ。
「のんびりとゲームも良いけどさ、私たちには大きな課題がある。愛華だよ。度肝を抜かれたさ正直なところね。」
ココネに言われて改めて思い出す。愛華のライブコンサートの熱狂ぶりを。水着コンテストでは司が愛華を食う勢いだったが、やはり愛華の実力は超一級。何もかもコンサートで覆した。
見るものを圧倒するダンスと演出。心に響き渡る歌声。退屈させないトーク。どこか愛嬌を感じさせる振る舞い。その全てに誰もが目を奪われた。水着コンテストなど前座であることを嫌というほど知らしめる圧倒的存在感。あれこそが、この国トップに君臨する女王なのだ。
「しかもライブが終わると同時にこの嵐だ。あの女、"持ってる"ね。成功者っていうのは誰もが皆、幸運に恵まれている。彼女も例外じゃないってことだね。」
ココネは窓の外でビュウビュウと吹き荒れる嵐を見ながらそう話す。確かにそうだ。島の天気は変わりやすい。だが今の嵐からは想像できないほどに、愛華のライブコンサートは晴天に恵まれていた。
「そういえばそっち方面でも愛華って有名っスね、何でも霊感が強いとか?スピリチュアルな何とかで未来が分かるらしいっスよ。」
「未来が分かる……ねぇ……どこかで聞いた話だね。」
ココネは俺の方をチラリと見る。彼女と初めて出会った時に俺自身がそういう話をしたのを思い出した。
「まぁ事実としてそれは極めて脅威だね。あのルックスに歌唱力、ダンスもできてそのくせ未来予測まで可能。例え司が天性の才能を持っていたとしても、総合力ではやっぱり愛華は化け物だ。モンスターハンターの気持ちで臨まないとだめだね。」
「ひどーい、さっきからまるで人をなんだと思ってるの?あたしだって人並みには傷つくんだよ?」
「は!?」
聞き覚えのある声がした。当たり前のように俺たちの会話に混ざってきた。そこに立っていたのは愛華渇音だった。先ほどまで俺たちが話していた、恐るべき相手。堂々とした振る舞いで、俺たちの前に姿を現したのだ。
「あ、やっほー☆サイキッカー(笑)くんって奉条さんの知り合いだったんだ。偶然だね……んー?それとも最初から仕組んでた?」
愛華は俺を見て手を振る。客船で出会った時と変わらない態度で。ただ違うとすれば今の彼女はまるで変装していない。普通に浴衣姿だ。ココネも司も澤田も驚きを隠せない表情を浮かべていた。





