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あやかし隠し  作者: ISTORIA
第三話 波乱の祭事
7/8

波乱の祭事:上

 鬱蒼(うっそう)と生い茂る森の中に、不自然な洋館があった。

 年季の入った洋館の外壁には木蔦が巡るように生え、より(さび)れた雰囲気を強める。

 (おごそ)かな印象を与える玄関広間(エントランスホール)に塵一つない。しかし、天井にぶら下がるシャンデリアに(とも)る怪しげな青白い妖火が不気味さを演出する。

 異様な空気に包まれる洋館、その最上階の最奥の一室から禍々しい気配が滲む。


「何か弁明はあるか」


 豪奢な調度品が揃う室内。肌触りの良い天鵞絨(ビロード)長椅子(カウチ)に座る男は、肘掛けに寄りかかって頬杖をつく。

 襟足の長い黒髪に、赤く染まった鋭い目。恐ろしいほど整った妖艶な美貌は、人々を跪かせる魅力のある支配者の如し。

 洋館に不釣り合いな彼岸花を描いた黒地の和装だが、彼の美貌をより引き立てる。

 ただし人の姿形と裏腹に、頭には獣の耳、艶やかな長毛に覆われた九本の尻尾を持つ。


 男は長身に見合う長い足を組み、気だるげに細めた目で眼前の少女を威圧する。

 少女――鈴音は猫の耳を伏せ、二本の尾は恐怖から微動すらできない。

 とはいえ花魁のようにはだけた豪奢な着物はやや薄汚れているが、鈴のついた組紐で結わえたサイドテールや化粧はしっかり整えていた。

 万全とは言い難い姿で対面した鈴音は、手入れの行き届いた白皙(はくせき)を青ざめさせる。


「あ、あたしは……あの女を見極めようと……」


 気力を振り絞って喘ぐような声で答える。

 しかし、男は鼻を鳴らして一蹴する。


「不要だ。あれは我が伴侶と定めた娘。稲荷大神の神使(しんし)、狐神に(つら)なる白狐の姫だ。我の力を高める(きざはし)となる者は、あの娘以外にありえない」

「ですがっ」


 説明を聞いてもなお、鈴音は歯噛みする。

 いや、理解はできても受け入れられないのだ。

 必死な顔で食い下がると、男は目を細める。


「この我に歯向かうのか」


 重苦しくも冷ややかな声に、ゾッと背筋が凍りつく。

 青ざめて声が詰まると、男はおもむろに片手を持ち上げる。

 ボゥッと音を立てて生じたのは、漆黒の炎。


「ひっ」


 離れているにも関わらず届く熱気に、鈴音は喉の奥から引きつった声を漏らす。


 男が得意とする妖術。中でも最も凶悪な黒炎は、触れたもの全てを灰燼(かいじん)()す。

 彼の機嫌を害した者は等しく燃やし尽くされる。

 鈴音は、まさにその対象となっていた。


 二本の尾が恐怖から体に巻きつき震えあがる。

 恋しい男の手で葬られるのなら本望だと思っていたが、私情を優先した結果の死は何とも情けなく惨めなもの。

 このままでは無意味な死を迎えてしまう。それだけは受け入れられない。

 生存本能から必死に思考を巡らせる。


 そして、ある人物が脳裏に過った。


「ぁッ……お、陰陽師ですっ……!」


 あの白狐の姫を助けた者を思い出す。

 とどめを刺さなかったものの、鈴音を痛めつけて追い詰めた人間の少年。


「……なに?」


 掠れた声で叫ぶと、男の手のひらから黒炎が消える。

 熱気の名残はあっても、命の危機から回避できたのだと鈴音は感じた。

 この好機を逃さないよう、鈴音は慎重に言葉を選ぶ。


「白狐の姫を見極めようとした時です。陰陽師と思わしき人間が現れ、あたしの呪術を返したのです。歳は白狐の姫より上のようですが、並みいる陰陽師より腕が立つかと」

「……なるほど。護衛か」


 落ち着きを取り戻した鈴音が(もたら)した情報に、男は舌を打つ。


玉藻前(たまものまえ)様が陰陽師と武将に殺されたが……そうか。奴の末裔か」


 かつて主君と仰いだ大妖怪を討ち滅ぼした人間、その子孫。

 思い出すだけで腹の底から苛烈な熱が込み上げ、声音に怒りが宿る。

 恐ろしいほどの妖気が溢れ出る男の気迫に、鈴音は震えあがる。


「鈴音」


 不意に呼ばれた名前。

 男は、取るに足らない有象無象の一匹である鈴音の名前を憶えていた。

 たったそれだけで、鈴音は天にも昇る幸福感に包まれる。


「は、はいっ」


 喜色の滲む声を上げると、男は告げる。


「その陰陽師を殺せ」

「はい! 必ずや!」


 あの少年(ヤツ)のせいで計画が台無しになった恨みを晴らしていない。だからこそ男の命令は渡りに船だった。


「貴方様の障害は、この鈴音がすべて取り払って見せます!」


 意気込みを口にした鈴音。

 男は、薄い唇を歪めた。


「その意気や良し。ならばお前にこれを授けよう」


 憎き陰陽師を討ち滅ぼす一手のために、男が鈴音に授けた物は――。



     ◇  ◆  ◇  ◆



「いやぁ、一時はどうなるかと思ったよ」


 オカルト研究部の部室にて。

 美琴と五十嵐が揃うと、部長の榊原がしみじみと言う。


「龍樹は失恋からどっか行っちゃうし、見つけたと思ったら熱中症で倒れてて」

「……」

「美琴ちゃんと安倍君がいなかったら危なかったんだって? しかもお礼も言ってないとか? いくら恋敵でもお礼くらい言おうよ」

「……明日言います」

「そう言ってズルズル先延ばしするのが龍樹じゃないか」

「ぐっ」


 腹黒い笑顔でズバズバと痛烈な言葉を並べる榊原に、五十嵐は呻く。

 ハラハラと見ている美琴は助け舟を出そうと覚悟を決める。


「ま、まあまあ、榊原先輩。私からお伝えしますから」

「甘やかさなくていい。人として当然の礼儀ができないなんて社会的に問題でしょ」


 正論すぎて流石に擁護(ようご)できなかった。

 苦笑いを浮かべて何も言えなくなった美琴を見て、榊原は(まなじり)を優しげに下げる。


「ほんと美琴ちゃんはいい子だね。普通なら告白した人がいる部活なんて居心地悪くて辞めちゃうのに」


 相手は意中の人ではない。好意を寄せてくる相手との関係が(こじ)れると、さらに溝が深まって破綻(はたん)する事例も少なくはない。

 しかし、美琴はその手の人間の心理に(うと)かった。


「そんなに薄情ではないですよ」

「得難い後輩だねえ。君が部員になってくれてよかったよ」


 オカルト研究部は、三人構成というギリギリの人数で成立している。

 廃部寸前のところで美琴が加入して、彼女が五十嵐を見捨てず、オカルト研究部から退会しない。そんな部員の存在は奇跡に等しい。

 まさしく得難い人員なのだ。榊原の感謝の気持ちも強くなるのは当然だった。

 美琴は照れ隠しの笑顔を浮かべる。

 一方、五十嵐は居心地の悪そうな渋面を作って、重要な話題を出す。


「……それより、来週から夏期講習だよな。夏休みって言っても学校に来るんじゃあ活動はどうします?」

「『それより』って……まあ、いいか」


 五十嵐の物言いに呆れつつ、榊原は嘆息する。


 季節は夏。都会らしい熱気に誰もが辟易(へきえき)する時期。

 中学校までは夏季休暇で自由に遊べたが、進学して長期間の夏休みが夏期講習に変わる高校も多々ある。

 美琴達が通う高校では夏期講習がある。さらに夏合宿という企画を立てるクラブ活動も少なくはない。

 とはいえ夏期講習の参加・不参加は自由。成績が悪ければ補習授業代わりとして受ける必要がある。


 しかしながら榊原は――


「僕は学年一位の優等生だからね。夏期講習には出ないよ」

「私も成績は三位でしたので……」

「チクショウ! 俺だけ仲間外れか!」


 五十嵐は悔しさのあまり、ドンッと拳で机を叩く。

 美琴は苦笑し、榊原は「ははは」と軽快に笑う。


「ま、会えるとしたら夏祭りだな。地元で言ったら八月の半ばにある盆祭りだけど、地域外の祭りは行くかい?」

「私は先に伏見稲荷大社の宵宮祭と本宮祭に行く予定です」


 人間の姿形をしているが、本来の美琴は稲荷大神の神使――お稲荷様である。

 ただのお稲荷様ではなく、現在の御狐神(ミケツカミ)の娘。つまり白狐の姫。

 自ら仕える稲荷大神を祀る、京都の伏見稲荷大社の祭りには必ず参加する義務がある。でなければ都会の学校に通う許可は貰えなかったのだ。

 どれか一つでも欠かせるようなら、人の世と別れることになる。


 幸いにも夏休みが始まる時期なので、終業式が終わると京都へ向かう予定だ。

 かなり慌ただしくなるだろうと予測していると、榊原が目を丸くして尋ねる。


「え、それっていつ?」

「七月の第三土曜日と日曜日です」

「……夏季休暇に入ってすぐか。龍樹、行けそう?」

「無理っす」

「僕もだよ」


 ガックリと肩を落とす二人。頭の中には美琴の浴衣姿が浮かんでいた。

 しかし、美琴は遊びに行くのではない。当然、浴衣を着る予定はない。

 故に二人が来られないことに、美琴はほっと安堵した。


「あの……八月のお祭りまでには戻れます。だからもし会えたら……」


 とはいえ、親しい人の暗い表情は良心が痛む。

 落ち込む二人を元気づけるように言えば、渋々ながら榊原は受け入れる。


「……そうだね。じゃあ、その時にでも浴衣姿を見せてよ」

「部長、なに言ってんですか」

「いいじゃん。龍樹だって見たいくせに」

「ぐっ」


 榊原に図星を指されて五十嵐は呻く。

 オカルト研究部らしくない会話だが、美琴はおかしそうにクスクスと笑った。




 ――終業式後、美琴は急いで京都へ向かった。

 人外である美琴には列車など必要なく、一族固有の神通力で帰郷する。


(晴政さんに会えなかったのは残念だったな)


 祭事の支度に取り掛かりながら寂しさを覚える。

 だが、今は大事な祭事の前夜、宵宮祭がある。

 神使の長、白狐の姫として役目を全うする義務により、雑念を払う。

 重い着物を着つけられ、あとは祭事の時を待つだけ。

 ふと、懐にしまったものを思い出す。

 それは、どの神社にもある赤い布地で作られたお守り。


 ――「これを持っていてくれ。美琴が危なくなった時、必ず助けに行くから」


 先日の事件の後、晴政に渡されたもの。

 着物越しから触れれば、強い霊力が込められていると判る。


「……晴政さん」


 心地よい霊力を感じて、美琴は切なさから彼の名を呟いた。


『そんなに会いたいのぉ?』


 その時だった。怪しげな声が聞こえたのは。

 耳にではない。まるで頭の中に直接語り掛けるような響きを脳に感じる。

 ゾッと背筋に悪寒が走る。このねっとりとした声の主は――


『この鈴音様が叶えてあげる』


 あの猫又娘・鈴音。

 気付いた直後、胸の奥に不快感を覚える。

 強烈な苦痛が襲いかかり、呼吸すらままならない。


「はる、ま……――」


 薄れゆく意識の中、恋しい人の名を呼んだ。



     ◇  ◆  ◇  ◆



 ――時は(さかのぼ)り、終業式前の放課後。

 晴政は陰陽術で、日課となったオカルト研究部の様子を眺めていた。

 美琴が実家の祭事に出席すると知り、頭の中で予定を立てる。


(先日の猫又が襲ってくる可能性も無くはない。彼女のためにも護衛する方がいい。となるとしばらくあいつに連絡を取って泊まらせてもらうか)


 晴政は陰陽師の家柄。一族の中では末端にあたり、宗家との関係は無いに等しい。

 しかし、宗家の本拠である京都には少なくとも友人がいる。

 そして――


「気付かれなければいいが……」


 晴政は自分の容姿が目立ちやすいことを自覚している。美琴に気付かれる確率は高い。


「まあ、その時はその時でなんとかするか。彼女を守るためなら些末(さまつ)なことだ」


 彼女を守る。幼い〝あの日〟に誓ったのだ。

 脳に蘇る過去に思いを馳せ、より一層覚悟を胸に刻んだ。


「美琴を守る。それが彼女への恩返しだ」


 ――運命は時に試練を与えるものなのだと、晴政は知っている。

 しかし、自分が介入する前に起きる不測の事態を想定しきれなかった。




 数日後の終業式を無事に終えた晴政は、(すで)に整え終えていた荷物を持って、予約していた特急列車に乗る。

 一般の列車以上に早く京都に到着すると、まずは友人の家に荷物を預けに向かう。

 時刻を確認すれば、あと二時間で宵宮祭が始まろうとしていた。



 ――はる、ま……



「――!?」


 首筋に悪寒が走る。脳に響く微かな思念に衝撃が走る。

 首から下げている赤いお守りを引っ張り出せば、熱を帯び、金糸が黒ずんでいた。


「まさか……!?」


 ただの厄除開運の御利益が込められたお守りではない。晴政の渾身(こんしん)の術をかけ、美琴のお守りと回路を繋いだ一種の探知器。同時に美琴の身に降りかかった危機を知らせる性能も付随した。

 友人に断りを入れて、晴政は人通りの多い道を走る。

 あと少しで宵宮祭が始まる雰囲気から、多くの参拝客が今か今かと待ち構えている。


「くそっ」


 このままでは間に合わない。

 焦燥感から首に下げたお守りを握り締める。


「……え?」


 不意に、リン、と鈴の音が聞こえた。

 清涼な音色が聴こえた路地へ振り向くと、一匹の狐がいた。

 通常より大きく、目元に隈取(くまどり)のような赤い紋様が浮かんでいる。

 薄暗い中でも仄かに光る純白の体から、霊験(れいげん)あらたかな神気を感じた。


(この、御方は――)


 ひと目で気付いた。その狐の正体に。

 急いで人目につかない路地に入り、恭しく(こうべ)を垂れる。


「掛けまくも(かしこ)き稲荷大明神、拝み奉りて(かしこ)み恐み(もうさ)く――」


「口上は良い」


 低くもよく通る声が鼓膜を、脳を震わす。

 雄大な大地、清涼な山頂の空気――その言葉では表現に至らないほど、荘厳(そうごん)静謐(せいひつ)な神気。

 たった一言だというのに体の奥が(すく)み上がる力を持つ声。

 重力に押し潰されそうな重圧が襲いかかるが、気合を入れて僅かに頭を上げる。目を合わせないように、それでもその姿を視界に入れる。


「……ふむ」


 白狐は金色の瞳を細める。

 目の前にいる少年は、十把一絡(じっぱひとから)げの矮小(わいしょう)な人間だと想像していた。

 しかし、実際に会ってみると――


「良い目だ。美琴が気に入るのも頷ける」


 神を恐れぬ、されど畏れる心を持ち、分を(わきま)えてなお強い意志を捨てない。

 未熟であれば意識すら保てない程度だが、強靭な精神力で耐えているのだ。


其方(そなた)には美琴を救う資格があるようだ」


 凡庸(ぼんよう)な人間なら、愛娘同然の美琴を(たく)さなかっただろう。

 ほんの僅かだが認めた白狐は、晴政に告げる。


「美琴を攫った者は猫又。居場所は現世と異界の狭間だが、其方なら辿り着けるだろう」


 通常の人間なら手出しできない、危険の(ともな)う空間。

 しかし、目の前の白狐は心から信用している言葉とともに晴政を見据えた。

 美琴との関係は認めらえていないだろう。それでも信用してくれたのだ。

 晴政にとって最高の好機を前にして、やり遂げてみせる意気込みを(いだ)く。


「必ずや美琴……いえ、白狐の姫君をお救いします」


 遠い昔、幼かった〝あの日〟に守ると〝約束〟したのだ。

〝約束〟は成長するにつれ〝誓い〟となり、〝想い〟が加わった。

 たとえ成就することのない〝想い〟だとしても、晴政は美琴を救うべく立ち上がった。



     ◇  ◆  ◇  ◆


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