第95話 宇宙への旅路
──ミサキ-1は、順調に静止軌道上の宇宙ステーション【カグヤ】へ向けて運航を続けていた。
現在時刻は日本標準時で八月二十二日、午前十時半。
謎の襲撃部隊による攻撃や爆発の中、ミサキ-1が緊急発進してから、だいたい百三十七時間が経過している。
現在の高度は約27,000km、全行程のほぼ四分の三を消化していた。
僕たち宇宙学園の生徒たちは、危険なトラブルに見舞われた旅立ちのあと、極度の緊張の中で宇宙生活を過ごしていたのだが、全員が交替で最初の休憩時間を取り終えた頃には、学生らしい平穏さを取り戻していた。
──喉元過ぎればなんとやら、と、いうところかもしれない。
安全が確認され、教官たちが主導する緊急体勢が解かれてからは、地上での学園生活と同じように、クラスと専攻毎に編成された組織体制による運用が開始された。
運用実習時には専攻単位で業務にあたり、業務以外の総合学習や休憩時間はクラス単位で過ごすというパターンである。
ちなみに、この運用編成は統合管制専攻の学生たちによってスケジュールが決められた。
そのため、公平性という部分において、いささか不安の声──自分たち統合管制専攻の生徒たちを優遇するのでは? という声も上がっていたのだが、実際に公開された内容は誰も文句のつけようがない完璧なモノだった。
と、いうより、統合管制専攻の学生の方が不利益を被っている箇所も多くみられ、生徒たちの間に驚きが走った。
「別に特段の配慮をしたというわけでもない、公平を重視した調整の結果だ。強いて言うならノブレス・オブリージュとでもいう精神だ」
そう言い放ったのは、統合管制専攻首席の小泉だった。
ノブレス・オブリージュ──いわば、特権を行使できる立場にある者は、そうではない立場の人に配慮すべき、という考え方である。
賞賛されるべき考え方ではあるのだが、裏を返すと、『自分たちは他の学生とは違う立場にある』と公言したということでもある。当然、そのことに気づいた生徒たちから大きな反感を買うことにつながったし、結果として、せっかく上昇した好感度もだだ下がりになってしまった。
「……って、いうか。口に出さなきゃイイだけの話なのにね。不器用というかバカ正直と言うか、もうちょっと上手い立ち回り方があるよね」
──などと、僕などは思う。
それはともかく、僕たち学生は、否応なく【宇宙実習】という名のミサキ-1の運用業務に就かされることになった。
僕が所属する施設管理専攻は、その名前からも想像できるように、ミサキ-1内の様々な設備や施設が正常通りに稼働しているか、破損や不具合などのトラブルがないか、といったことのチェックを行うのがメインの仕事だ。もちろん、不備があれば対応することも必要となる。
そんな僕たちの仕事は、全ての設備を網羅する必要から、毎日ミサキ-1の中を上から下まで全ての階層を駆け回っていると想像する人もいるかもしれない──実際、花月がそうだったんだけど。
それはともかくとして、今どきこのご時世に、そんな非効率的なことをやっているところは、ミサキ以外でもありえない。
基本、ミサキ-1内の設備や各種部品などは全てがネットワーク接続によって集中管理されているので、肉体労働的な業務はほとんどないといっていい。
まあ、そのネットワーク接続に不調が発生したり、実際にトラブルが起きた場合は現場に行かないといけないこともあるけど、そういった事態は極めて稀。なので、業務時間中の仕事は監視システムの運用がほとんどといった状態だ。
そんなこんなで、無難に日々の業務をこなしていく僕たち──
「なにはともあれ、平和が一番。無事な日々を過ごせることこそが重要……ってね」
僕は隣のテーブルに置かれていたグラスを手に取った。冷たい飲み物が入っているせいで、ガラスの表面が汗をかいていて手を濡らす。
──バッシャーン!
歓声と共に、水飛沫が跳ね上がる音が響いた。
僕は手を目の上にかざして、飛んでくる水飛沫を払う。
そう、今日、僕たち桂クラスには休暇が割り振られていた。今まで、時間単位で休息時間が設定されることはあったのだが、丸一日、自由時間としてフリーの扱いになったのは今日が初めてである。
その貴重な時間をどう使うか、頭を悩ます僕たちに、花月が一つの提案を持ちかけてきた。
──それが、今、目の前で繰り広げられている光景である。
「きゃあっ、冷たい! けど、気持ちイイ!」
「今の良かったね。もう一回、滑りに行こう!」
双子たちのはしゃぐ声が広い空間にこだまする。
そう、ここはミサキ-1の中央部に当たるCエリアの最下層にあるリゾートプール施設。
僕たちは一般避難民扱いであるリーフと年少組を伴って、クラス全員でそのプールへと遊びに来ていたのだった。
花月による『リゾートプールを貸し切っちゃって皆でセレブ気分を堪能しよう計画』──まさかのサプライズイベントの開幕だった。
「さあ、思いっきりサービスするからね、みんな楽しんでいこう!」




