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第91話 そして、出会い

 前触れもなく自宅を訪れた紗綾(さや)に対して、彼の両親は、一瞬なにかに気づいたような表情を浮かべた後、丁寧に迎え入れてくれた。

 彼の遺体は司法解剖(しほうかいぼう)がまだ終わっておらず、まだ自宅に帰っていないということと、そもそも損傷が激しすぎるため対面は遠慮して欲しいと両親が涙ながらに伝えてきた。代わりにいくつかの品が紗綾へと渡された。


「あの子、家を出る前に照れながら言ってました。もし、無事、合格していたら、私たちに紹介したい子がいると……もしかすると──」


 涙を拭きつつ顔を上げる母親に、紗綾は小さく、だがしっかりと頷いて見せた。


 彼の家を()してからのことは、紗綾はあまり良く覚えていなかった。

 運転手が気を利かせてくれたのか、直接家には戻らず、少し離れた海岸沿いの道路へと車を走らせてくれた。

 高校から連絡があったのか、帰宅した後、血相を変えた母親がいろいろと問い詰めてきたが、答える余裕もなく、無言のまま自室へと向かう。

 その後、食事も(ろく)に摂らず、自室にこもり続けていた。

 両親や家政婦たちは初めて見る紗綾の様子に困惑してしまい、遠巻きに様子を窺うことしかできなかった。


 一人、幼い頃から付き合いのあった家の少年が、気を遣って毎日部屋を訪れてくれた。最初は、正直疎ましいとも思ったのだが、その必死な表情を見るうちに、自分も立ち直らなければと考えるようになった。


 そして、ある日。紗綾はとある決意を抱えて、T.S.Oへログインする。

 ゲーム内の彼の思い出の品を整理するために。

 所定の手続きを取れば、事情があってログインできなくなったプレイヤーのIDを抹消すると同時に、各種アイテムなどの資産や、そのキャラクター情報を肖像画などの家具として引き継ぐことができる。

 

 ──それは、無事に彼のデータの引継ぎ手続きが完了した日のことだった。


 ◇◆◇


 クルーガーは海を臨む山道を一人、ゆっくりと登っていた。

 初めてミチルと出会った海岸の街が遠くにみえる。

 もう少し登った先に、見晴らしのいい場所がある。

 そこで、ミチルの遺品をすべて処分するつもりだった。

 捨てるのではなく、完全にゲーム内からデータを抹消する処分。

 ミチルが装備していた杖や法衣、マイルームに飾っていた様々な家具など。

 本当なら、思い出と共に大切に取っておきたい。

 でも、今の自分にそれはできそうになかった。

 目的地まで、あと少し、次第に足取りが重くなる。


 ──うあぁぁぁぁっ、たーすーけーてー!


 その時だった、山の上から悲鳴が聞こえてきた。


 ──ちょっと、ギル! 情けない声あげない!

 ──というか、ジャスティスも、ちゃんと前を見て逃げないと危ないよ!


 振り返ると山頂の方から、三人の少年少女が必死の形相で駆け下りてきていた。

 そして、その後ろに舞い上がる大きな土煙。

 視界の端にアラートが点滅した。どうやら、モンスターの群れに追われているようだった。

 

 ──ひゃぁぁぁぁっ!?


 情けない声を上げて、後ろを走っていた少年の身体が宙に舞った。

 足下の石に(つまず)いたようだった。

 悪態をつきつつも、その少年を助けようとする少女二人。

 どうやら、彼らを追いかけてきたのは、この山の主である巨大イノシシの子供たちのようだ。

 イノシシの子供といっても、これだけの数がいると、対応にはそれ相応の装備とレベルがある冒険者数人のパーティが必要だ。自分一人ではどうすることもできない。

 だが、クルーガーは小さく微笑むと、三人の前へと飛び出していく。


聖騎士の盾(パラディン・ガード)!」


 クルーガーの前に光り輝く大盾が現れた。

 敵の注意を一身に引きつけ、仲間を守るスキルである。


「ここは私に任せて、あなたたちは逃げなさい!」

「で、でも、そうしたらあなたが……」

「私のことなら気にしないで! はやく行きなさい!」


 クルーガーが叱咤(しった)すると、戸惑いつつも三人はよたよたと下へと向かって駆け出していく。


「うん、これでいい……」


 肩越しにその姿を確認してから、小さく呟いた。

 もちろん、自分一人で眼前の敵全ての攻撃を凌ぐことはできない。でも、それでいい。このまま、ここで死んで、自分のT.S.Oプレイも終わりにしよう。全て、過去のできごとにしてしまおう。そう決めた。


「ゲームでも走馬燈(そうまとう)みたいな現象が起こるんですね……」


 クルーガーは苦笑する。いざ、覚悟を決めた途端、過去のT.S.Oでの思い出が次々と脳裏をよぎったのだ。

 いつも一緒に行動していた二人、こんな危険な戦闘に巻き込まれたことも何回もあった。

 その度に、クルーガーが敵の攻撃を引きつけ、後ろからミチルが星霊神(せいれいしん)の奇跡でフォローしてくれる──


星々の雫スターライト・ドロップ!」


 後ろから声がしたかと思うと、クルーガーの身体に細かい光が降り注ぎ、青く光るエフェクトが足下から迸る。

 防御力を高め、継続的に体力を回復していく星霊神の奇跡。

 いつもミチルが戦闘開始と同時にかけてくれる奇跡。


「どりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」


 勢いのある掛け声と共に、両手剣を振りかぶった剣士がクルーガーの横を駆け抜けて、そのまま子イノシシたちの群れに突っ込み、なぎ払う。

 クルーガーは慌てて後ろを見る。

 すると、そこには水色の法衣を纏い、杖を構えた星霊神官の少年が佇んでいた。


「ミツル……さん」


 思わず呟いてしまってから気がつく。ゲームの中の彼はミチル、女の子だった。

 つい、面影(おもかげ)を重ねてしまったが、ありえないことだと自分に言い聞かせる。


「でも……」


 星霊神官の少年の雰囲気は、現実世界の少年と驚くほど似ていたのだった。


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