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あやかし隠し  作者: ISTORIA
第一話 初夏の肝試し
3/8

初夏の肝試し:上



 一面を埋め尽くす竹林が、夜風でざわめく。唯一踏み(なら)された獣道を歩く三人のうち、一人の少年が「ひっ」と引き()った声を()らして、前方を歩く少女の肩を掴む。


「わっ……! い、五十嵐(いがらし)先輩……びっくりするじゃないですかぁ」

「わ、わりぃ……ひえっ!」


 自分より二〇センチも低い少女にしがみつく長身の少年という図は、(はた)から見れば情けないものだった。しかし、場所が場所であるため、仕方ないと少女は溜息(ためいき)()く。


龍樹(たつき)はビビリだからなぁ」


 少女の前方で懐中電灯を持ち、真っ暗な道をスタスタと歩く最年長の少年は笑う。


「……榊原(さかきばら)先輩は怖いもの知らずですよね」


 感心と呆れが()()ぜになった気持ちで、少女は遠慮なく言う。

 対する少年――榊原弓弦(ゆづる)はにこやかな笑顔を向ける。


「この、いかにも〝出そう〟な雰囲気……ワクワクするじゃないか」

「優等生の名が泣く発言……!」

「よし、龍樹。前に出て」

「すみませんっしたァ!」


 榊原が笑顔で親指を前へ向けて言えば、五十嵐龍樹は素早く頭を下げる。

 懐中電灯を下から顔に向けて、ぼんやりと不気味に演出した笑顔もあり、恐怖は倍増。榊原(いわ)く、ビビリな五十嵐には効果覿面(てきめん)だ。


「もう……榊原先輩、五十嵐先輩をイジメないでください」

信田(しのだ)……!」

「まあまあ、美琴(みこと)ちゃん。これが龍樹のアイデンティティーだよ」

「嬉しくねえアイデンティティーだなぁオイ!」


 いかにも〝出そう〟な風情のある竹林の中だというのに、不気味さを払拭(ふっしょく)する(にぎ)やかな声。


 だが、少女――信田美琴は気付いている。竹林の中から様子を(うかが)う〝何か〟がいると。


(こんなにいっぱい〝いる〟のに……。今時の人間って、()ることも感じることもできないのよね)


 賑やかな二人に苦笑いを浮かべ、美琴は内心で嘆息(たんそく)する。


(どうすれば早く帰せるかなぁ)


 疲れ気味に細められた美琴の茶色の瞳が、一瞬だけ金色に染まる。その瞬間、周囲に(ひそ)む気配に動揺(どうよう)が走り、竹林のざわめく音が大きく響く。


(あ、いけないいけない。平常心平常心)


「美琴ちゃん」

「は、はいっ?」


 榊原の呼び声に、反射的に背筋を伸ばす。顔を向ければ、彼は知的な黒縁眼鏡のブリッジを押し上げる。


「今回の部活動の命題(テーマ)、聞いてなかったでしょ?」

「テーマ……ですか?」


 そういえば学校の部室で、何か言っていた気がするが、正直覚えていない。

 何故(なぜ)ならあの時の美琴は、窓から射し込む日差しが心地良くてうとうとしていた。今にも寝てしまいそうなときの話など聞けるはずがない。

 眠りかけていた時に名前を呼ばれて、ビクッと意識を戻すと、榊原から「今夜八時、この竹林の前に集合だよ」と手書きの地図とともに笑顔で告げられたのだ。


 何が何だか分からないまま竹林の前で待機し、集まったところで立ち入り、今に至る。

 初めからひしひしと感じていた嫌な予感が(ふく)らむ中、榊原はにこりと笑う。


「我らオカルト研究部の最初のテーマは、ズバリ肝試(きもだめ)し。この竹林の先に古びた廃屋があってね。そこに踏み込んだ者は恐ろしい体験をするという(うわさ)があるんだ」


 榊原の発言に、危険な場所へ向かっているのだと初めて知った美琴の顔が引き攣る。


 黒髪黒目に眼鏡といった、いかにも落ち着いた雰囲気のある優等生を体現している。

 しかし、榊原を知る人は彼を「好奇心の(かたまり)」や「トラブルメーカー」と称する。


 今回も好奇心からとんでもない行動をとっているのだと(さと)り、美琴は焦った。


「か、家宅侵入罪になりません……?」

「大丈夫。僕達以外にも肝試しに利用している人達がいるからさ」


 全然大丈夫ではない。そう言いたくても説明できなくてもどかしい。

 美琴が焦りを(つの)らせていると、五十嵐は(たず)ねる。


「信田、怖いのか?」

「えっ? い、いえ……」


 きょとんとする美琴だが、焦燥感(しょうそうかん)から顔が強張(こわば)っている。そんな表情を見て、五十嵐は口を引き結んだ。


「大丈夫だ。俺達がいる」


 真っ直ぐな眼差しで力強く(はげ)ます。

 茶色に染めて横を後ろに流した髪も、栗色の切れ長な目つきも整い、まさに二枚目な美形と学校では話題だ。


「五十嵐先輩……」


 普通の女の子ならときめくだろう。(ほお)を赤らめ、恋に落ちるだろう。

 しかし――


「人を盾にしている時点で大丈夫ではないです。それに手、震えてますよ」


 場所と状況が悪かった。

 無駄に格好つけようとして失敗する色男の図。傍から見ている榊原の感想である。

 ガクッと肩を落とす五十嵐にケラケラと笑った榊原は、懐中電灯を向ける先に目を向けて、嬉々とした笑みを浮かべる。


「ようやく到着だ」


 竹林の中にポツンと建つ、古ぼけた二階建ての一軒家。窓はひび割れ、壁や屋根には穴が空き、災害に見舞われれば今にも倒壊するだろう。だというのに、かなりの年紀を感じさせる(つた)が壁に()い登るよう根付いている。


 いかにも〝出てきそう〟な、不気味な(おもむき)のある廃屋。


 期待感から目を輝かせる榊原。

 ゴクリと恐怖から生唾(なまつば)を飲む五十嵐。

 その中で美琴は(けわ)しく眉を寄せて、鋭く廃屋を(にら)む。


(――いる。それも(たち)の悪いものが)


 廃屋から感じる禍々(まがまが)しい気配に、美琴は警戒心を高める。

 ふと、ここで榊原の解説を思い出す。


 ――「そこに踏み込んだ者は恐ろしい体験をするという噂があるんだ」


〝恐ろしい体験〟という情報が伝わっているということは、生きて帰れる保証はある。ただし、その後はまともに生きていられるのか怪しい。最悪、原因不明の病や事故に()う可能性もある。

 その手の〝嫌がらせ〟は嫌でも知っている美琴だからこそ分かるのだ。


「……先輩、やっぱりやめません?」

「ここまで来て今さら帰るわけがないでしょ。さあ、キビキビ行くよ」


 満面の笑みで向かう榊原に何を言っても無駄だ。五十嵐も怖がっているが、美琴の背中を押して後に続く。怖いものが苦手だというのに、榊原には(おと)るが好奇心旺盛(おうせい)なのだ。


(ど、どうしよう……そうだ!)


 美琴はこっそり、右手で中指と薬指を親指にくっつけ、人差し指と小指を立てる。狐の影絵を形作った右手を軽く振るえば、ぼうっと青白い光が壊れた窓に映し出された。


 一瞬の出来事だった。目にした榊原は固まり、五十嵐は「ひっ」と引き攣った声を上げる。

 されどこの一瞬で恐怖を植えつけられた――はずだった。


「……今の、何だ?」


 榊原が震える声で(つぶや)く。そこに恐怖の色は……ない。


「やっぱり出るのか! 今度こそ当たりだ!」

「えっ、えぇええっ⁉」


 火が点いたように興奮する榊原の反応に、思わず叫んでしまう。

 普通の人なら悲鳴を上げて逃げるだろう。しかし、さすがはオカルト研究部を仕切る部長。恐怖も警戒も頭から抜け落ちている。


「ほらほら龍樹に美琴ちゃん、早く行かないと置いていくよー!」


 まさに飛びつく勢いで足早に向かう榊原。

 唖然(あぜん)とした美琴は助けを求めて五十嵐を見上げるが、彼も美琴を盾に前へ押す。転ばないように踏ん張ったところで、意外にも力が強くて廃屋へ進んでしまう。


(嘘でしょう⁉)


 味方がいなくて泣きたくなる。そんな美琴に気付かぬまま、榊原は廃屋の扉を開けた。





 三人の男女が建物に消えていく。竹林の暗がりに潜む〝人影〟はそれを見て、ひっそりと吐息を漏らした。


「世話が焼けるな」


 疲労感を感じさせる呟きとともに、〝人影〟は人差し指と中指を揃え、刀印(とういん)を作ると口元に構える。


「――謹請(きんせい)(たてまつ)る」





 (ほこり)っぽい空気に満ちた真っ暗な室内。電線は途絶えているようで、明かりはつかない。所持している三つの懐中電灯の明かりだけが頼りだ。

 しかし、入ってしばらくしたところで五十嵐の懐中電灯が明滅し、フッと明かりが消える。


「あ、あれ? 壊れたか……?」

「新品なんだけど……不良品だった?」


 カチカチとスイッチを操作するが、明かりがつく気配はない。

 買ったばかりとは思えない不自然さに不思議がる榊原と五十嵐。


 少し離れたところで見ている美琴は顔を引き攣らせた。

 何故なら二人の背後に不気味な靄が纏わりついているのだ。


 凝視すれば、それは徐々に形を成していき、人間の顔を持つ人面虎へ変貌(へんぼう)()げた。


魑魅(すだま)⁉)


 ――魑魅とは、森林、木石、あらゆる自然物の精気や瘴気(しょうき)から生ずるという精霊もしくは怪物。幼児に似て二本足で立つものもあれば、顔は人間・体は獣の姿もある。人を迷わせ、死者を食す。


 今回は精霊ではなく怪物の(たぐい)の魑魅のようだ。

 早く倒さなければ二人が危ない。美琴は危機感を覚えて身構える。


(二人が意識を(そら)らしているうちに――!)


「ん? 僕のも不良品だったようだね。美琴ちゃん、君の懐中電灯を渡してくれる?」


 しかし、榊原の懐中電灯まで機能しなくなってしまい、美琴に意識を移される。

 ギクリと肩が震える。榊原の背後にいる魑魅が、彼の喉元に爪を突きつけているのだ。


「どうした? 何かいるか?」


 五十嵐が心配そうに尋ねるが、美琴はそれどころではない。

 魑魅を目視できるのは美琴だけ。その美琴が榊原に近づけば、魑魅は彼の首をとる。

 知能を有するほど力を持つのは、おそらく訪れた人間を食い物にしたからだろう。


(どうしよう……どうすればっ……!)


 このままでは榊原が殺されてしまう。絶体絶命の危機に血の気が引く。



 ――「ノウマク・サラバタタギャテイビャク・サラバボッケイビャク」



 その時だった。遠くから聞き慣れない声が聞こえたのは。

 聞き取れば、それは神仏に唱えるお経に用いられる言葉。


(これは……真言(しんごん)(しんごん)?)


 美琴の脳裏に、思い当たる知識が呼び起こされた。



 ――「サラバタタラタ・センダマカロシャダ・ケンギャキギャキ」



 真言とは、サンスクリット語の「マントラ」を訳した「仏の真実・秘密の言葉」。密教経典に由来し、浄土真宗を(のぞ)く多くの大乗仏教の宗派で用いられる呪術的な語句である。

 この宇宙の真理や隠された秘密を明らかにする仏の真実の教えだが、本来は人間の言葉で表すことはできない。そこで方便(ほうべん)として俗世(ぞくせ)の文字・言語を借りて教えを盛り込み、観想し、心を統一することで、その教えに触れ得るようにした。


 かの名高い真言宗の開祖(かいそ)である僧・空海(くうかい)は「真言は本尊(ほんぞん)を観想しながら唱えれば無知の闇が除かれる。僅か一文字の中に千理を含み、人の身のまま心理を悟ることができる尊い言葉」と語った。


 奥深い霊妙(れいみょう)な言葉、その中でも記憶も詠唱も複雑とされる真言が耳に届く。


(どこから?)


 建物の中からではない。外から入り込み、魑魅が身悶(みもだ)えるほど苦しんでいる。

 ハッと背後へ目を向ければ、壁を(へだ)てた向こう側に人の気配を感じた。

 美琴の瞳が金色に染まる。太陽の光の(ごと)き輝きを持つ目に映ったのは、一人の少年だった。



 ――「サラバビギナン・ウンタラタ・カンマン――!」



 真っ直ぐこちらを見つめて最後の一句で締めくくる。

 直後、魑魅が悲鳴を上げて(もや)へ転じ、消えていった。

 魑魅が消えた途端、パッと榊原と五十嵐の懐中電灯に光が(とも)る。


「あ、直った。って、美琴ちゃん?」

「お、おい⁉」


 榊原と五十嵐が止めようとするが、美琴は急いで廃屋から出ていく。

 竹林に駆け込んで辺りを見渡すと、先ほど目にした少年の背中を見つけた。


「待ってください!」


 声を上げると、少年は立ち止まって振り返る。

 暗雲から月明かりが差し込み、少年の姿が(あらわ)になり、美琴は息を止める。


 指通りの良さそうな繊細な黒髪。切れ長で凛々しい目は、黒曜石の如し。日本人らしい正統な色彩とくっきりした顔立ちは、見る者を魅了するほど綺麗に整っていた。

 黒いジャケットに黒いズボンの中で、くっきりと映える白い開襟(かいきん)シャツを着こなしている。

 年頃は五十嵐ぐらいだろうか。榊原より背が高く、すらりと線の細い体型が、闇に同化しそうな服装の上からでも判る。


(きれい)


 美琴は(ほう)けてしまうほど見入った。だが、ハッと我に返って頭を下げる。


「あのっ、ありがとうございました! 私だけじゃ守れなくて……」


 そこまで言って、美琴の声が(しぼ)む。

 今回のオカルト研究部の活動は危険なものだった。彼らを守るために同伴(どうはん)したのだが、結局のところ危険に(さら)してしまい、危うく命を落とすところだった。


 自分の未熟さを痛感して落ち込んでしまい、しょんぼりと(うつむ)く。

 ふと、頭に軽い重みが乗る。顔を上げれば、冷たい美貌の少年が目の前にいた。


「頑張ったな」


 よく通る低めの声が耳朶(じだ)を震わせる。

 耳に心地よい音色で告げられたのは、(ねぎら)いの言葉。

 じわり、目を見開いた美琴の胸に、強い熱が込み上げてきた。


(……頑張った。……うん。頑張ったよ)


 失敗してしまったけれど、この少年は美琴の頑張りを認めた。


 大きな瞳が(うる)んで、視界がぼやける。すると、少年の男らしくも綺麗な手が頬に()えられ、親指で目元を()でられる。

 温かな手のひらに、優しい手つきに、もう少し触れてほしいと思ってしまう。

 つい頬を寄せて感じ入っていると、少年の手が静かに離れる。

 消えた温もりに(さび)しくなり、名残惜(なごりお)しくその手を見つめていると、少年は告げた。


「その色も美しいけど、早く隠した方がいい」

「……え?」

「髪と瞳、色が戻ってる」


 指摘されて、美琴は慌てて髪に触れる。背中まで真っ直ぐ伸びた髪は、薄茶色から(けが)れを知らない純白に変わっていたのだ。少年の言葉では、瞳も金色になっているはず。

 慌てて色を戻したところで、ふと疑問が浮かぶ。


(どうして〝戻ってる〟って……?)


 目の前にいる少年は人間だ。人間社会の中では『信田美琴』として姿を(いつわ)っている。

 恐る恐る顔を上げれば、少年はそっと目を細めて(きびす)を返す。


「あ、あの……」

「俺のことは秘密だ。(えん)が合ったらまた会おう、白狐のお姫様」


 気取った言い方に衝撃が走る。どうして自分の正体が分かったのか、と。


「まっ……!」


 待ってと呼び止めようとしたが、急な冷たい突風で髪が乱れ、視界が(さまた)げられる。風が止んで慌てて顔を上げるが、そこには誰もいなかった。


「……なに、あの人」


 綺麗な人。冷たい人。優しい人。そして、底知れぬ恐ろしい人。

 縁が合ったとしても、会うのは危険すぎる。頭では分かっているのに……。


(また、会いたいって……どうして思うのかな)


 不思議な気持ちにぼんやりとしてしまう。


「おーい、美琴ちゃーん?」


 遠くから榊原の声が聞こえ、意識を現実に戻すと慌てて振り返る。

 気になることが増えたが、今は部活の先輩達と合流しなければ。

 美琴は気合を入れ直し、廃屋へ走った。




     ◇  ◆  ◇  ◆




 初夏の心地良い風が、開いた窓から吹き込む。

 窓際の前側の席に着き、頬杖(ほおづえ)をついてうたた寝する少年がいた。

 程良く引き締まった長身と、冷たく凛々しい美貌も相俟(あいま)って、ただ座っているだけで絵になる。それを(なが)める女子生徒は小声で(さわ)ぎ、男子生徒は羨望(せんぼう)の眼差しを向けた。


「相変わらず眠そうだなぁ、安倍(あべ)


 その時、眠りを(さまた)げる声がかかる。

 静かに(まぶた)を開いて前を見れば、染めた茶髪の横を後ろに撫でつけた、いかにも軟派そうな長身の男子生徒がいた。

 五十嵐龍樹。同じ二年一組に在籍する、安倍晴政(はるまさ)のクラスメイトである。


「……人のことは言えないだろう、五十嵐。目の下、(くま)ができてる」

「え、マジ?」

「分かる奴には分かる程度だけどな」


 指摘すれば、五十嵐はスマートフォンを起動すると画面越しで自分の顔をじっくり眺める。確かによく見ると、うっすらとだが青隈が目元に浮かんでいた。

 身形(みなり)に気を使っている五十嵐にしては残念な失態に、がっくりと肩を落とす。そして、晴政へジト目を向ける。


「そーいうお前は隈とは無縁そうだよな」


 五十嵐の言うとおり、晴政の目に隈はない。それどころか肌のハリも血色も良好。

 女も(うらや)む健康的な肌に嫉妬(しっと)しかけると、晴政は助言を出す。


「寝起きに蒸しタオルで温めて、冷たいタオルでマッサージを繰り返せば隈は取れる」

「え、マジ?」

「血流が良くなるんだ。調べて(ため)してみるといい」


 晴政から得た情報をもとに、端末のネットワークを起動して調べる。検索した結果、いくつかの施術(しじゅつ)が詳しく載った記事が表示された。


「……相変わらずスゲェ豆知識」

「調べれば誰でも知れるだろう」


 あっさり言うが、そこまで気を配る男は少ない。それを指摘する前に、晴政は続ける。


「それより、その隈からしてオカルト研究部の活動か?」

「えっ⁉ あ、ああ……」


 ギクリと肩を震わせてぎこちなく頷く五十嵐に、晴政は興味深そうに質問する。


「どうだった?」

「どうって……別になんもなかった。ま、懐中電灯が途中で消えたのは(なぞ)だったけど」


 昨夜の肝試しで起きた、ほんの些細(ささい)な出来事。

 つい口にすると、晴政の表情が僅かに変わる。普段からすまし顔で分かりにくい変化だが、去年からの付き合いである五十嵐は察した。


「何か分かるのか?」


 興味津々で(たず)ねれば、晴政は小さく嘆息した。


「よく言うだろう。強い霊的なものは特殊な電磁波で周囲を狂わせる――と」

「……つ、つまり?」

「いたんじゃないか? 霊的な何かが」


 晴政の発言に、雷に撃たれた衝撃を受けた五十嵐は青ざめる。

 さらに悪くなった顔色に、晴政は呆れた。


「ビビリのくせによく参加できるな」

「うっ、うるせえ! 怖くねーし!」


 五十嵐は青ざめたまま興奮から頬を赤くして、やけくそに叫んだ。

 気まずくなって逃げるように、自分の席である晴政の真後ろにドカッと座る。そして、不機嫌そうに机に突っ伏す。

 ようやく静かになり、晴政は小さな吐息を漏らして目を閉じる。


(――信田、美琴)


 不意に、ある光景が瞼の裏に浮かんだ。


 ――月明かりに照らされた純白の髪の少女が、金色の瞳を潤ませ、頬を撫でる手のひらに切なげな顔ですり寄る。

 まるで恋愛もののドラマや映画の一場面(ワンシーン)のようだった。


(柔らかかったな)


 肌理(きめ)細やかな色白の肌に、血色の良い頬。浮かんだ涙を(ぬぐ)ってやった際に当てた手のひらから、吸い付くような肌触りと柔らかさを感じた。

 一夜が明けた今でも忘れられない感触を思い出し、深く息を吐き出す。


(馬鹿か、俺は)


 もう一度触れたいなんて、叶うはずがない。

 別れる瞬間に見せた強張(こわば)った顔が目に浮かび、頬杖をつく手で目元を(おお)う。


(好きだと言えたら、どんなにラクか)


 たとえ彼女が人間ではなくても、この想いは消せなかった。




     ◇  ◆  ◇  ◆


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