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あやかし隠し  作者: ISTORIA
第二話 恋の操り人形
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恋の操り人形:上



 先日の肝試しを機に、オカルト研究部は危険な活動を度々(たびたび)起こした。


 降霊術(こうれいじゅつ)による占いで有名な〝こっくりさん〟。

 幽霊が出るという地元の〝呪われた池〟。

 先代部長が行ったという降霊術〝ひとりかくれんぼ〟。


 騒動が起きるたびに、晴政は奔走(ほんそう)した。


〝こっくりさん〟では、帰還に失敗した狐霊を送還(そうかん)

〝呪われた池〟では、水辺の性質で(とら)われた女性の地縛霊を除霊。

〝ひとりかくれんぼ〟では、(こころ)みた榊原弓弦に気づかれないよう救助。


 特に〝ひとりかくれんぼ〟は予測できず、美琴に頼まれなければ間に合わなかった。


(先代部長と同じことするなんて。さすがというかなんというか……)


 いくら先代部長に頼まれたからとはいえ、トラブルメーカーの世話は大変だ。

 しかし、ささやかだが得することはある。


「安倍先輩、いつもすみません」


 オカルト研究部の騒動を解決するたびに、美琴手製の菓子を謝礼として貰えるのだ。


「いや、気にするな。信田もお疲れ」


 感謝の気持ちが込められた意中のひとの手作りの菓子を食べられるのなら頑張れる。

 そして、昼休みを共に過ごせる機会でもあった。

 ぽん、と頭に手を置いて優しく撫でれば、美琴は(ほお)を緩めて受け入れる。


(ああ、癒しだ)


 日頃の疲れが一気に癒された気がした。


「あの、安倍先輩」


 不意に、緊張気味に美琴が声をかけた。

 助け続けた結果、警戒されることがなくなったのだが、少し身構える。


「えっと。名前……ですけど……」


 もじもじと動かす手に視線を落として言いかけたが……


「……いえ。何でもありません」


 諦めたような声音で誤魔化す。


 なんとなくだが、晴政は悟った。

 美琴は他者に踏み込まれないよう()けることに慣れているが、自分から踏み込むことに慣れていない。そもそもしたことがないのだろう。

 おそらく名前を呼びたいのではないかと察して、晴政は決意した。


「美琴――と、呼んでもいいか?」


 もしかしたら離れていくかもしれない。けれど、美琴の思いを汲みたい。


 勇気を出して申し出れば、美琴は勢いよく顔を上げる。

 驚きから目を丸くして、頬を紅潮(こうちょう)させていた。


「――はい! 私も、晴政さんと呼びます」


 無邪気な笑顔で嬉しそうに言った。

 可愛らしい笑顔に、晴政は勇気を出してよかったと心から思った。




     ◇  ◆  ◇  ◆




 和やかな昼休みが過ぎて、晴政は一年生の教室がある階層まで美琴を送った。


「晴政さん、ありがとうございました」

「いや。美琴も大変だろうが、頑張れ」

「はい!」


 満面の笑顔で頷いた美琴は軽く会釈(えしゃく)し、教室へ向かう。

 見送った晴政は、自身の教室に戻ろうと階段を上っていく。


 ――それを下の踊り場で、一人の少年が目撃した。


「……何だよ、今の」


 五十嵐龍樹。晴政の同級生で、美琴と同じオカルト研究部に所属する二年生。

 そして、美琴に好意を(いだ)く者の一人。


(あんな笑顔……初めて見た)


 晴政に向けられた笑顔は、完全に心を許した感情が込められていた。

 オカルト研究部に入部して出会った当初は硬かったが、笑顔を見ることはある。とはいえ、仕方ないと言いたげな困ったような笑顔。まるで手のかかる子供を相手にしているような雰囲気さえ感じられる。


 しかし、晴政は美琴の自然体な笑顔を見ている。それも自分の知らないところで。


 無性に苛立ちが込み上げ、荒々しい足取りで教室に向かった。

 通り過ぎる生徒は恐れ(おのの)きながら道を開き、それが余計に神経を逆撫(さかな)でする。


 教卓側から教室に入れば、すぐに目に留まるのが晴政だ。

 五十嵐の席は、ちょうど晴政の後ろ。嫌でも晴政の背中を見ることになる。

 大きな舌打ちを鳴らし、ドカッと荒々しく席に座る。


 じろりと前を見るが、晴政は気にも留めないようで読書を続けていた。

 より一層不愉快になり、とうとう晴政の椅子を蹴った。


「!? ……五十嵐、何をするんだ」


 眉をひそめて振り返った晴政。怒っていないが、問題児を見る困った顔だ。

 不意に美琴の表情が重なって見えて、無意識に目つきが鋭くなる。


「てめえ、信田と逢引(あいび)きしてんのか」

「逢引き?」

「とぼけんな。昼休み、信田といるんだろ」


 美琴と過ごしていると断言すれば、晴政は目を(みは)る。

 図星の反応に、五十嵐は鋭い眼光を強める。

 恨みを込めた(にら)みに、晴政は嘆息した。


「逢引きと言うほどじゃない」

「だったら名前で呼び合うほど仲が良い理由は何だよ」


 五十嵐の言葉で、階段でのやり取りを見たのだと晴政は察した。

 決して悪いことをしているわけではないのだが、五十嵐には許容できないようだ。

 あからさまな嫉妬だと理解して、晴政は不快感を覚えた。


「別に、仲良くなるのは俺と彼女の自由だろう」


 同じ部活動の仲間、友達だとしても、美琴と五十嵐は他人。他人である美琴の行動範囲を狭める道理はない。


「そもそも彼女の交流関係に口を出すほど、お前は彼女と仲がいいのか?」

「それは……部活仲間だし……」


 晴政の疑問に言いよどみ始めた五十嵐に、晴政は呆れる。


「部活仲間の範疇(はんちゅう)を超えている。まるで制限をつけたがる父親か、束縛する恋人みたいなものじゃないか」


 モノの例えを挙げれば、五十嵐の表情が強張(こわば)る。


「彼女の自由を奪って何がしたいんだ、お前は」

「俺は……っ……べつに、束縛なんて……」


 晴政の言葉を否定したがるが、(はた)から見れば美琴の交流に口を出し、束縛しているようだ。

 五十嵐は自分の行為がどれほど美琴の害になるのか自覚していない。それどころか自由を奪おうとしている自体さえ考えていない。


(まるで借りたおもちゃを返したくない子供みたいだ)


 今の五十嵐の状態に近いものを内心で(たとえ)え、晴政は嘆息する。


「彼女は人だ。物じゃない」


 それは当たり前の言葉。だが、五十嵐は衝撃を受けた顔で息を詰める。

 五十嵐の表情で、これ以上の会話は不要だと感じた晴政は教卓側へ向き直り、読書を再開した。


(……何なんだ)


 晴政の背中を見ているというのに、先ほどまであった不快感が消えている。それどころか胸に穴が開いたような虚無感を覚えた。


(信田は人って……そんなの当然だろ)


 美琴を物扱いしていない。大切な後輩で、好意を持っている相手だ。

 しかし、晴政の言葉で五十嵐の心が揺らぐ。


(俺は……)


 自分の本当の心が見えない。そんな混乱に(おちい)った。




 授業に集中できないまま放課後を(むか)えた。

 五十嵐は重い足取りでオカルト研究部の活動へ向かうと、いつも通り美琴が先に部室へ到着していた。


「あ、五十嵐先輩。お疲れ様です」


 礼儀正しい挨拶と、柔和な微笑。

 いつも通りのやり取りだが、昼間のことを思い出した五十嵐の表情が曇る。


「五十嵐先輩? どうかしましたか?」


 軽く目を見張った美琴が眉を下げて尋ねる。心配そうな表情だが、その心遣いが嬉しいとは感じられない。

 いつもの自分ではないことを自覚して、五十嵐は鬱屈(うっくつ)しかけた。


「……信田は俺のこと、どう思ってるんだ?」


 ぽろっと口からこぼれた言葉。

 ハッと我に返って美琴を見れば、彼女はきょとんと目を(しばた)かせる。


「どうって……いきなりですね。でも、そうですね……」


 美琴は目を伏せて考え込む。

 どんな答えが返ってくるのか緊張していると、美琴は五十嵐を見上げる。


「怖がりなのにオカルト研究部に入っている奇特な方でしょうか」

「……き、奇特?」


 あまりいい意味ではない気がして復唱すると、美琴は「はい」と(うなず)く。


「榊原先輩と同じで目が離せません」


 強すぎる好奇心は、いつか身を滅ぼしかねない。

 お人好しの美琴には放っておけないという意味が込められていると理解した五十嵐は、〝世話が焼ける兄〟のように見られていると感じた。

 強ち間違っていないだろうが、トラブルメーカーで定評のある榊原と同列に見られているという自体が衝撃(ショック)だった。


「じ……じゃあ、安倍はどうなんだよ」


 偶然にも階段の踊り場で目撃した、親しげなやり取り。

 思い切って尋ねると、美琴は目を丸く見開く。


「えっ。晴政さん……ですか?」


 五十嵐と違い、気安く名前で呼んでいる。

 それだけではなく、心なしか美琴の頬が赤い。


「その……頼りになる先輩、です」


 気恥ずかしそうな笑顔で答えた。

 五十嵐は悟った。美琴は自分ではなく、晴政に心を寄せていると。

 重苦しい靄がかかった気持ちがさらに重くなる。

 知りたくなかった現実に心が傷つき、折れた。


「五十嵐先輩?」


 息苦しさを感じていると、美琴が心配そうに呼びかける。

 ガラスが(きし)む音が脳裏に響き、気付けば部室から逃げるように出ていた。

 校則を破っていると頭にないくらい無我夢中で廊下を走り、階段を駆け下り、校舎裏を一望できる通路に出た。

 建物の影に包まれた閑散(かんさん)とした校舎裏は、まるで自分の心のようだと五十嵐は感じる。


「……何なんだよ」


 階段の段差に座り込み、膝に肘を乗せて両手で顔を(おお)う。

 新入生で、新入部員の信田美琴。オカルト研究部に入るほど好奇心が強くて、何より可憐な美少女。意外にも大人びて、時に頼もしく、お人好しで、学校の(うわさ)や人気の異性に興味を持たない。

 ――それが五十嵐の美琴への印象だった。


 けれど思い返してみれば、美琴は好奇心が強いようには見えない。

 肝試しのときも榊原に諫言(かんげん)(てい)するほど慎重だった。〝こっくりさん〟を行った後に五十嵐が手順を(あやま)ったときも、美琴は元気づけてくれた。

 どちらが年長者か分からないくらい、美琴はしっかり者で支えてくれた。それは仲間に対する態度ではなく、手のかかる子供を相手にしているようなものに似ていた。


「俺は……信田が……」


 信田美琴が好きだ。その気持ちは(いつわ)りではない。

 しかし、何をもって好意を抱いたのか。

 自分の気持ちが見えなくなり、ぐるぐると思考が悪循環に陥る。


『好きなんでしょお?』


 その時だった。(つや)のある高い女性の声が聞こえたのは。

 驚いて顔を上げるが、周囲には誰もいない。


「だ、誰だ?」

『嫉妬するほど好きなのよねぇ? だったら自分のモノにしちゃえばいいじゃなぁい』


 クスクスと笑う不気味な声に怖気が走る。

 だが、聞き捨てならない言葉に不快感を覚えた。


「信田は人だ! モノじゃねえ!」


 たまらず立ち上がって()えるように怒鳴った五十嵐の脳裏に晴政の言葉が(よみがえ)る。



 ――「彼女は人だ。物じゃない」



 晴政と同じことを言っている自分に、五十嵐は奥歯を噛み締めた。


(そうだ、あいつに言われなくても分かってる。信田は――)


『その様子じゃ気付いてなぁい? ま、当然よねぇ。ただの人間だものぉ』


 神経を逆撫でする口調で嘲笑(あざわら)う謎の声。

 意味深長な言葉に五十嵐は引っ掛かりを覚えて眉をひそめる。


「……どういうことだ?」


 疑問が口からこぼれると、謎の声の主はニタリと口角をつり上げる。


『あんたがだぁい好きな信田美琴に(だま)されているってこと』

「……は?」


 美琴が騙している。考えたことがなかった憶測だが、五十嵐は怪訝(けげん)な顔をする。


「信田が……俺を騙す? なんでそんな意味ないことするんだ」


 そう、意味が無い。

 美琴は五十嵐を榊原と同じく手のかかる同僚と見ている。好意も友人に対するものと同じだろう。そんな相手を騙すほど、美琴の性根は(みにく)くない。むしろ綺麗だと五十嵐は思っている。

 だが、謎の声の主はせせら笑う。


『あんただけじゃないわよぉ? この学校にいる全員に……と言ったらどう?』

「……それこそ無理があるだろ。どれだけ通っている奴らがいると思ってんだ」

『んもぉ、頭が固いわねぇ。あたしが言いたいのは、あの女の正体よ』

「……正体ィ?」


 何を言ってるんだ、コイツ、と言いたげな五十嵐は怪訝(けげん)に顔を歪める。


「そもそもお前の方こそ何なんだよ。正体とか意味不明なこと言うなら、お前の方こそ姿を見せろってんだ」


 姿を見せることなく、こそこそと美琴を悪しざまに言われて気分が悪くなる。

 粗野(そや)に言えば、クスクス、クスクスクス、せせら笑う声が響く。

 急に一帯の空気が重くなる。不気味な雰囲気に冷汗を感じていると、チリン、鈴の音が聴こえた。

 勢いよく背後へ振り向けば、階段の段差に腰かけて足を組む少女がいた。

 黒毛が混じった茶髪を鈴のついた組紐でサイドテールに結わえ、丈が短く裾幅の広い着物を花魁のように着こなしている。肩口と華奢な足を(さら)した少女の顔立ちは愛らしいが、妖艶な印象も持たせる。

 そんな美少女の頭には二つの獣耳、後ろには二本の尻尾が生えている。


「……は? コスプレ?」

「違うわよ。これだから人間は駄目ねぇ」


 呆れた様子で(あざけ)る。

 困惑する五十嵐は、観察しているとあることに気付く。

 獣らしい耳が、二本の尻尾が、神経が通っているように動いているのだ。


「ほん……もの……?」


 嘘だ。そんな人間がいるなんて常識外れだ。

 心の底では否定するも、口を衝いて出たのは掠れた声。

 すると、猫耳の美少女はニタリと赤い唇をつり上げる。


「ようやく分かったぁ?」


 青い瞳の瞳孔(どうこう)が縦長に細くなる。

 人間ではないのだとようやく気付いた五十嵐は後ろ足を引くが、急に体が動かなくなった。


(なっ、何だ!? ……あ?)


 口を動かしたと思えば、まともに動いていない。


(声、が……)


 声すら出せない。つまり、助けを求められない。

 今更ながら危機感を覚えた五十嵐の顔が青ざめる。猫耳の少女は愉快そうに笑い、五十嵐に近づいて手を伸ばし、長く鋭い黒い爪で頬を撫でる。

 ピリッとした痛みが走り、頬から生温いものが流れた。それが自分の血であることすら考えられなかった。


「あんたはぁ、あたしの(こま)になってちょうだいねぇ?」


 猫撫で声がねっとりと耳に絡まり、五十嵐の瞳から光が消えた。




     ◇  ◆  ◇  ◆




 五十嵐がオカルト研究部の部室から飛び出した。


 最後に見せた傷ついた表情に、美琴は困惑する。

 どうやら五十嵐にとって傷つく言葉を選んでしまったのだと察する。だから逃げたのだと。

 しかし、皆目見当がつかない。どうして五十嵐の心が傷ついたのかさえ。


「……それが、私と人間との差……なのかな……?」


 理解しているようでしていない。改めて気付かされた美琴の胸に鋭いものが刺さった。

 痛みは一瞬。しかし、ゆっくりと広がっていく。真綿に包まれ、その上から押し潰されそうな――そんな鈍い苦痛を感じるのだ。

 じわりじわり浸食しようと波を広げる〝黒〟。それが何であるのかさえ理解できない。


「やあ美琴ちゃん、龍樹と喧嘩(けんか)でもした?」


 底が抜けたような軽さで登場した榊原。その声で我に返った美琴を見て、榊原は目を瞠る。


「……大丈夫? 顔色が真っ青だ。龍樹に何か言われたりしたかい?」


 榊原は眉を下げて、心の底から心配している表情で美琴の額に触れようとする。

 だが、その手のひらに気付いた美琴は後ろ足を引いた。


「だ、大丈夫です」

「本当に?」

「はい。……むしろ、私が傷つけたのかもしれません」


 美琴が憂い顔で眼差しを床へ下ろすと、榊原は驚く。

 予想では五十嵐が美琴に何かしら仕掛けたのではないかと思っていたのだ。


「さっき龍樹が廊下を走っていってたけど、もしかして……それ?」


 階段を下りきろうとした手前で駆け抜けていった五十嵐を思い出す。ほんの一瞬だったが、苦しげな目だけは印象に残った。

 榊原の問いに、俯いたまま小さく首肯(しゅこう)する。


「五十嵐先輩から、自分を『どう思っているんだ?』と質問されたのです。それに対して私は『奇特な方』だと答えました。榊原先輩みたいに放っておけない人だとも」


 ただありのままを答えただけだった。それがどうして傷つく言葉になったのか。

 何度も思い返しても答えが見つからず、表情に(かげ)りが下りる。


「……うわっちゃぁ。よりによってこのタイミングかぁ……」


 すると、榊原が(うめ)く。顔を上げれば、榊原は頭を抱えていた。

 頭痛をやり過ごそうとしている様子に、美琴はきょとんと目を瞬かせる。

 榊原は深く息を吐き出し、不思議そうな顔をする美琴に問う。


「美琴ちゃん。君は龍樹のこと好き?」

「え? それは……はい。いい先輩ですし」


 五十嵐は怖がりだが、それがなければ面倒見のいい兄貴肌の先輩だ。

 美琴の中では〝良き人間〟の括りに入る稀有な人間。好ましいと思うのも当然だ。

 しかし、榊原が聞きたいのはそれではない。


「そっちの〝好き〟じゃなくて。恋愛の意味での〝好き〟だよ」

「……恋愛?」


 一人の人間としてではなく、異性として好ましいか。

 何故ここで恋愛話になるのか釈然(しゃくぜん)としないが、美琴は考える。

 五十嵐は人として好ましいが、異性として好ましいかと問われると別だ。心が惹かれるような魅力を感じないのではなく、ただ単に認識できない。

 ならば答えは簡単だ。


「五十嵐先輩は……人としては好ましいですが、恋愛感情は持てません」


 素直な気持ちを答える。すると、榊原は盛大な溜息を吐いた。


「持っていないんじゃなくて、持てないか。あいつも(むく)われないな」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。しかし、〝報われない〟という言葉で意味を察してしまう。

 そんなはずはないと、美琴は戸惑うが――


「はっきり言うよ。龍樹は美琴ちゃんが好きだ。恋愛の意味でね」


 龍樹は分かりやすいから、と榊原は言うが、美琴はまったく気付かなかった。

 言葉もなく困惑する美琴に、榊原は眉を下げる。


「気まずくなったら部活を辞めてしまうかもしれないと思って言わなかったけど、このままじゃ龍樹のためにならない。できれば美琴ちゃん、龍樹に自分の気持ちを言ってくれないか」


 榊原が申し訳なさそうに頼む。その姿勢に、美琴は衝撃を受けた。

 いつも自分本位(マイペース)でトラブルメーカーな榊原が、部員を思い遣っているのだ。

 驚くと同時に、美琴は自分を恥じた。自分が思っているより榊原は仲間想いなのだと気付けなかったのだから。


「……分かりました。早速ですが、行ってきます」

「うん。行ってらっしゃい」


 美琴は榊原に頭を下げて、部室から出ていく。

 急いでいる足音が遠くなり、榊原はそっと溜息を吐く。


「僕も龍樹を(なぐさ)めないとなぁ」


 失恋した男を(はげ)ますのは大変だろうが、大切な後輩だ。

 一肌脱いでやるのも先輩だと、榊原は仕方なさそうな笑みを浮かべて思った。




     ◇  ◆  ◇  ◆




「……そうなったか」


 屋上で遠見の術を使っていた晴政は、深く息を吐く。

 まさか五十嵐が一歩踏み込んで、美琴の心を聞き出すとは思わなかった。だが、五十嵐のことを考えると時間の問題だっただろう。

 今、美琴は五十嵐を探している。おそらくあてはないだろう。

 仕方ないと嘆息し、晴政はもう一度遠見の術を使うことにした。


「ノウボウアラタンノウ・タラヤアヤサラバラタサタナン」


 両手を合わせて瞑目(めいもく)し、詠唱する。次の瞬間、脳裏に学校全体の風景が浮かんだ。

 集中して探すと、校舎裏の階段に座り込んでいる五十嵐を見つけた。

 思い詰めた顔で項垂(うなだ)れている――と、思ったが……。


(何だ……? 誰と話している?)


 急に立ち上がり、虚空に向かって大きな独り言を口にしていた。

 違和感を持って様子を見ていると、不穏な気配を感じる。

 それは、ねっとりとした重苦しい妖気。

 瞬時に周囲を見渡せば、五十嵐の背後に猫耳の少女がいた。しかも、揺らめく二本の尻尾まで生えている。


「――猫又……!」


 気付かれる前に遠見の術を解除し、晴政は急いで屋内へ戻る。


「ジャクウン・バンコク!」


 ブレザー制服の内ポケットから人の形に折った和紙を取り出し、呪文を唱える。

 すると、人型の紙はひとりでに宙に浮き、晴政を先導するように飛んだ。

 対象の後を追う追跡の術。

 (おおやけ)の場で見せびらかすような術だが、使わなければ手遅れになる。


(急がないと……美琴が危ない!)


 危機感を覚えた晴政は、急いで階段を駆け下りた。




     ◇  ◆  ◇  ◆


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