二度目の学生生活
───現実はそんなに甘くなかった。
そもそも俺の中身は学生とはかけ離れた成人、世代違いも良いところなわけで価値観、考え方が違いすぎる。そこを踏まえても共通の話題もどうも噛み合わない。
ただそれだけなら早熟な高校生という立ち位置なのだろうが、一番の問題は俺の態度の急変だ。俺は未来の知識を得たことから、積極的にクラスメイトに話しかけるきっかけとなったが、他人からすると、突然性格が変わった変なやつにしか見えないのだ。
当然、不審がられて壁を作る。ちぐはぐな会話、続かない会話なのだ。
「日常会話ってこんなつらかったっけ……。」
普段、ビジネス会話しかしてなかった俺にはとてもつらかった。
机に突っ伏して、自分の無力さを感じる。
いつものように一人で頬杖をついて外を眺める。駄目だ、これじゃあ何も変わらない。ココネも最近忙しいのか塩対応で新しい資金稼ぎの話もない。そんな日々が続いていたある日のことだった。
担任はいつものように耳に残るのか残らないかの話をする。どうでも良かった。俺の頭の中は青薔薇の男への憎悪、復讐しかなかった。今も思い出す妻の最後。決して許しては───。
「今日からこのクラスに転校してきた藤原心音です。名字は嫌いなのでココネと呼んでください。よろしくお願いします。」
信じられない言葉を聞いて、思わず頬を支える手がずれて頭を思い切り机に叩きつけた。ゴツン!と派手にぶつける。顔をあげるとそこにはうちの高校の制服を着て、凛とした佇まいで胸を張って挨拶をするココネがいた。
「ねぇココちゃんの前の学校ではどんなところだったの?」
「ちょっと男子、寄りすぎ!美人だからって露骨すぎでしょ!」
「でも凄い綺麗、コスメとか何使ってるの?凄いスベスベしてるし、髪もサラサラで……。」
持ち前の性格と美貌でココネはたちまちクラスの人気者になった。今も多くのクラスメイトが彼女の席を中心に集まっていて、昼食の誘いも受けている。
「あはは……皆さん、とても元気なんですね。頼もしいです。私、ちょっと人見知りで慣れないこともありますけど、色々と手ほどきのほどよろしくお願いしますね。」
誰だよあいつは……自分の知っている彼女の口調とは違い困惑を感じずにはいられない。クラスメイトの質問責めに丁寧に対応していて、それでいて時折冗談も混ぜてクラスを賑やかしていた。あれは天性の人たらしだ。自分が美人だと自覚していて、その武器を最大限に使う恐ろしい女。
俺はそんな様子を呆然とした目で遠巻きで眺めていた。一瞬だけ目が合うが彼女はすぐに目を逸らす。学校ではあまり関わらないというスタンスなのだろう。確かに彼女と俺は住む世界が違うと、今更ながら感じた。
「ふぅー疲れたぁ……食事くらいは落ち着いてさせて欲しいものだよ、なぁ天理。」
「お、おう……。」
そんな俺の勝手な思い込みを嘲笑うかのように、ココネは俺の隣で昼食を食べていた、弁当を持参してきていたらしく、スマホで人がほとんど来ない場所で落ち合おうと連絡して来たので、普段封鎖されている旧棟屋上で二人並んで食事をとっている。シリンダー錠でロックされているのだが俺は未来の知識があるので解錠法を知ってる。
「……弁当、わざわざ作ったのか?」
「ん?あぁ、まぁね。学食なんてたかが知れてるだろ。」
彼女は身を乗り出し、俺が食べているパンをちぎって口に入れる。あまりにも突然のことすぎて俺は呆気にとられながらパンが奪われるのを黙って見ることしかできなかった。
「ほらな、不味い。私の方が百倍は美味しいね。食事とは心の豊かさに繋がるもの、疎かにしては……ん?そんな顔するな、ほら私の弁当分けてやるから、ほらあーん。」
呆然と見ていた俺の視線に気がついたのか、ココネは箸で弁当のおかずをつまみ、無造作に俺の鼻先に近づける。目の前まで持ってこられた食事を拒否することもできず、俺は頬を染めながらおかずを口にした。正直、味なんてまったく分からない。
「ん、んん!……し、しかしなんなんだあの口調、普段と全然違うじゃないか。」
「あーあれはだね。まぁ少しずつ慣らすためさ。キミは知らないだろうが私のような美人にとって人間関係で最も苦労するのは男性ではなく女性との付き合いなのさ。女社会では目立つ女を叩くのが基本だからね。あくまで一歩引いた形で、少しずつ溶け込みクラスを掌握する。なに、あの程度の連中なら一月で私のコントロール下に落ちるさ。」
無邪気な表情で彼女は企てを話す。彼女は持ち前の器量でクラス全体を支配下に置こうとしている。無論支配なんて言い回しは大げさで、つまるところクラスの中心になりたいということなのだが。
「そんなことしてどうするんだ……?大体、今日は福富が休みだったからそう簡単にはいかないと思うぞ。」
「ん?シロクのことか。引きずり落とせば良いだろあんな奴。」
当たり前のように彼女は断言した。罪悪感の欠片もなく。
「い、いやいや!福富はクラスの中心人物なんだからそんなことしなくても……!」
「何を言ってるんだ?キミがなるんだよ、引きずり落としたあとに。クラスの中心にね。」
とんでもないことを言い放つ彼女に、ご飯が気管支に入る。ゴホッゴホッとむせ返り、彼女の今の言葉をもう一度聞き返した。
「アハハ、大丈夫かい?心配する必要はないさ。天理ならイケるさ。何せ私が認めた男なんだからな。こう見えて……。」
「人を見る目はあるんだ……か?」
そういうことさ!と彼女は満面の笑みを浮かべた。
正直胃が痛かった。彼女の期待に応えるために、俺は何をすればいいのか、今から見当もつかないからだ。





