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偽りのプロポーズと婚約

 「───以上で美咲さんの手助けは終わったよ。でも本当に一度も会わなくて良かったのか?恩師なんだろう?」


 アフターフォローも終わらせ、俺はココネにようやく全てが終わったことを報告した。


 「良いのさ、見てみろ今の私の格好を。とてもじゃないけど恥ずかしくて姉さんには会えないもの。」


 ココネは両手を広げて自分の格好を見せつけるように振る舞う。年季の入ったジャージだった。この姿でしか見たことないので、多分同じデザインのジャージを着回しているのだろう。


 「それにしても突然株を買ってくれなんて言われたときは驚いたよ。その経緯もね。まったくキミも随分と悪人じゃあないか。」


 彼女は笑いながら株を買い占めることや、四葉商事とのやりとりについて色々と話を始める。そもそも一定割合の株を短期間で買うのは通常困難だ。そこは彼女なりの裏技を使ったらしいのだが、小悪魔じみた笑みを浮かべ詳しくは教えてくれなかった。きっと俺の知らない上流階級特有の世界の話なのだろう。


 「それはそれとしてだ、そろそろ今回の資金稼ぎをまとめようじゃないか。山分けだよ、こういうのは早めにしたほうが良いからね。」


 そういってココネはノートの切れ端を取り出した。


 「まず二億円の所得に対して税金がかかるからね。大体半分とられるので実利は一億円……そこから私の投資分である二千百万円を差し引いて……まぁ大体八千万円だね。それを山分けすると四千万円!いやぁよかった。一週間で中々の稼ぎだ。」


 ペンをスラスラと動かして、分配の話を進める。淡々とした仕草だった。


 「今回は本当に助かったよ天理。姉さんは本当にもう少しで手遅れになるところだった。改めてお礼を私からも言わせてもらうよ。さようなら天理、もう二度と会うことはないけど、キミとの時間は短いながら……本当に楽しかったよ。」


 彼女はまっすぐとした瞳を主人公に向けて微笑んだが、その微笑みには以前とは微妙に違った輝きがあった。心の奥で押し隠している本心が、微かな感情の変化によってうっすらと透けて見えるようだった。

 別れの言葉はどこか淡白としていて、心の奥に押し隠す何かがあるようだった。その瞳には、微かな寂しさが宿っていた。


 「……ココネ、俺も最後に言いたいことがあるんだ。」


 俺は知っている。彼女は嘘をついている。騙そうとしているのだ。それは悲しい嘘で、どうしようもないことで、彼女の性格からして絶対に譲れないことなのだろう。


 「ん?どうしたんだい改まって。愛の告白でもするのかな?」

 「ああ!俺と結婚してくれ!」


 ココネは飲んでいたお茶を吹き出した。部屋が茶葉の匂いに包まれる。


 「気でも狂ったのかな?こんな求婚をする人間は始めて見たよ。」

 「正気だよ、ココネ……俺たちはパートナーだ。隠し事をするのはよそう。あのときお互いの利害を一致するために組んだことは、最後まで成し遂げるべきだ。」

 「ハハハ、パートナーだから結婚しろと言いたいのかな?中々強引だねキミは。」

 「違う。ココネは税金で半分持っていかれると言ったが、それは厳密には違う。持っていかれるのは四分の三近くだ。この計算ならね。」


 淡々と告げる俺の言葉に、ココネは苦虫を潰したような表情を浮かべる。


 「俺たちがコンテストで得られた金は共通口座に納められている。それを分配するってことは贈与税が発生する。それを考慮すると"一億円を"分配すると四千万円程度になる。」

 「あ、あぁ~!そうだったな!いやぁ忘れてたよ!アハハ、だが問題はないだろう。四千万円で金額は合ってるじゃないか。」


 彼女自身、もう論理が破綻していることに気づいているのだろう。それでも彼女は隠し通すしかなかったのだ。それは相棒である俺への公平性。だがそれを指摘したら彼女はきっと頑なに否定するだろう。もしかしたら大したことないとごまかすのかもしれない。


 「俺は少しでも金が欲しいんだ。税金なんかで浪費するなんてお断りだ!それはココネも同じだろう。だからもっと良い方法があるんだ。今回の金は俺たち二人で得たもの。それは間違いない。贈与税が免除されるパターンがあるだろ?」

 「なに……?免除……?結婚……キミ、まさか……。」


 答えを告げる前に彼女も察したようだった。流石そのあたりの知識は上流階級の教養として身につけていたのだろうか。俺は笑いながら答えた。


 「そうだ、そのための結婚!そうすれば贈与税もクソもない!何せ夫婦の共有財産だからな!結婚するだけで数千万円もお得になるんだ、やらない手はないだろ?」


 あまりにも下衆すぎる提案。仕方のない話だった。本心は隠さなくてはならない。あとは彼女がこちらの意図をどこまで読み取れるかだった。

 俺の言葉を聞いて、彼女は視線を落とし俯いていた。思案を重ねている様子だったが、しばらくして笑い声が溢れる。


 「クク……アーハッハッハ!!なるほどなるほど!?キミは本当にとんでもない悪人だな?それはつまり私に偽装結婚を持ちかけていることになる!結婚詐欺を堂々とするということさ?私に!?クク……本当におかしい、どうかしてるよ……なるほどだがそれは……。」


 心底おかしいようだった。息を整えて、落ち着くのを待って、やがて彼女は意地悪な笑みを浮かべ手を差し伸べる。


 「とても……私好みのプロポーズだ。良いだろう、その申し出受けようじゃないか。"これからも"よろしくたのむよ詐欺師クン?」


 いつものように澄ました笑みを浮かべて、ココネはそう答えた。


 「それじゃあプロポーズにはエンゲージリングが必要だな、薬指を出してくれないか。」

 「指輪まで用意してるとは随分と手際が良いじゃないか。良いとも、茶番は嫌いじゃないさ。言っておくが私はファッションにはうるさいぞ?ださい指輪など用意したら前言撤回だ。」


 俺は用意していた指輪を取り出して彼女の薬指へとはめた。


 「ほぉ~いや中々どうしてこれ……は……。」


 得意げにしていたココネだったが、はめられた指輪を見ると表情が変わった。


 「これは……。」

 「これはエンゲージリング、婚約指輪だ。婚約の約束に税金なんて無粋なものはかからない。」


 彼女は既に三千万円を恩師である鈴木美咲を救うために失っている。

 税金を考慮すると、彼女は失った指輪を取り戻すことができないのだ。彼女が大事にしていた、唯一の家族との繋がりが。

 それでも彼女は公平な分配を優先した。彼女のプライドなのだろう。共に協力した相棒に、不公平な要求をしないために。真実を話して下手に後味が悪い別れにならないように。

 彼女の嘘とは、そんな矜持、高潔な誇りで塗り固められた嘘だったのだ。

 そんなことは間違っている。部屋に来たとき、玄関口で目立っていた写真立て。失った家族の写真を彼女はいつも見ていたのだ。大切じゃないわけないのだ。だってこれが、彼女と家族とを繋ぐ、唯一の形見なのだから。

 今、彼女の薬指にはそんな大切な指輪が色褪せること無く輝いていた。


 「……ありがとう天理。少しだけ、私のワガママに付き合ってほしい。」

 「プロポーズした時点で、ずっとそのつもりだよココネ。」


 俺たちは誓い合った。偽りの婚約生活を。ココネは名声を取り戻すために。そして俺は復讐のために。歪ながらも、その繋がりは確かなもの。奇妙な関係が始まったのだった。





 「そういえば天理、キミ学校は大丈夫なのか?いや一週間も拘束していた私が言うのもなんだが。」

 「あ。」


 完全に忘れていた。学校の存在。なにせ俺の精神はすでに学校なんて卒業しているわけで学校という意識がなかった。それに学校よりも金稼ぎを優先したかったのもある。


 「堂々とサボりとは悪だね~、いや冗談冗談。なんて学校なんだい?私が手引きしておいてあげるよ。何、元お嬢様のコネというやつさ。」


 一週間の無断欠席をどうにかしてくれるならありがたい。学校名をココネに教えると、すかさず彼女はどこかと連絡を取り始めた。

 学校……未来では俺の雇用主になる福富白禄ふくとみしろくもいる。あまり会いたくないが仕方ない。いいや……せっかく人生をやり直しているのだ。復讐に関係するかは分からないが、奴との関係は良好である方が良い。

 人脈というのも高校生のうちに広げておいたほうが良いだろう。クラスメイトでそんな目立った人物は……そんなにはいなかったが、何かの助けにもなりうる。

 なに、やり直しの人生、高校生活をリターンするなんて簡単なことだ!

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